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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり
32.寵愛の印
しおりを挟む「なるほど……さすが殿下の番となる方ですね……」
「フランらしい」
微笑ましそうなジル様はともかく、困った表情のマイルスさんの言葉は、褒められてると受け取っちゃダメだよね。でも、なにがいけなかったのか全然わからない。
「——そのように落ち込む必要はない。ただ、多くの者は、自分より身分が低い者に仕えることに反感を抱くものだと理解してくれ」
「あ……なるほど。そういう考え方もありますね……」
ジル様に教えられて、ようやく理解できた。
多くの高位貴族に仕えている人は、ほとんどが貴族階級だ。子爵家以下の子息子女の憧れの職は、王家や公爵家の侍従・侍女だと聞いたことがある。
爵位を継ぐ嫡子以外は、嫁ぐか働くかしかないし、それならば高位貴族の家の方が出会いの機会が多いし、給与もいいもんね。
そんな彼らが、庶民を主人として簡単に受け入れられるかと考えたら——。
……表向きは愛想よく対応するかもしれないけど、裏では嫌がる人がいるんだろうなぁ。貴族の中では庶民を蔑む人が少なくないから。
そして、そんな状況は、今の僕に当てはまるのだと気づいてしまった。
「——ちなみに、なんですけど……ジル様のお屋敷で働いている方々のお家柄とか、教えていただけますか……?」
「殿下の身の周りで働いている者のほとんどが、伯爵家以上の家出身ですよ。一部子爵家の者もいますが」
「ひえっ……」
絶対ダメじゃん。僕、受け入れられるの無理だよ。
子爵家の中でも貧しいボワージア家の人間が、伯爵家出身の人に傅かれるなんてありえないよね?
血の気が下がっていく。
昨日から続いていた夢心地な気分は、街の散策で少しあたたかな日常に戻されて、今度は残酷な現実を目撃しちゃった気分だ。
「だからこそ、俺の寵愛を示すのが重要なんだ」
僕の混乱を鎮めるように、ジル様が力強い眼差しと共に告げた。
それでハッと息を呑み、冷静さが戻ってきた気がする。浅くなっていた呼吸をなんとか整えながら、ジル様をじっと見つめた。
……ちょっと縋るみたいになっちゃったのは仕方ないよね。
「ジル様に寵愛をいただいていたら、みなさんが納得するということですか……?」
「心の中まではわからないが、少なくとも、俺の不興を買わないよう、フランのことを上位者として扱うのは間違いないだろう」
断言されて、なんとも言えない思いを抱く。
それでいいのかな、と思っちゃうんだ。心の中で嫌がられながら世話をされて、そんな状況に僕は耐えられるのかな。
でも、ジル様の番になるというのは、そういうこと。どうしようもない現実を受け入れて、何食わぬ顔で受け流すしかない。
僕は王城で覚悟を決めたはず。ジル様の隣にいるために、どんな困難な状況でも頑張るって。環境の変化を飲み込んで、順応していかないと。
「……わかりました。では、ありがたく、ジル様のお気遣いを受け取らせていただきます」
小さく頭を下げる。
もう贈り物の値段がどうだとか、僕のこれまでの価値観で悩んでいられる状況じゃないんだ。
これからどう振る舞っていくべきか、きちんと考えていかなくちゃ。王族の番として相応しいと、誰もが思ってくれるように。
「ここまで説明してはみたが……忘れないでほしいことがある」
「なにをですか?」
視線を上げたら、少し寂しそうな眼差しとぶつかった。
思わず息を飲む。
僕は、もしかしたらすごく申し訳ないことをしてしまったんじゃないかな。ジル様にそんな顔をさせるつもりはなかったんだけど。
「俺が贈り物をするのは、確かにフランの立場を良くするためでもあるが、一番は愛する人に喜んでもらいたいだけなのだということを」
「っ……あ、い……」
ビクッと身体が震えた。
まさかそんな言葉を言われるとは思ってなかった。でも、ここまでジル様に言わせないと理解できてなかったことが申し訳ない。
だって、僕はジル様のことを王族という身分でしか考えられなくなっていた。ここにいるのはジル様という一人の人間なのに。
僕が一番にすることは、贈り物の価値に困惑するよりも、その意味に身を引き締めるよりも、ジル様の心遣いに喜ぶことだったんだ。
誰だって、贈り物をするときは相手に喜んでもらいたいものだもの。困惑ばかりされた上に、重荷に思われたら悲しくなっちゃうよね。
「——ジル様にお気遣いいただいて、心から嬉しいです。ありがとうございます。お洋服も、とても素敵なものばかりで、着るのが楽しみでもあるんですよ? 戸惑ってしまってすみません……」
慌てて礼をしたら、ジル様がフッと笑ってくれた。「仕方ないな」と言いたげな笑みだったけど、寂しさが薄れているように見えて、ホッとする。
「喜んでもらえて良かった。俺も、フランが着飾っている姿を見るのが楽しみだよ」
「……それはちょっと恥ずかしいです。あまり見ないでくださいね?」
見合ってないな、なんてジル様が思うことはないとわかっていても、気が引けてしまうのはどうしようもない。
控えめにお願いしてみたけど、微笑みを返すだけのジル様が聞いてくれる気はしなかった。
……まぁ、これは僕が諦めて受け入れるしかないか。
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