貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

文字の大きさ
上 下
16 / 113
Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

16.守りたいもの——ジルヴァント視点

しおりを挟む

 まだ眠くない、と言うフランに付き合うため、マイルスにお茶の準備をさせる。
 フランと話す時間が足りていないと思うのは、俺も同じだ。

 マイルスは呆れた顔をしながらも、黙って俺の指示に従った。

 ……完全に、フランと離れがたく思っている俺の気持ちを悟られている。
 だからどうというわけではないが、少し鬱陶しく感じるのは、兄弟のような相手に普段の俺らしくないところを見せて、揶揄われたくないからだろうか。

「あ、僕、すっかり連絡するのを忘れていました……!」

 お茶を飲んで一息ついたところで、フランが慌て始めた。
 口元を押さえて狼狽える仕草も可愛らしいが、いったいなにを思い出したのか。

「連絡とはどこに?」
「エイデール子爵家です! 僕、王都滞在中はエイデール子爵にお世話になっていて、パーティーでの付き添いも頼んでいたんです」
「……傍にはいなかったようだがな」

 パーティー会場の外であるベランダにいたフランの姿を思い出して、思わず眉を顰める。

 オメガが人気のないところに一人でいるなんて、あまり褒められたことではない。

 普通、デビュタントには親族が付きっきりで世話をするものだ。多くの貴族との仲介や、戯れの手を伸ばされないよう監視する役目を担うために。

 だが、フランの傍には誰もいなかった。
 それもあって、多くの貴族が声を掛けかねていたのだろうから、俺にとっては僥倖だが——。

「それは、その、……今夜は、エイデール子爵家の令嬢もデビュタントだったので……」

 フランが気まずそうに眉尻を下げる。常識的に考えて、エイデール子爵のやり方がおかしいことは、フランもわかっているのだろう。

「そうか」

 引け目に感じさせないよう頷きながら、記憶を探る。

 エイデール子爵家の令嬢というと、名はアイリだったか。パーティー参加者を調べさせた時に肖像画を確認したが、焦げ茶色の髪で、それなりに見目の良いオメガだったはずだ。

 フランとアイリは少し似ている気がする。
 エイデール子爵が、フランの夭逝した母親の弟にあたる人物だからだろう。つまり、フランとアイリは従兄妹。

 調べさせた情報によると、フランの母親は駆け落ち同然の状態でボワージア子爵に嫁いだため、エイデール子爵家とボワージア子爵家の仲はあまり良くなかったはずだ。

 それなのに、フランのデビュタントの世話役を担うとは、なんらかの意図があるに違いない。

 今考えられるのは、パーティーでフランを孤立させて貶めることくらいだろうか。
 同じパーティーで従妹のアイリを社交界デビューさせたことを考えると、付添人を用意できなかったフランに、惨めな思いをさせたかった可能性がある。

 ——なんとも業腹なことだ。

 胸の内にふつふつと溜まる憤りを押し隠し、マイルスに視線を向ける。

「すでに連絡は済ませております。パーティーから退場される際に、フラン様をお探しになっていたようですので。エイデール子爵家に残されているフラン様のお荷物は、明朝届けさせる手筈を整えております」

 マイルスに手抜かりはなかったようだ。
 冷静な表情で告げられ、頷き返す。目の前でフランがポカンと口を開けていた。

「え、あ、……ありがとうございます?」
「お礼を言っていただくほどのことではございません」

 微笑ましげな表情を浮かべたマイルスに、フランもホッとした顔になった。

「エイデール子爵はなにか言っていませんでしたか……?」

 躊躇いがちな問いかけを受けて、マイルスが俺に視線を向けた。どうやら報告していないことがあったようだ。

「……殿下にご挨拶に伺いたい、と」
「あぁ……時間があればな」

 肩をすくめて聞き流す。どうせご機嫌取りか、フランを利用してなんらかの要望をしようというのだろう。
 それに従ってやる義理はない。フランの親族であっても、重用するかどうかは別の話だ。

 フランは複雑そうな表情をしていたが、俺の気のない返事に苦笑した。
 領地のこととは違い、エイデール子爵家を取り立ててほしいと言うつもりはないようだ。フランがそうなら、俺の思いとも合致するからありがたい。

「僕の家の執事と護衛一人が、王都まで付き添ってくれて、エイデール子爵家にいるはずなのですが」
「そちらにも連絡は済ませております。お二人には、ボワージア子爵家へ、殿下との番契約に関しての報告を持ち帰っていただく予定です。フラン様のことは気にしておられたようですが、祝福の言葉をいただきましたよ」

 マイルスの言葉に、フランの顔が綻んだ。一番気になっていたのは、エイデール子爵家に残していた二人のことだったらしい。

「三人で王都に来たのか?」
「はい。領地はまだ落ち着いてなくて、家族は来れなかったんですけど、心配だからと執事を付けてくれて。護衛はうちの数少ない騎士の一人なんですよ」

 フランの嬉しそうな顔を見れば、それがボワージア子爵家にとって精一杯の手配だったのだとわかる。

 だが、兄上から聞かされた、フランへの注目度の高さを思うと、身を守るにはあまりに足りないと思わざるを得なかった。

 そもそもフランの美しさは、噂話がなかったとしても人目を集める。王都まで無事に辿り着けたことが奇跡のように思えた。

 そんな思いは顔に出さず、フランに同調するために頷く。

「……家族に愛されているんだな」
「ふふ。はい、とても愛してくれてるんです」

 愛情に包まれて育った純粋無垢なフランの笑みが、なんとも愛おしく感じて、守りたいなと素直に思った。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

【本編完結】運命の番〜バニラとりんごの恋〜

みかん桜(蜜柑桜)
BL
バース検査でオメガだった岩清水日向。オメガでありながら身長が高いことを気にしている日向は、ベータとして振る舞うことに。 早々に恋愛も結婚も諦ていたのに、高校で運命の番である光琉に出会ってしまった。戸惑いながらも光琉の深い愛で包みこまれ、自分自身を受け入れた日向が幸せになるまでの話。 ***オメガバースの説明無し。独自設定のみ説明***オメガが迫害されない世界です。ただただオメガが溺愛される話が読みたくて書き始めました。

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

処理中です...