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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり
13.王と王弟
しおりを挟む陛下に会うためにと案内されたのは、すぐ近くの部屋だった。
「ジル、おめでとう!」
僕たちを出迎えた陛下が、満面の笑みを浮かべて、開口一番に祝福する。
そのあまりに王らしい威厳のない快活な様に、思わず呆然としてしまった。あの冷厳とした雰囲気はどこにいったのかな。
金の髪や海のような青い瞳がキラキラと輝いている。ジル様とは対照的な、太陽のような溌剌さが眩しい。
ジル様が小さくため息をついた。
「……ありがとうございます。ですが、もう少し落ち着いてください」
「そうかい? これでも随分と落ち着いたと思うんだけど」
ソファに座る陛下の斜め後ろで、側近のナジャル侯爵子息が僅かに眉を顰めていた。その顔が『どこがだよ』とツッコミを入れているように見えて、思わず視線を逸らす。
偉い立場の方にも、いろいろと苦労があるんだね。
「——そっちが、ジルの運命の番だね?」
「ええ。フラン・ボワージア。子爵家の子息です。今夜が社交界デビューだったはずなので、挨拶はもうしているでしょう?」
「もちろん、よく覚えているよ」
「再びお目にかかることができまして、身に余る光栄です、陛下」
礼をとると、鷹揚に頷かれる。そして、すぐに席を勧められた。普通の貴族だったら、こんな対応は絶対にされないだろう。
ジル様にエスコートされて席につく。
口から心臓が飛び出そうなくらい緊張してる。ジル様がいなかったら、倒れてしまいそうだ。
「それにしても、今夜のパーティーで一番の花を掻っ攫うとは、ジルは運が良い」
陛下にまじまじと見つめられて戸惑っていたら、さらに意味がわからない言葉が聞こえた。
一番の花ってなに? 僕はパーティーの花どころか、壁のシミになりそうな感じだったけど……。
「やはり、話題になっていましたか」
「ああ。ジルは後から来たから知らなかったんだね。男どもが牽制しあって身動き取れなくなってる様は、高みから見ると愉快だったよ」
言葉通り心底楽しそうに笑う陛下に対して、ジル様は渋い表情だ。それさえも、陛下は面白がっているようだけど。
仲が良いんだか悪いんだかわからない。
「——パーティーが始まる前から話題になっていたからね。ボワージアの秘宝がついに社交界に、と」
「以前から知られていたのか?」
ジル様から視線を向けられて、首を横に振る。僕にそんな心当たりはない。そもそも領地から出たことがなかったんだから。
「……あ、でも、いくつかの商家から縁談の話が来たことはありました」
どこから僕の話を聞いたんだかわからないけど、まだ幼い内からいくつも。すべて断ったけど、みんな『一目でも会ってから……!』なんて言って、なかなか帰ってくれなかったんだ。
その度に僕は部屋に閉じ込められることになって、結構迷惑だったんだよね。
——そんなことを、なんとか敬語で説明したら、ジル様が眉を顰めた。それを見て、陛下がハハッと笑う。
「どういうことだ」
「領地内を出歩いてるところを、商人共に見られたんだろうな。そこから噂が回って、貴族だけじゃなく、私のところまで話が来ていたからね」
じろりと睨むような眼差しで、ジル様が陛下を見据える。
「どのような噂ですか」
「エストレアで一番美しく可憐なオメガで、ボワージア子爵家が手放したがらない、と。実際、十六歳の時に社交界に出てこなかったから、余計に期待が高まっていた。噂に違わない美しさだから、今夜の貴族たちは舞い上がっていて……くくっ、面白い顔だったよ」
楽しそうな陛下に対して、ジル様はこれ以上ないほどのしかめっ面だ。
そして僕も、思いがけない噂話を聞いて、くらくらしてきた。
そんな評価を負ってあの場に立っていたなんて、思い返してみると恐ろしい。誰にも声を掛けられないと落ち込んでいたのに、すごく注目を浴びてたってことだよね?
というか、そこまで評判になるほどの顔かな。家族からの評価は、親の欲目みたいな部分があると思ってたんだけど。
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