貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり

29.あたたかな光景

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 ジル様に振り回されたような会話の後しばらくは、落ち着いて街を散策するなんてできなかった。

 でも、『楽しまないと損では?』と開き直った途端、楽しくなってくる。

 僕のジル様への思いが恋かなんてわからないけど、待ってくれているんだからゆっくり考えればいいよね。
 今はそれより、ジル様と街でデートする貴重な機会を大切にしたい。

「フラン、どこか見たいものがあるか?」

 僕の混乱がおさまってきたのを察したのか、手を引きながら聞かれた。

 ふらふらと視線を彷徨わせながら考え込む。
 見たいもの、と言われたら、店を片っ端から見ていきたい気分だけど、さすがにそこまでの時間の余裕はないだろう。

「……あ、あの公園はどうでしょう?」

 前方に見えた緑を咄嗟に指さした。
 オレンジ色の石で造られた街並みは統一感があって綺麗だ。でも、自然に慣れた僕はちょっと落ち着かなかった。

 安らぎを求めた提案に、ジル様が意外そうにしながらも頷いてくれたので、ホッと息をつく。

 もしかしたら退屈に思われるかもしれないけど、今回だけは僕に合わせてほしいな。

「ここは花もないし、地味だな……」

 辿り着いた公園をひと目見て、ジル様がぽつりと呟く。
 僕は『確かに』と心の中で返しながら、公園を見渡した。

 常緑樹で囲まれた公園は芝生が広がっていて、中央にはシンプルな噴水がある。噴水を囲むようにベンチがあるけど、その他の人工物は一切ない。

 芝生の上では、街の子どもたちが駆け回って遊んでいた。木々の下には、子どもたちを見守る親らしき姿がある。

「平和だ……」

 思わず心の声が漏れていた。

 昨日から続いていた非現実的な状況から、一気に日常へと引き戻されたような心地がする。
 ゆるゆると緩んでいく心を感じて、目を細めた。

 僕は子どもたちの笑い声が好きだ。
 か弱く、守るべき象徴のような彼らが笑っていられる場所は、幸せに違いないから。

 ここ数年は、ボワージア領でそのような声が聞こえることが減った。子どもも労働力として使わないといけなくて、遊ぶ暇を奪い去ってしまったから。

「——この街は豊かで良い場所ですね。とても素敵」

 こんな街中の一等地に、子どもが伸びやかに遊べる場所がある。
 それは街を管理している代官が、子どもを守り育てる意志を持っているからのはずだ。そして、それをできるだけの財力がある。

「どうしてそう思った?」

 ジル様に手を引かれて、公園を歩きながら話をする。
 ベンチに腰を落ち着けたら、時々子どもたちの視線を感じて、小さく手を振った。照れくさそうにしながら手を振り返してくれるのが可愛くて、頬が緩む。

「子どもたちの笑顔を見たらわかります。みんな綺麗な格好をして、楽しそうに遊んでるでしょう? 貧しいと、そのような余裕もなくなるんですよ」

 こんなこと、ジル様が知るべきことではないのかもしれない。でも、どうか知ってほしい、と思う心が抑えられなかった。

 この国には豊かな領地がたくさんある。それはとても素晴らしいことだ。
 一方で、貧しさに喘いでいる領地があることは、見過ごされがちだ。そういう領は、国の上層部に対して声を上げることすら難しいから。

 僕はそんな貧しい領で生まれ育って、今高貴な方と近くで話す機会を得た。

 ジル様にすべてを背負わせるつもりはないけど、少しだけ考えてもらいたいと思っても、わがままじゃないよね……?

「貧しい、か……。フランのところでは子どもに笑顔がなかったのか?」
「まったくなかったわけじゃありません。僕たちだって、なんとか守ろうと頑張っていたんです」

 その誤解だけはされたくない、とすぐさま否定する。僕はともかく、家族の努力を無視されるのは嫌だ。

 ジル様は少し反省した様子で「いや、フランたちを悪く言うつもりはなかったんだ」と言ってくれた。

「——俺は、子どもたちがああも無邪気に笑っている顔を見たのは初めてな気がする」
「え、一度もないのですか?」

 思いがけない言葉に目を見開くと、ジル様が眉尻を下げ苦く笑った。

「ああ。……馬車から見る民の姿に表情はない」

 その言葉に、「あ……」と声がこぼれる。
 街に到着した時の光景を思い出した。誰もが馬車に向かって頭を下げていて、顔なんて見えない。緊張した雰囲気は伝わってきたけど。

 そんな状況で子どもたちが笑っているわけもなく、それはなんだか寒々とした光景に思えた。

「なんだか、寂しいですね」
「今までは何も感じなかったが。……そうだな。この光景のあたたかさを考えると、随分と味気なかったのかもしれない」

 最初に『地味』と評した公園を、ジル様は眩しげに眺めていた。
 その優しく慈しむような眼差しを見て、つい口元が綻ぶ。

 高貴な身分な人とはどうしてもわかりあえない部分があると思っていたけど、案外話してみれば共有できる思いもあるのかもしれない。
 何事も、始める前から諦めていたらいけないね。

「ふふ。僕は子どもが好きなんです。ジル様もお嫌いじゃないようで良かった」

 ジル様の指をきゅっと握りながら呟くと、勢いよく振り向かれた。その顔に驚きが浮かんでいるのがわかって、首を傾げてしまう。
 なにか変なことを言ってしまったかな?

「……それは、フランは将来たくさん子どもがほしい、という意味だと受け取ってもいいのか?」
「どうしてそうなるんです?」

 あまりに一足飛びな問いに、ストンと表情を落として問い返してしまう。

 僕はそんな意味は一切込めてない。
 ……子どもがたくさんいたらにぎやかでいいな、と思っているのは否定しないけど。さすがに、そこまで未来のことを考えられるほどの心の整理はできてないよ。

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