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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり
33.旅の終わり
しおりを挟むジル様が治めるセレネー領までの旅は、僕が立場に慣れるための良い準備期間になった。
マイルスさんに礼儀作法を教えてもらえたこともそうだけど、高価な物を使うことに躊躇わなくなったというところで。
……まだ内心はビクビクしてるけど、平常心を装えるようになったと思う。それで良しとしてもらいたい。
「きっと、ボワージア領に戻っていたら、こんなに早く立場相応の振る舞いについて考えられなかったんでしょうね……」
マイルスさんに「もうすぐセレネー領に入りますよ」と教えてもらったところで、景色を眺めながらしみじみと述懐する。
どんなに優秀な教師を招いたところで、王族の番として正しい振る舞いを理解できていたとは思えない。
百聞は一見に如かず、なんて言うけど、実際に体験してみるのが一番の早道だよね。
だから、こうしてジル様と一緒に旅をして、一変した環境に身を投じたことは、僕にとっても良い経験だったんだと思う。
「フランはフランのままでも素敵だが、より魅力的になったと思う」
髪をすくい取られて、ジル様にキスされる。
それを横目で窺い見て、ドキドキと主張する心臓の鼓動に気づきながらも、なんとか平静を装った。
こういう部分も、成長してきた気がする。いちいち顔が熱くなっちゃうのは、まだ制御できないんだけど。
それをジル様が「可愛い」と言ってくれるから、今のところ急いで隠すよう頑張らなくてもいいのかな、なんて思っちゃう。これは甘えかな。
「……そう思っていただけるなら、嬉しいです。ジル様はいつもかっこいいですよ」
「フランに言われるなら喜ばしいな」
フッと微笑まれる。細められる目に浮かぶ熱に気づいて、そっと目を逸らした。
ジル様は終始僕に甘い。その感想は、他の人への淡々とした、冷たいとも言える態度を理解して、より強くなった。
僕に対してと、その他の人に対してで、態度が違いすぎるんだよ。マイルスさんが言うには、冷たい感じなのがジル様にとっての普段らしい。
最初の頃は僕への甘い態度にみんな戸惑っていたみたいだけど、今では誰も気にしない。
それと同時に、僕へのみんなの対応がより丁寧になったから、『王弟殿下の寵愛を受ける者』と知らしめられることの効果をまざまざと感じることになった。
ジル様の寵愛をよりどころにして生きていくことに不安がないわけじゃない。どうしたって、寵愛を失ってしまった場合のことを考えちゃうから。
でも、今はここで頑張るしかないんだ。ジル様を信頼して、共に生きていく覚悟を決めたんだから。
「セレネー領では、どう過ごしたらいいのでしょう? お仕事とか……?」
ふとこれまで気づかなかったことが頭に浮かんだ。
番のお仕事ってなんだろう? まさか事務作業とかをお手伝いするわけじゃないだろうし……?
首を傾げて悩む。どうにも、高貴な身分の人が普段どのように過ごしているのか想像できない。
旅の間、ジル様は時々書類を片付けている時があるくらいで、ほとんど僕の話し相手になってくれていた。まさか領に着いても、そんな感じの時間が続くとは思えないけど。
「フランを働かせるつもりはない」
「お仕事をなさりたいのでしたら……慈善活動をお手伝いしていただくことくらいでしょうか」
「慈善活動?」
パチリと目を瞬く。
マイルスさんの言葉に、ジル様は少し顔を顰めていた。
僕を働かせるつもりがないと宣言したのに、マイルスさんがあっさりとそれを覆そうとしているんだから、そうなるのも当然かも。
でも、僕は暇を持て余すことになるより、なにかできることがある方が断然いい。
というわけで、ジル様の主張は聞き流させてもらった。
こういう対応ができるようになったのも、慣れてきたからだよね。ジル様の甘さを身にしみて理解してきたから、このくらいのことはしても大丈夫だって確信がある。
「ええ。孤児院の訪問や贈り物が主ですね。これまでは私どもで対応してまいりましたが、フラン様に行っていただけると、民も喜ぶでしょう」
「それはいいですね! がんばります」
思わずニコッと笑う。
僕でもできそうなことがあって良かった。なにもせずにいるって、穀潰しみたいな感じがして嫌だったんだよね。
セレネー領の人が喜んでくれるかはわからないけど、僕なりに頑張ってみよう。
「フランの一番の役目は、俺の番として立つことだ」
ジル様が口を挟む。じっと見つめられて、背筋が伸びた。
「もちろん、ジル様の番として振る舞えるよう、努力するつもりですが——」
「装うわけではなく、完全に俺の番になるんだ。夜を共にすることも含め、な」
頬を熱い手で撫でられる。ジル様の薄い青の瞳が熱を帯び、僕の身体まで熱くさせるような感じがした。
目を見開いて固まってしまったけど、徐々に言葉の意味を理解して、顔から火が出そうになるほど恥ずかしくなる。
だって『夜を共に』って……そういうことでしょ?
それが番としての役目の中に含まれていることはわかっていたけど、実感はしてなかった。でも、一気に現実として突きつけられた気がする。
ジル様はそういう相手として僕を望んでるんだ。……これは嬉しい、のかな。うん。そのはず。まだ心の整理がついてないけど、嫌な気はしない。
だからといって、今日明日にでも、なんて言われたら、拒んじゃいそう。どうしたらいいんだかわかんないんだもん。
「発情期まで、一ヶ月以上あります……」
「そうだな。それまでに慣れるようにしていこう。まさか一人で抑制薬を使って乗り越えるつもりだなんて言わないだろう」
そのつもりだった、とは嘘でも言えない。なんとなく予想はしてたから。
番がいるなら、発情期は二人で過ごすものだ。運命の番ならなおさら。そこでジル様を拒むことは絶対にないんだろうなって、本能で理解してる。
「……はい。がんばります」
恥ずかしくて、たどたどしい口調になってしまったけど、僕の気持ちはちゃんと伝わったみたいだ。
嬉しそうにふわりと微笑むジル様につられて、ぎこちなく笑みを返す。
恋する気持ちより先に、関係が深まることになったらどうしよう。
……それはなんだか嫌だから、もうちょっと真剣にジル様への思いに向き合っていこうかな。
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