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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり
26.街での過ごし方
しおりを挟むレンドル領を通り抜けた先はサウス領だ。飛び地的に存在している王家直轄領の一つ。確か、毛織物で有名な場所のはず。
「今日はここで一泊する」
「そうなんですね。もしかして予定より早く着いたのでしょうか?」
馬車が街中に入っていく。まだ日が高く、周囲の建物を明るく照らしていた。
温暖な地域特有の建造群が目新しく、興味をそそられる。
ボワージア領の屋根は雪が積もらないように角度のついているけど、ここでは水平みたいだ。
冬でも雪が降らないってどういう感じなんだろう。
王族の紋が掲げられた馬車に気づいた人々が頭を下げていくのを見て、少し居たたまれなくなった。ジル様と違って、僕はそんな風にされる立場に慣れてないから。
そっと車窓から顔を背けてジル様を見つめる。ジル様はなぜか不思議そうに首を傾げていた。
「予定より少し遅くなったが」
「え……でも、まだ夕方にもなっていませんよね?」
ちらりと横目で外を確認する。
まさか北部と南部で日の長さに大きな違いがあるわけはないだろう。
「夕方まで移動していたことはないな」
「……あ、そういうことですか」
これも価値観の違いなのだ、と気づいた。
僕は宿屋代などの路銀の節約のために、移動できるギリギリまで馬車を走らせる旅しかしたことがない。
でも、富裕層では、こまめに休息を入れたり観光したり、旅の途中もゆっくりとした日程を組む。
それは地域の経済活性化にもなるから、ある意味、富裕層にとっての義務に近い。王族が旅をする際に、領地貴族からの歓待を受けるのも、その一環だ。
——そんな書物でしか読んだことのない知識を思い出し、口元に苦笑が浮かんだ。
ジル様と僕は、本当に生きてきた環境がまったく違うんだなぁ。
そう実感すると、ちょっと気後れするけど、同時にワクワク感も溢れる。
ボワージア領から王都までの旅でも、もっと詳しく見てみたいなと思った場所はたくさんあったんだ。予定の都合上、それは無理だったけど、今回の旅では我慢しなくていいってことだよね?
「なにか不都合があるのか?」
「いえ。のんびりした旅も楽しいなと改めて思っただけです」
気遣うように尋ねてくれたジル様に、微笑んでそう返事をする。ついで、「ここではどのように過ごすのですか?」と聞いてみた。
「領主館で休む予定だ」
「……それだけ?」
思わずパチパチと瞬きをする。
こんなに早い時間に着いて、領主館でもう休むの? 確かに馬車に乗ってるだけでも、多少疲労感はあるけど、時間がもったいなくないかな。
「なにかしたいことがあるのか?」
「街の散策をしたいです!」
つい食い気味に返答していた。
車窓から見るだけでも興味深い街並みだ。実際に自分の足で歩いたら、どんなに楽しいだろう。
にこにこと微笑みながら返事を待っていたけど、ジル様とマイルスさんが、ちょっと困った顔をしているような……?
「……そうか。では、騎士団から何人か編成して——」
「もしかしなくて、大掛かりになる感じですね?」
ジル様の言葉を遮るように尋ねてしまった。青い目が丸くなってる。でも、僕はそれを気にするどころじゃない。とんでもないことに気づいたから。
ジル様は王族だ。さらに言うなら、現王の弟。そこらにいる貴族より貴い身分である。
そんな人が、ふらっと街を散策なんてできる? ——できるわけがない!
街を歩くなら、一個小隊くらいの騎士が同伴していてもおかしくない。
民衆は馬車に対してであっても頭を下げているのだから、ジル様自身が街に出たら、跪いて出迎えられる可能性もある。
「——ひぇ……おそろしい……」
思わずぶるっと身体が震えた。そんな生活、考えたこともなければ、望んだこともない。
僕はボワージア領で随分と自由に過ごさせてもらっていた。オメガという点では気を使われてきたけど、貧乏な家の三男で、領民と手の届く距離で語らい笑い合い生きてきたのだ。
そもそも騎士と呼べる人も数人しかいない。領民たちで構成された自警団が、どれほど心強いものだったか。
ジル様はそんな生活を夢にも考えたことがないだろう。話したら、野蛮だと思われるかも。
でも、僕はそうして生きてきたことを誇りに思っている。僕がボワージア領を愛する理由の一つでもあるんだ。
「……嫌なことがあるのか」
ジル様の顔が少し強ばっていた。
それを見て、ハッと息を呑む。僕の態度は絶対失礼だった。せっかくジル様が僕の希望を叶えようとしてくれたのに。
「あ、あの……僕は、騎士の方々に囲まれる生活に慣れてなくて……」
慌てて言い訳した。ジル様を厭うつもりはまったくなかったんだ。
ジル様は「うん……?」とよくわかっていない感じだったけど相槌を打ってくれた。それに励まされて、これまでのボワージア領での暮らし方を話してみる。
聞き終えたジル様は眉を寄せて、考え込んだ雰囲気になった。相互理解って難しい。
「——フランは騎士を引き連れて街を歩くのは嫌なんだな?」
「嫌、といいますか……気後れするんです……」
自分が体格の良い騎士に包囲される光景を想像して、乾いた笑いが漏れた。
……護送されてる犯罪者みたいだ。そんな状態で堂々とした立ち振る舞いなんてできない。
「そうか。俺もフランに窮屈な思いはさせたくない。だから——」
不意にジル様が口元に笑みを浮かべた。
それはまるで悪戯っ子のような茶目っ気のあるもので、初めて見るタイプの笑みだ。
「お忍び、というのをしてみようか」
目を見開いて凝視する。
ジル様の横では、マイルスさんが額を押さえて、俯いていた。
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