貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅰ‐ⅱ.僕とあなたの深まり

21.あなたに馴染むまで

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 改めて言われたことを考えてみて、ふと首を傾げる。

 オメガとしての本能を刺激するような接触は、控えた方がいい——ということは、ジル様と近い距離にいるのもダメじゃない?

 ふわりと漂う甘い香り。
 同じ馬車内にいるだけで、ジル様に包み込まれているように感じられるほど、その香りは強く僕の本能を刺激している気がする。

 惹かれて、もっとほしいと望んでしまうのは、もしかしたら今の体調にとっては良くないのかもしれない。

「あの……僕は馬車を変えた方が良いのでは?」

 躊躇いがちに提案する。
 本当はジル様から離れたくないけど、発情期ヒートのような症状に苦しむのも嫌だ。薬で抑え込むのもつらいし。

「そこまではしなくていいだろう」
「そうですね。殿下が戯れの手をお出しにならなければ」

 注釈をつけるマイルスさんを、ジル様が横目で睨む。マイルスさんは完全に受け流しているようだ。

 その様子を見ながら、僕は首を傾げた。
 僕自身はこんなに影響されていると思うのに、二人はどうして大丈夫だと言えるんだろう。

「——現時点で、過剰にフェロモンが放出されているわけではないので、この程度の距離でしたら大丈夫だと思いますよ。念には念を入れて、暫くは過度な接触をしないよう、私が見張っているだけです」

 マイルスさんに穏やかな口調で断言されて、ホッと息をついた。不安が和らぐ。

 僕がよく分かっていないことでも、マイルスさんが見ていてくれるなら任せて大丈夫だろうと信頼できた。

 昨日初めて出会った人だけど、ジル様に対しての振る舞いや手配の隙のなさから、有能な人だと分かっているから。
 僕に対しても、主人の番になる相手だと尊重して気遣ってくれているのが伝わってくるし。

「それなら、良かったです。僕はあまり自覚できていないようなので、マイルスさんに判断していただけるとありがたいです」

 微笑みかけると、マイルスさんの目が少し丸くなった。
 こういう反応を度々見ている気がする。なにに驚いているんだろう。

「……ジル様の横暴さに慣れていると、フラン様のお優しさが身に沁みますね」
「お前の遠慮のなさも大概だが」

 マイルスさんがしみじみと呟いたかと思ったら、間髪入れずにジル様が呆れた声で言い放った。

 その遠慮のないやりとりが微笑ましくて、なんだか羨ましい。僕も、ジル様とそんな風に話をできる日が来るのかな。

 ……いや、冷たい感じで返事をされたら、ちょっと傷ついちゃう気がする。ほどほどに仲の良い感じがいいな。

「——フラン、手を」
「え、……はい」

 ジル様がエスコートするように手を差し伸べてきたので、戸惑いつつ手を重ねる。

 いったいなにをするんだろう、と思ったところで、指先にジル様の唇が触れた。
 ピシッと音がする勢いで固まって、呆然とジル様の瞳を見下ろす。

「本能を刺激しすぎないように気をつけるが、少しずつ慣れていってもらわなくては困る」
「は、はあ……?」

 ジル様の青い瞳に囚われそうになっていることに気づいて、視線を逸らして逃げるついでに、マイルスさんの判断を仰いだ。

 肩をすくめられたので、今はこれくらいは大丈夫ということだろうか。僕の心臓は全然大丈夫じゃないんだけど。

「フラン、逃げるな」
「ひぅ、っ!?」

 指先に硬い感触。パッと視線を戻したら、ジル様が柔く歯を立てていた。咎めるように見つめられて、逃げることなんてできず、息を呑んで固まるしかない。

「俺と番になるんだ。いつまでも慣れないなんて言わないだろう?」
「そ、れは……僕の、意思で、どうにかなる、ものですか……?」

 ジル様の香りを感じて、見つめられて、軽く触れられるだけで、僕の身体は僕のものじゃないみたいに制御が効かなくなるのに。
 これに慣れる日が来るなんて、まったく思えない。

 番になるって、こんなに大変なことなのか。世にたくさんいる番たちは、みんなこの困難を克服しているということ? それなら、どうやって慣れられるのか教えてほしいんだけど。

「フランの意思でどうにもならないんだったら、俺がじっくりと慣らそう」
「……なんだか、頷いてはダメなお話の気がします」

 じっくりと慣らすってなんだろう。指先に感じる唇のぬくもり以上に、なにかするつもりなのかな。……それ、絶対に耐えられないと思うんだけど!

 顔が熱い。文句を言いたいし、なんなら手を振って接触を拒みたいくらいだけど、そんな不敬な真似をするわけにはいかない。
 立場的にも、そして番予定者としても、それが良くない振る舞いであることは分かってる。

 でも、どうしても恥ずかしくて、逃げ出したくなる。ここは狭い馬車の中だから、逃げ場なんてないんだけど。

「それなら、フランが覚悟を決めて、自発的に頑張ってくれ」
「……それで、ジル様はおとなしくしていてくださるのですか?」

 笑み混じりの言葉は、僕を揶揄っているように聞こえた。
 だから、咄嗟に反発するように言葉を返してしまう。でも、その声が甘えた感じで拗ねているように聞こえて、すぐに口を閉ざすことになった。

 僕、ジル様に対して、なんて話し方をしてるんだ……!

「ふっ……フランの頑張り方によるな。だが、まぁ、手加減はしよう」
「全然するつもりがないように聞こえるんですが!」

 ジル様の口元に浮かんだ笑みを見て、遠慮も忘れて文句を言ってしまった。
 こういう話し方を一切気にしていないとわかって気が緩んだ、というのもあるけど、一番は今後のジル様の振る舞いに不安を感じたからだ。

 と言っても、少し期待も湧いた気がしてるから、強く咎められない。
 手加減した慣らし方ってどういうものなのだろう……?

「フランは可愛らしいな」

 悶々と悩む僕を見て、手を解放したジル様が楽しそうに呟いた。

 可愛いと言えば、なんでも許されるみたいになってない? ……それで、『まぁ、いっか』なんて思っちゃう僕もどうかしてるけど。

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