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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

11.可愛らしいもの

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 今後に向けて、お互いの意思疎通ができたところで、ドアがノックされる音がした。僕たちがいる寝室の隣、居間の方だ。

「おそらく陛下の使いの方ですね」

 マイルスさんが窺うようにジル様に視線を向ける。
 その言葉を聞いた瞬間、僕はカチンと凍りついたように固まってしまったけど。

 だって、『陛下』だ。
 社交界デビューの際に少しだけ挨拶させてもらったけど、すごく威厳がある感じで、正直怖い印象だった。さすが、若い年齢で国を率いている方だなぁって感じ。

 そんなすごい方の使いがここに? どうして?

 そう思った瞬間に、ジル様を見てハッと思い出した。
 ジル様は王弟殿下、つまりあの陛下の弟なんだ、って。

 改めて考えても、すごすぎて実感が湧かない。もしかして、僕、今後、王族の一員と見なされるなんてこともあるのかな……?

「……痺れを切らしたか」
「その可能性が高いかと。乗り込んで来られる前に、対応するべきでしょう」

 ジル様が大きくため息をつく。
 僕は小さく「ひぇっ」と声を漏らしていた。

 ——乗り込んでくる? あの、陛下が?

「ジル様、僕、急いで身支度をした方がいい気がしてきたのですが!」

 ワタワタと動き始める。といっても、僕の礼服はシワになっていて、陛下はおろか貴族の方々に見せるのも憚られる状態だ。

 どうしたらいいのだろう、と泣きそうになっていたら、ベッドの端に次々と箱が並べられ始めた。

「——マイルスさん?」
「体調がよろしいようなのでしたら、お召し替えください。さすがにオーダーメイドではありませんが、サイズは大丈夫のはずです」

 箱の中身は服だった。柔らかな色合いのベージュを基調としたものが多い。
 上質な布で仕立てられたそれは、僕のデビュタント用の服より高価なことが一目瞭然だ。手で触れることすら躊躇われる。

 他にも靴やアクセサリーの類いも用意されていて、凝視したまま固まってしまった。

「フランのために用意させた。本当は仕立てるところからしたかったのだが……それは後の楽しみにしておこう」

 いつの間にかマイルスさんは姿を消していて、僕はジル様に促されるままに立ち上がった。
 箱から取り出された服を渡され、寝室の隣にあった小部屋に連れて行かれる。

「——着替えに介助が必要だろうか。俺が手伝ってもいいが」
「っ、いえ! 大丈夫です!」

 ジル様の言葉を遮って答える。
 呆然としていた気分も、驚きでどこかに吹っ飛んだ。
 まさかジル様に着替えを手伝ってもらうなんて、恐れ多いことができるわけないだろう。

「残念だが、良かった。さすがにどこまで我慢できるか自信がなかったからな」
「我慢?」

 真剣な表情で言われたものの、意味がよくわからない。
 きょとんとしながら見上げると、ジル様はなんとも言えない眼差しを向けてきた。

「……フランはまだ幼い気がする」
「十八歳の大人ですけど?」

 つい反射的に拗ねた口調でそう返してしまう。
 だって、成人年齢になったのに、幼いなんて言われたらちょっと癪に障る。……家族にはよく言われることではあるけど。

「大人か。……そうだな。それはありがたいが、認めるのは、俺がさっき言った言葉の意味を、フランが理解できるようになってからにしよう」
「……むぅ」

 あやすように頰を撫でられて、家族にするようにむくれてしまった。こういう仕草が子どもっぽいと言われるのだとわかっているのに、なかなかやめられない。

 ジル様は少し楽しそうに目を細めていた。少なくとも鬱陶しがられてはいないようなので、ホッとする。

「フランの見た目は気品のある猫のようなのに、中身はまだあどけない子猫のようだな」
「……どちらも、猫ですね?」

 家族からの評価に似ている。
 これまで散々、『好奇心旺盛な子ども』『元気いっぱいないたずらっ子』『キラキラおめめの可愛こちゃん』などと言われて、揶揄われたり可愛がられたり。猫みたいだと笑われたこともある。

 たぶんジル様は馬鹿にするつもりはないんだろう。なんというか……小兄様が僕を見る目に似てるから。
 大兄様に比べて、小兄様は僕に対して蜂蜜のように甘いんだ。その眼差しに似てるってことは、好意的な意味のはず。

「俺は生き物の中で猫が一番好きだ」
「そうなんですね。もしかして、猫をお飼いになってるんですか?」

 なぜ急にそんな主張をされたのか、と疑問に思いつつ尋ねる。
 僕も猫好きなんだ。もしお屋敷に猫がいるのなら嬉しい。仲良くなれるかな。

「まだだ。だが、これからたくさん可愛がれるんだろうな」
「えっと?」

 ジル様の言葉は意味がわからないことが多い。
 首を傾げる僕に、ジル様が僅かに口元を綻ばせた。

 小さな笑みでも、それが僕に向けられていると思うと、胸がくすぐったくなるような嬉しさがこみ上げてくる。

「フランが望むなら、猫を飼ってもいい。猫たちが戯れている姿も可愛らしいだろうから」

 僕の疑問に答えることなく、そう言ったジル様は小部屋から立ち去った。
 閉じられた扉を見て、ぱちぱちと目を瞬く。

「……猫を二匹飼う予定があるってこと? 確かに一匹だと可哀想かもしれないもんね」

 よくわからないけど、そういうことにしておいた。

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