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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

16.守りたいもの——ジルヴァント視点

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 まだ眠くない、と言うフランに付き合うため、マイルスにお茶の準備をさせる。
 フランと話す時間が足りていないと思うのは、俺も同じだ。

 マイルスは呆れた顔をしながらも、黙って俺の指示に従った。

 ……完全に、フランと離れがたく思っている俺の気持ちを悟られている。
 だからどうというわけではないが、少し鬱陶しく感じるのは、兄弟のような相手に普段の俺らしくないところを見せて、揶揄われたくないからだろうか。

「あ、僕、すっかり連絡するのを忘れていました……!」

 お茶を飲んで一息ついたところで、フランが慌て始めた。
 口元を押さえて狼狽える仕草も可愛らしいが、いったいなにを思い出したのか。

「連絡とはどこに?」
「エイデール子爵家です! 僕、王都滞在中はエイデール子爵にお世話になっていて、パーティーでの付き添いも頼んでいたんです」
「……傍にはいなかったようだがな」

 パーティー会場の外であるベランダにいたフランの姿を思い出して、思わず眉を顰める。

 オメガが人気のないところに一人でいるなんて、あまり褒められたことではない。

 普通、デビュタントには親族が付きっきりで世話をするものだ。多くの貴族との仲介や、戯れの手を伸ばされないよう監視する役目を担うために。

 だが、フランの傍には誰もいなかった。
 それもあって、多くの貴族が声を掛けかねていたのだろうから、俺にとっては僥倖だが——。

「それは、その、……今夜は、エイデール子爵家の令嬢もデビュタントだったので……」

 フランが気まずそうに眉尻を下げる。常識的に考えて、エイデール子爵のやり方がおかしいことは、フランもわかっているのだろう。

「そうか」

 引け目に感じさせないよう頷きながら、記憶を探る。

 エイデール子爵家の令嬢というと、名はアイリだったか。パーティー参加者を調べさせた時に肖像画を確認したが、焦げ茶色の髪で、それなりに見目の良いオメガだったはずだ。

 フランとアイリは少し似ている気がする。
 エイデール子爵が、フランの夭逝した母親の弟にあたる人物だからだろう。つまり、フランとアイリは従兄妹。

 調べさせた情報によると、フランの母親は駆け落ち同然の状態でボワージア子爵に嫁いだため、エイデール子爵家とボワージア子爵家の仲はあまり良くなかったはずだ。

 それなのに、フランのデビュタントの世話役を担うとは、なんらかの意図があるに違いない。

 今考えられるのは、パーティーでフランを孤立させて貶めることくらいだろうか。
 同じパーティーで従妹のアイリを社交界デビューさせたことを考えると、付添人を用意できなかったフランに、惨めな思いをさせたかった可能性がある。

 ——なんとも業腹なことだ。

 胸の内にふつふつと溜まる憤りを押し隠し、マイルスに視線を向ける。

「すでに連絡は済ませております。パーティーから退場される際に、フラン様をお探しになっていたようですので。エイデール子爵家に残されているフラン様のお荷物は、明朝届けさせる手筈を整えております」

 マイルスに手抜かりはなかったようだ。
 冷静な表情で告げられ、頷き返す。目の前でフランがポカンと口を開けていた。

「え、あ、……ありがとうございます?」
「お礼を言っていただくほどのことではございません」

 微笑ましげな表情を浮かべたマイルスに、フランもホッとした顔になった。

「エイデール子爵はなにか言っていませんでしたか……?」

 躊躇いがちな問いかけを受けて、マイルスが俺に視線を向けた。どうやら報告していないことがあったようだ。

「……殿下にご挨拶に伺いたい、と」
「あぁ……時間があればな」

 肩をすくめて聞き流す。どうせご機嫌取りか、フランを利用してなんらかの要望をしようというのだろう。
 それに従ってやる義理はない。フランの親族であっても、重用するかどうかは別の話だ。

 フランは複雑そうな表情をしていたが、俺の気のない返事に苦笑した。
 領地のこととは違い、エイデール子爵家を取り立ててほしいと言うつもりはないようだ。フランがそうなら、俺の思いとも合致するからありがたい。

「僕の家の執事と護衛一人が、王都まで付き添ってくれて、エイデール子爵家にいるはずなのですが」
「そちらにも連絡は済ませております。お二人には、ボワージア子爵家へ、殿下との番契約に関しての報告を持ち帰っていただく予定です。フラン様のことは気にしておられたようですが、祝福の言葉をいただきましたよ」

 マイルスの言葉に、フランの顔が綻んだ。一番気になっていたのは、エイデール子爵家に残していた二人のことだったらしい。

「三人で王都に来たのか?」
「はい。領地はまだ落ち着いてなくて、家族は来れなかったんですけど、心配だからと執事を付けてくれて。護衛はうちの数少ない騎士の一人なんですよ」

 フランの嬉しそうな顔を見れば、それがボワージア子爵家にとって精一杯の手配だったのだとわかる。

 だが、兄上から聞かされた、フランへの注目度の高さを思うと、身を守るにはあまりに足りないと思わざるを得なかった。

 そもそもフランの美しさは、噂話がなかったとしても人目を集める。王都まで無事に辿り着けたことが奇跡のように思えた。

 そんな思いは顔に出さず、フランに同調するために頷く。

「……家族に愛されているんだな」
「ふふ。はい、とても愛してくれてるんです」

 愛情に包まれて育った純粋無垢なフランの笑みが、なんとも愛おしく感じて、守りたいなと素直に思った。

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