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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり
8.希うこと
しおりを挟む僕がこの部屋で寝ていた理由はわかった。
あと気になるのは、ジル様の言葉の真意だろう。
——僕が、ジル様のお屋敷の主人同等、だなんて……。
「あの、ジル様」
「なんだ」
「……僕のこと、正式に番として迎えてくださるのですか?」
怯える心を押し隠し、勇気をふり絞って尋ねる。
僕の、これからを左右する質問だ。きちんと見極めなきゃ。
不意に腕が緩み、顔を覗きこまれても、しっかりと見つめ返した。ジル様がなにを考えているのか知るために、少しも見逃したくない。
薄青の瞳が、僅かに不機嫌そうに細められて、心臓が嫌な音を立てた気がした。
「それ以外になにがある?」
「…………へ」
思いがけない返答に、ぽかんと口を開けてしまった。間抜けだと思って、慌てて手で塞いだけど、驚きは消え去らない。
「——な、何番目の……?」
「一番だ。というより、俺に他の番はいないし、これからもフランだけだ」
「っ、え、あの……ふぇっ!?」
動揺のあまり変な声が出た。
ちらりと視線を向けた先で、マイルスさんがにこやかに微笑み頷いてくれたので、実感が湧いてくる。
僕が、ジル様の、唯一の番……。
そんな幸せが許されていいの? だって、王弟殿下なら、たくさんの番がいてもおかしくないんじゃ……。というか、方々から恨まれそう。
パーティーで見かけた多くのオメガから尖った視線を向けられることを想像して、ひぇっと声が漏れそうになった。怖すぎる……。
「そもそも、運命の番以外に番を持てば、不幸にする未来しかない。俺はそんな愚かな男になるつもりはない」
思わず目を見張る。
ジル様の顔が凍えたように硬く冷えているように見えた。
もしかして、なにか番に関して嫌な経験があるのかな。
なんだかとても悲しそうで、寒そうにしている気がして、ジル様を暖めてあげたくなる。
「フラン……?」
「あ……」
いつの間にか、ジル様の背中に手が伸びていた。
名前を呼ばれてようやく、自分が抱きしめるような仕草をしていることに気づいて、固まってしまう。
不敬だとか、はしたないとか言われて、振り払われてしまったらどうしよう。いや、それより前に離れてしまえば。
——なんて思ったところで、背中が仰け反るほどの力で抱きしめられた。ちょっと苦しい。
「フラン。……俺の、ただ一人の番になってほしい」
まるで希うような声音で言われて、トクンと心臓が高鳴る。
僕は、ジル様がそんなに願うほどのたいそうなオメガじゃないのに。それでも僕を望んでくれるのは、きっと運命の番だからなんだろうな。
嬉しいのに、何故か悲しい気もして、自分の心がよくわからない。
でも、ジル様を受け入れたいと思うのも、傍にいたいと思うのも、僕の本心だった。
これさえも、運命の番という関係による強制力なのかもしれないけど。
「……はい、ジル様」
きっとこの先の未来は穏やかなものではない。
王弟殿下と貧乏子爵家の子息が番になるだなんて、身分違いも甚だしいんだから。
たくさんの人に眉を顰められるだろうし、引き離そうとしてくる人もいるかもしれない。
それがわかっていても、僕は身を引こうなんて少しも思えなかった。
だって、ジル様が望んでくれたんだ。せっかく出会えた運命の番なんだ。
この幸運を、逃してはいけない。そんなことをしたら、僕は一生後悔する。
未来でどんなに悲しいことがあったとしても、ジル様に望まれたんだという事実さえあれば、すべて乗り越えられる気がした。
うん、大丈夫。僕は頑張れる。
だから——。
「——どうか、僕を、ジル様の、唯一の番に、してくださいませ……」
震える声でこぼした言葉に、力強い抱擁が返ってきて、口元が綻んだ。
涙が出そうな気がして、ぎゅっと目を瞑りながら、甘いフェロモンが強く香ってくるのを、うっとりと味わう。
……僕のフェロモンも、ジル様に気に入っていただけているといいなぁ。
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