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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

17.あなたを思う

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 ——……目まぐるしい数時間だった。

 ささやかなお茶会の後、一人残された部屋で、天蓋を見上げて横になる。「おやすみ」と告げて立ち去ったジル様の甘い香りが、いまだに僕を包み込んでいるような気がした。

「社交界デビューして……誰にも声を掛けてもらえないって落ち込んでたら、ジル様に会って、気を失って。起きたと思ったら、運命の番だって分かって。……唯一の番にしてもらえるって喜んで、陛下にお会いして——……うん、改めて考えても、怒涛の勢いだ」

 心を整理するために呟いている声が、ふにゃふにゃと柔らかい気がする。それが僕の心を表しているみたいだ。

 番をみつけようと思っていても、現実感はまったくなかった。夫婦という形はなんとなく見知っているけど、番には馴染みがなかったから。

 胸の中に朧気に存在していた不安とか疑問とかが、ジル様に会って、少し和らいだ気がする。現実感を伴って前向きになった、っていうのかな。

 番という新たな関係ではあるけど、人と人の付き合いだということに変わりないのがわかったからかもしれない。

 僕は、運命の番の引力で、ジル様に惹かれてる。だけど、それだけじゃない。

 一人の人間として、ジル様のことを知りたいし、好きになれたらいいなって思ってるんだ。

 それは、これまでの家族とか友達とかへの思いと似ているけど、少し違う気もして——なんだか楽しい。
 僕は元々、好奇心旺盛で新しいものが好きだから。ジル様と過ごす初めて尽くしだろう日々に、ワクワクしてる気がする。

「楽しみだなぁ」

 明日、というかもう今日だけど、出立時間は朝早い。だからもう寝ないといけないとわかってるのに、期待が胸を騒がせて、眠れる気がしない。

 今すぐジル様の顔を見たい——なんて、普通は別れたばかりで思うようなことじゃないのに、そわそわと動き出したくなる。そんな自分に笑ってしまった。

 こんなに楽しい気分なのは、久しぶりかもしれない。ここ最近は、ボワージア領の立て直しや社交界デビューの準備のために、精神的に余裕がないことが多かったから。

「——ジル様、ボワージア領を援助してくださるって、言ってた……」

 目を細める。
 ジル様のその言葉が、どれほど僕にとって嬉しいことなのか、きっと言った本人はわかってないんだろうな。

 大好きな領地。愛する家族。僕の生まれ育った地は寒くて厳しい環境だけど、人の温かみに溢れた場所なんだ。

 守りたくて、でもそんな力は僕にはなくて。どれほど悔しい思いをしてきたことか。
 みんなに望まれて明るく微笑む陰で、自分の無力さを痛いほど噛み締める日々。

 そんな思いのすべてが、ジル様に出会って報われた気がした。

 僕はジル様に出会うために生まれてきて、それはボワージア領にとっても幸福になるものだったのだと、心から理解したんだ。僕という存在が、ボワージア領の役に立てることが、心から嬉しい。

「みんなは僕に、幸せになれと言うだろうから、ちゃんとジル様と幸せにならないと……」

 決意を新たに呟く。

 ジル様と番になることで、僕が不幸になったら、家族も領民も絶対に喜ばない。みんな優しくて、僕を愛してくれる人たちだから。
 僕が胸を張って「幸せだ」と言うことで、みんなも幸せになれるんだ。

 いつ領地に挨拶に行けるかわからないけど、それまでにジル様のことをたくさん知って、好きになって、みんなを安心させられたらいいな。

「好きになる、か……」

 ふと自分の思いを反芻する。
 領地に友達はたくさんいたけど、僕は恋というものをしたことがない。恋って、なんだかキラキラしてて、甘酸っぱいらしい。

 僕は運命の番であるジル様に、恋をすることになるのかな。そういう好きって感情を、知る日がくる……?

「——ふふ、それも楽しみ。どんな感じなのかなぁ」

 自然と頬が緩む。
 恋に恋するとまでは言わないけど、期待してもいいよね。だって、僕はジル様の唯一の番なんだから。

 ジル様以外に、これからの僕が恋心を抱く相手なんて、きっと存在しない。そんな存在が他にいることを、ジル様は許さないだろう。まだ出会ってばかりなのに、アルファの執着心や独占欲をあんなに露わにしてたんだもん。

 それなら、僕が恋する相手にジル様を選んだとしても、許してもらえるはず。それが片想いになるのか、通い合う想いになるかはわからないけど。

「できたら、両想いになれたら、嬉しいなぁ」

 ただの番じゃなくて。形式的な伴侶じゃなくて。想いを通わせて、ジル様の傍にいられたら、きっと僕は一生幸せでいられる。

 そうなりたいな、と強く思って目を瞑った。

 目覚めてからの日々が、楽しくなりますように——。

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