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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり

31.高価な贈り物

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 ジル様と街の店を巡ってわかったのは、お互いの価値観の違いだ。
 王族と貧乏子爵家という、天と地ほどもかけ離れた身分なんだから、それは予想できていたことではあったんだけど……予想以上で驚いちゃう。

 マイルスさんが予約を入れてくれていたというレストランに腰を落ち着けた頃には、僕はだいぶ精神的疲労を感じていた。

「シャツ一枚に金貨二枚……」
「普段着にはちょうどいいのではないか。あまり高すぎても、フランは遠慮しそうだからな」

 本日買ったものは、僕の着替え数点。「旅中の着替えが少ないので、クリーニングを頼まないと……」と何気なく話したら、ジル様が選んでくれたんだ。

 それは本当にありがたかったけど、質も値段も、僕が普段買うものの十倍以上は高価だった。
 迂闊に汚すような真似できない。外で寝転がって昼寝とか絶対ダメだよね。そもそも、そんな暇があるかどうかもわからないけど。

 これでも、ジル様にとっては僕の価値観に配慮してくれたものらしい。
 レストランで合流したマイルスさんに助けを求めてみたけど、不思議そうにされただけだった。

 ……マイルスさんも、王弟殿下の侍従をするだけあって、結構良いお家柄の人なんだろうな。今さらながらに、僕と同じ価値観の人が周りにいないことを理解しちゃった。

 僕、ここでやっていけるのかな。
 不安を感じていると、ジル様が小さく首を傾げる。

「——気に入らないものだったか?」
「そういうわけじゃなくて、ですね……。あまり高価なものを身につける習慣がなかったので……」

 言葉を濁しながらも説明すると、ようやく納得してもらえたみたい。頷きながらも、少し困惑した様子だ。

「そうか……。着慣れないかもしれないが、フランには立場相応のものを身に着けてもらわないと、下の者が困る」
「みなさんが……?」
「主人より上質なものを身に着けられないだろう?」
「あ……」

 言われてみればそのとおりだ。
 思わず開いてしまった口元を手で押さえ、ソロッと周囲を窺う。

 非貴族階級の中でも裕福な家柄が使うレストラン。そこで働く人の服は、相応に上質なものだ。
 もし、ここに普段着の僕が座っていたら、場違いなこと甚だしいだろう。

 それは、ジル様のお屋敷ではなおさらのことだ。
 ジル様の唯一の番であり、いずれ王弟妃として迎えると宣言された者が、使用人以下の身なりをしていたら、部下の人たちは扱いに困ってしまって当然。

「それに、フランに贈る物は俺の寵愛を示すことになる」
「ちょうあい……」

 聞き馴染みのない言葉を舌で転がし、ぱちりと瞬く。
 ジル様は僕の戸惑いが手に取るようにわかったのか、微笑みながらも肩をすくめた。

「どれだけ俺がフランを大切にしているか、ということだ。贈り物にお金をかけるのは、無駄なことではない。むしろ今は何よりも重要だ」
「どうしてですか?」

 正直、あまりお金をかけられるのは遠慮したいと思っていた。でも、ジル様はそれでは駄目だと言う。その理由がわからない。

「フランは子爵家で、本来は王族の正妻になれる立場ではない」
「っ……そう、ですよね……」

 はっきり言われて、胸を貫かれるような衝撃が走った。同時に納得もしたけど。

 ……王族の妃となる方は、たいてい伯爵家以上の身分を必要とされていたはずだもん。僕じゃ、やっぱり身分不相応なんだよ。

 しょんぼりと肩が下がる。
 そんな僕を見て、ジル様が少し慌てた雰囲気になった。マイルスさんも咎めるような目をジル様に向けている気がする。

「運命の番ならば問題ないのだから、気にしないでほしい」
「そこまで、運命の番は特別視されるものなんですか?」
「ああ。庶民から貴族に嫁いだ者だっているからな」

 その事実には、単純に「へぇ……」と感心した。
 庶民から貴族に嫁ぐなんて、どちらにとっても大変そうだ。でも、価値観の違いという点で考えると、僕とジル様の関係と近いのかもしれない。
 なんか、一気に見知らぬ人に親近感が湧いた。

「——だが、どうしても身分を考えて、フランをあまり重んじない者が現れかねない。それを防ぐために、俺がきちんとフランを寵愛しているのだと示す必要があるんだ」
「ジル様の寵愛があれば、問題がないんですか?」

 その辺の感性がよくわからない。
 ジル様は説明に困っているようだ。マイルスさんに目で助けを求めてるみたいに見える。
 ため息をついた後、マイルスさんが口を開いた。

「……フラン様。高位貴族に侍従として仕えることになった場合を考えてみてください」
「侍従……なくはないですね」

 子爵家の子息が城なり、高位貴族家なりに出仕するのはよくあることだ。
 僕はオメガだったから提案されたこともなかったけど、小兄様が父様とそのことについて検討していたのは聞いてる。

「主人の番に、庶民の方がついたらどう思われますか?」
「お困りにならないように、全力でお支えしたいです!」

 僕と似てる境遇だと共感したばかりだったから、食い気味に答えていた。
 でも、ジル様とマイルスさんがきょとんと目を瞬かせるのを見て、固まってしまう。

 ……もしかして、やっちゃった? これ、間違った答えだったかな。

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