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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

9.思い違い

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 長い時間抱擁を交わし、ようやくジル様の番になるのだと心が定まった。
 そんな僕の感情の変化を察したのか、ジル様も少し嬉しそうにしている気がする。

「フランは子爵家になにか思い入れのある物を置いているだろうか?」

 不意の質問に、目をぱちぱちと瞬かせる。
 抱擁が解かれて、ジル様に顔を覗きこまれた。

「思い入れ、ですか……。それは、まぁ、いろいろと……」

 生まれ育った家なのだから、大切な物はたくさん置いてある。でも、なぜ今それを聞かれたのだろう。

 ジル様に髪を梳かれるようにして頭を撫でられて、気恥ずかしくてくすぐったいような心地になりながら、見つめ返した。

「そうか。それならば、リストにしてもらいたい。俺の領地から使いを出そう」
「え? そこまでしていただかなくても、自分で荷物をまとめますけど」
「それをボワージア子爵家に伝える必要はあるだろう?」

 なんだか、話が食い違っている気がする。

 ジル様と目を合わせて戸惑っていると、マイルスさんがため息をつくのが聞こえた。

「殿下、悪い癖が出てらっしゃいますよ。それでは説明が足りないでしょう」
「なんの説明だ?」
「今後のご予定についてです」

 ぱちり、とマイルスさんと目が合う。申し訳なさそうに微笑まれて、なんとなく僕も微笑み返した。
 すると、すぐさまジル様に頰を柔く掴まれて、顔を動かされる。

「よそ見はするなと言っただろう?」
「……ジル様のお顔が近くて、なんだかドキドキしちゃうんです」

 薄青色の瞳に自分が映っているのを認識しただけで、逃げ出したいような、もっと近づきたいような、矛盾した気持ちになる。

 それが落ち着かなくて、真っ直ぐ見ていられない。

「フランは……可愛いな」
「え?」

 ジル様の口元に笑みが浮かんだ気がした。一瞬すぎて見間違いかもしれないけど。

 まじまじと見つめると、ジル様に手で目元を塞がれてしまった。

「……確かに、あまり見つめ合うのは良くない」
「お医者様の言葉を守っていただけているようでなによりです」
「マイルス、お前はいちいちうるさいな」

 少し冷たい手のひらの向こうで、二人が話しているのを、おとなしく聞く。
 どうしてこんな体勢になっているかはわからないけど、ジル様が必要だと判断したのなら、従うべきなんだろう。

「フラン様。少しは抵抗されてもよろしいのですよ? 殿下は、あなたに対してでしたらお優しいので、たいていのことはお許しくださるはずです」
「そうなんですか? でも、僕は困っているわけではないので」

 正直に返事をしたら、なんとも言えない沈黙が返ってきた。

「……殿下。フラン様の純真さを穢すような真似はなさらないでくださいね」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ。……心揺らがなかったとは言わないが」
「珍しく素直でらっしゃることで。きちんと監視させていただきますね」

 マイルスさんの声が少し冷えた気がした。
 しばらくして手が下ろされて、冷静な表情のジル様と目が合う。

「今後の予定を説明する必要があるようだな」
「ぜひお願いいたします」

 北部地域のボワージア領と南部地域のセレネー領は、王都を挟んでほぼ反対側に位置している。

 これから領地に戻り、急いで準備を整えたところで、ジル様と再び会えるのは、数カ月先だろうと思うと、少し寂しい。

 でも、それはジル様と長く共にいるための準備時間だ。家族との別れに備える時間でもある。きっと嫁いだ後はなかなか家族に会えなくなるだろうから。

 ——そんな風に考えていた僕は、次のジル様の発言に心底驚かされることになった。


「まず、フランには、この後俺と一緒にセレネー領に来てもらう」
「……え!?」

 思いっきり目を見開く。
 まさか、そんなことを言われるとは。ジル様と一緒にということは、ボワージア領に帰らずという意味に他ならない。

 やっと、『思い入れのある物をリストにまとめろ』と言われた理由がわかった。

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