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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり
14.あなたの幸運
しおりを挟む陛下がジル様のしかめっ面を楽しそうに眺めながら口を開く。
「ジルは知らなかったんだな?」
「……ええ、噂話は好みませんし、社交界に出ることもほとんどありませんので」
「その滅多にない機会で、こんなに美しいオメガ、しかも運命の番を捕まえられたんだから、やっぱりお前は運が良い」
話が初めに戻った。
その言葉に、ジル様が「確かに」と頷く。
僕も、噂話のことはともかく、ジル様の『運の良さ』には感謝したかった。
ジル様と僕が今夜出会えたのは、本当に奇跡的なことだったから。
今夜が最初で最後の夜会だったかもしれない僕と、ほとんど社交界に出ないジル様。
タイミングがばっちり合ったのは、運命の番の引力もあるのかもしれないけど、きっとジル様の幸運のおこぼれだと思うんだ。僕は生まれてこの方、自分のことを幸運だと思ったことはないから。
「今日を逃していたら、フランは誰かの番になっていたかもしれないのか……」
ジル様が苦々しい声で呟くと、陛下は軽く頷く。
「その可能性は高いだろうな。少なくとも、早くお前の番になる予定だと公表しないと、ボワージアは釣書の海で沈むんじゃないかい」
肘掛けに頬杖をつきながら、軽い調子で放たれた言葉が空恐ろしい。
思わずジル様と顔を見合わせた。ジル様は随分と硬い表情をしてる。
「……ボワージアからの返事を待ってる場合ではないな」
「私の方から、その子に手出ししないよう、貴族たちに告げておくかい?」
「兄上が?」
ジル様が僅かに驚いた様子で言うと、陛下は目にとろりと甘さを滲ませた。
「ああ。私の愛する弟のためなんだ。こんな時に王の権力を使わず、いつ使う」
「どう考えても、違う場面で使うべきだと思いますが……今回はお心遣いをありがたく受け取ります」
「良かった! お前の世話を焼く機会がなかなかなくて、やきもきしていたんだよ」
パッと表情を輝かせる陛下は、実際に発光してるんじゃないかと思うほど晴れ晴れとした雰囲気だ。
陛下とジル様は随分と仲のいい兄弟みたい。それにしては、陛下の甘やかし方がぎこちないし、ジル様は少し距離を取っているようだけど。
王家のことなんて、田舎の貴族じゃ全然知りようがないからなぁ。ジル様と番になるなら、少し勉強しないと。
そんなことを考えていたら、陛下とパチリと目が合った。
「私も、君のことをフランと呼んでも?」
「もちろんです」
「私のことはお義兄様とでも呼んでくれ」
「え!?」
思わず礼儀も忘れて驚いてしまった。
茶目っ気のある笑みを浮かべる陛下を凝視する。
「なぜそんなに驚くんだい? フランは私の弟の番になるんだろう。ジルがただの番の立場に君を留めておくとは思えないし、いずれは王弟妃だ。つまり、私の義弟!」
「……え、王弟妃?」
ジル様を横目で窺ったら、『当然』と言いたげに頷かれた。
……当然なのか。ジル様がそのつもりなら、覚悟を決めなくちゃ。
「——そうですね。陛下がそのように思ってくださるのでしたら、ぜひお義兄様と呼ばせていただきます」
本当にいいのだろうかと思わなくもないけど、僕がそう答えた途端、ニコニコと機嫌の良さそうな笑みが返ってきたので、納得するしかなかった。
ナジャル侯爵子息も頷いてるし、礼儀的にもたぶん大丈夫のはず。
「いいね。素直で可愛い。擦れてないあどけなさが男心をくすぐる。いろんなことを教え込みたくなるな。美しさだけではなく、魅力的だ」
「兄上」
「そんなに睨むんじゃないよ。ジルの番に手を出すはずがないだろう」
わざとらしく両手を上げて笑う陛下に、ジル様は大きなため息をついてる。
「……俺の感情をあまりに逆撫でするようでしたら、二度と城には来ないですからね」
「それは困る。最大限気をつけよう」
陛下から浮かれた雰囲気が消え去った。ジル様に拒否されるのが相当嫌なようだ。
一方で僕は、陛下を牽制するジル様の態度や言葉が、僕への独占欲を示してるみたいに感じられて、なぜだか嬉しくなった。
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