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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり

35.重要な悩み

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 僕がルレザン城で歩き回れる場所は限られてる。ジル様や僕の私室がある一の塔と、その周囲の内庭が主な行動範囲。

 僕が想定していた『お屋敷』から考えると、それでも十分広いんだけど……なんか閉塞感があるのはどうしてかな?

 そもそもルレザン城の大部分は、多くの人が出入りする仕事場なんだよね。そこで働く人たちは、セレネー領を治める仕事をしていたり、周辺領の監査をしていたり、みんな忙しそう。ルレザン城はエストレア国南部地域の要衝らしい。

 僕はそういう『仕事場』とされる区域には立ち入りできない。
 頼めば行けるのかもしれないけど、仕事の邪魔をするのはダメだよね。

 というわけで、朝の支度を終えたから内庭に出てみた。
 ジル様は朝早くから三の塔——ジル様の執務室や謁見室がある区域——に行ってるらしくて、朝食さえ一緒にとれなかったから、ちょっと寂しい。

「旅の間の方が、ジル様ともっとお話できてた気がする……」

 内庭を囲む高い生け垣に咲く花を眺めながらぽつりと呟く。

 ルレザン城に着いてから、ジル様と過ごす時間が格段に減った。これまで馬車でずっと一緒だったから、その状況に馴染みすぎていたのかも。

「王都に赴かれていらっしゃったので、確認する仕事が溜まっているのでしょう」

 イリスが答えてくれる。そのことは僕もわかっていたけど、想像していたより落ち込んじゃってるんだよね。

 こんなに寂しくて、会いたくなるのはなんでだろう。……ボワージアで家族と四六時中顔を合わせていたこととの違いが大きいからかな。
 ここだと、気軽に話せる人がまだ少ないしなぁ。

「お友だち、つくりたいな」
「周辺領の貴族にお声がけいたしますか? 招待できるのは、フラン様のお披露目の後になるかと思いますが」

 ちょっと憂鬱な言葉を聞いて、思わず空を仰ぎ見ちゃった。

 だって、お披露目だよ? 僕みたいな貧乏子爵家の子どものために、周辺の大貴族様方に集まってもらって、歓談するらしいんだけど……怖すぎるよね。

 お披露目を開くのは、僕とジル様が正式に書面で番契約を交わして、王城と聖教会に届け出てからになるはず。

 だから、結構先のことになるんだけど、それまでに礼儀作法をしっかり身につけられるかな。ジル様の隣に立っていても、眉を顰められない程度にはなっていたいなぁ。

「……貴族より、普通の人と話したいかも。ほら、孤児院の子とか」

 マイルスさんに言われたことを思い出して、イリスにねだるような目を向けちゃった。お出かけしたいけど、ダメかなぁ?

「私ではなんともお返事のしようがないです……。殿下にお伺いするのがよろしいかと」
「ジル様と会えなくて寂しいからお出かけしたいのに」

 むぅ、と唇を尖らせた僕を見て、イリスが微笑ましそうに目を細めた。

「フラン様がお話したいと思われていることをお伝えしたら、きっとお時間をくださいますよ。使いを出しますか?」
「……ジル様の邪魔にならない?」

 わがままだと思われないかな。忙しいってわかってるのに、話したいから時間をくれなんて。

「まさか。殿下はそのように狭量な方ではございませんよ」
「うん、それは知ってる」

 僕が知っている王侯貴族の中でも、ジル様は心が広い方だと思う。僕のわがまま全部受け入れてくれるから。
 でも、だからこそ、甘えすぎてたらダメだと思うんだよね。「ジル様の番はわがまま」なんて言われたら嫌だもん。

「——僕はジル様に相応しい人になりたいんだ。だから、振り回すのは良くないと思う」
「どなたから見て相応しいかが重要なのでは?」

 イリスの穏やかな声が、僕の心の曇りを晴らすように響いた。

「どういうこと?」
「他人の目を気にしすぎない方がよろしいのでは、ということですよ。私から見ますと、フラン様は殿下と相思相愛で、十分相応しい方だと思います。殿下に認めていただけること以上に、何が必要だと思われるのですか?」

 問いかけられて、ハッとした。
 僕、人目を気にしすぎてた?

 ——確かに、そうかもしれない。
 だって、ジル様は僕にとって雲の上のような人だから。たくさんの注目を浴びていて、その人々の目はジル様の隣に立つ僕にも向けられる。

 そんな慣れない環境で、何も気にせずこれまで通りに過ごすなんてすごく難しいんだ。どうしたって、人目が気になっちゃう。
 ジル様との差を知られて、笑われたくない……。

「……僕を通して、ボワージア領を嘲笑われたくないんだ。だから、ジル様の隣に立っていても、相応しいと思われたい」

 改めて考えてみると、僕が気にしていたのはそれだった。
 僕がジル様の番になることで、ボワージア領も注目を浴びることになると思う。きっと、現在の窮状も知れ渡るだろう。

 その時に、内情なんて何も知らない人たちが、貧しさだけを見て嗤うことになったら嫌だ。
 ボワージア領は貧しくても、すごく良いところなんだ。人があたたかくて、互いを愛し尊重する心がある。寒さは厳しいけど、良い景観のところだってあるんだよ。

 僕にとっては誇りと言うべき場所を、見知らぬ誰かにバカにされたくない。
 そのためには、僕がジル様に相応しく、優雅に貴族らしい振る舞いをする必要があると思う。貧しい中でも、きちんと教養を持ってるって示すために。

「ご領地のために……それは難しい問題ですね」

 イリスが僕と一緒になって真摯に考えてくれるのが、なんだか嬉しかった。

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