上 下
8 / 113
Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

8.希うこと

しおりを挟む

 僕がこの部屋で寝ていた理由はわかった。
 あと気になるのは、ジル様の言葉の真意だろう。

 ——僕が、ジル様のお屋敷の主人同等、だなんて……。

「あの、ジル様」
「なんだ」
「……僕のこと、正式に番として迎えてくださるのですか?」

 怯える心を押し隠し、勇気をふり絞って尋ねる。
 僕の、これからを左右する質問だ。きちんと見極めなきゃ。

 不意に腕が緩み、顔を覗きこまれても、しっかりと見つめ返した。ジル様がなにを考えているのか知るために、少しも見逃したくない。

 薄青の瞳が、僅かに不機嫌そうに細められて、心臓が嫌な音を立てた気がした。

「それ以外になにがある?」
「…………へ」

 思いがけない返答に、ぽかんと口を開けてしまった。間抜けだと思って、慌てて手で塞いだけど、驚きは消え去らない。

「——な、何番目の……?」
「一番だ。というより、俺に他の番はいないし、これからもフランだけだ」
「っ、え、あの……ふぇっ!?」

 動揺のあまり変な声が出た。
 ちらりと視線を向けた先で、マイルスさんがにこやかに微笑み頷いてくれたので、実感が湧いてくる。

 僕が、ジル様の、唯一の番……。
 そんな幸せが許されていいの? だって、王弟殿下なら、たくさんの番がいてもおかしくないんじゃ……。というか、方々から恨まれそう。

 パーティーで見かけた多くのオメガから尖った視線を向けられることを想像して、ひぇっと声が漏れそうになった。怖すぎる……。

「そもそも、運命の番以外に番を持てば、不幸にする未来しかない。俺はそんな愚かな男になるつもりはない」

 思わず目を見張る。
 ジル様の顔が凍えたように硬く冷えているように見えた。
 もしかして、なにか番に関して嫌な経験があるのかな。

 なんだかとても悲しそうで、寒そうにしている気がして、ジル様を暖めてあげたくなる。

「フラン……?」
「あ……」

 いつの間にか、ジル様の背中に手が伸びていた。
 名前を呼ばれてようやく、自分が抱きしめるような仕草をしていることに気づいて、固まってしまう。

 不敬だとか、はしたないとか言われて、振り払われてしまったらどうしよう。いや、それより前に離れてしまえば。

 ——なんて思ったところで、背中が仰け反るほどの力で抱きしめられた。ちょっと苦しい。

「フラン。……俺の、ただ一人の番になってほしい」

 まるでこいねがうような声音で言われて、トクンと心臓が高鳴る。

 僕は、ジル様がそんなに願うほどのたいそうなオメガじゃないのに。それでも僕を望んでくれるのは、きっと運命の番だからなんだろうな。

 嬉しいのに、何故か悲しい気もして、自分の心がよくわからない。
 でも、ジル様を受け入れたいと思うのも、傍にいたいと思うのも、僕の本心だった。

 これさえも、運命の番という関係による強制力なのかもしれないけど。

「……はい、ジル様」

 きっとこの先の未来は穏やかなものではない。
 王弟殿下と貧乏子爵家の子息が番になるだなんて、身分違いも甚だしいんだから。

 たくさんの人に眉を顰められるだろうし、引き離そうとしてくる人もいるかもしれない。

 それがわかっていても、僕は身を引こうなんて少しも思えなかった。

 だって、ジル様が望んでくれたんだ。せっかく出会えた運命の番なんだ。
 この幸運を、逃してはいけない。そんなことをしたら、僕は一生後悔する。

 未来でどんなに悲しいことがあったとしても、ジル様に望まれたんだという事実さえあれば、すべて乗り越えられる気がした。

 うん、大丈夫。僕は頑張れる。
 だから——。

「——どうか、僕を、ジル様の、唯一の番に、してくださいませ……」

 震える声でこぼした言葉に、力強い抱擁が返ってきて、口元が綻んだ。

 涙が出そうな気がして、ぎゅっと目を瞑りながら、甘いフェロモンが強く香ってくるのを、うっとりと味わう。

 ……僕のフェロモンも、ジル様に気に入っていただけているといいなぁ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

公爵様のプロポーズが何で俺?!

雪那 由多
BL
近衛隊隊長のバスクアル・フォン・ベルトランにバラを差し出されて結婚前提のプロポーズされた俺フラン・フライレですが、何で初対面でプロポーズされなくてはいけないのか誰か是非教えてください! 話しを聞かないベルトラン公爵閣下と天涯孤独のフランによる回避不可のプロポーズを生暖かく距離を取って見守る職場の人達を巻き込みながら 「公爵なら公爵らしく妻を娶って子作りに励みなさい!」 「そんな物他所で産ませて連れてくる!  子作りが義務なら俺は愛しい妻を手に入れるんだ!」 「あんたどれだけ自分勝手なんだ!!!」 恋愛初心者で何とも低次元な主張をする公爵様に振りまわされるフランだが付き合えばそれなりに楽しいしそのうち意識もする……のだろうか?

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

馬鹿な彼氏を持った日には

榎本 ぬこ
BL
 αだった元彼の修也は、Ωという社会的地位の低い俺、津島 零を放って浮気した挙句、子供が生まれるので別れて欲しいと言ってきた…のが、数年前。  また再会するなんて思わなかったけど、相手は俺を好きだと言い出して…。 オメガバース設定です。 苦手な方はご注意ください。

実は僕、アルファ王太子の側妃なんです!~王太子とは番なんです!

天災
BL
 王太子とは番になんです!

処理中です...