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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり

6.僕はあなたの

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 ジル様がベッドの端に腰掛けた。

「ああ、もちろん。俺がそう呼んでほしいと頼んでいるんだ」

 静かに伸ばされた手を、僕はじぃと見つめる。

 なにをされるかなんてわからない。でも、ジル様のすべてを受け入れたいと思ったんだ。

「——ところで、フランは気づいてないのか?」

 頬に大きな手が触れる。壊れ物を扱うような慎重で優しい仕草だ。

 その手に自分の手を重ねて頬を擦りつけていたことに気づいたのは、ジル様に問いかけられてからだった。

 カチン、と固まる僕の混乱を鎮めるように、ジル様の指先が耳朶をくすぐる。

 ……いや、そのせいで、余計にパニックになってるような。

 と、とりあえず、質問に答えないと。
 僕がなにに気づいてない、って?

「えっと、その、もしかして……」

 気づかなかったふりをしていた甘い香りが、不意に襲いかかってくるような心地がした。目眩がする。

 ……これ、たぶん、アルファのフェロモンだよね?
 パーティーで出会った人から、こんなに強烈に惹かれる香りを感じたことないんだけど。

 これって、つまり——。

「——ジル様は、僕の、運命の番、ですか?」

 躊躇っていた言葉を舌にのせて、ジル様の顔を窺う。

 この答えが外れていたら、とんでもなく恥ずかしい。その上、無礼極まりない。僕とジル様は、天と地ほどに遠い身分なんだから。

「そうだ。わかってくれていて良かった」

 フェロモンが甘い香りを纏わせて、さらに強く放たれた気がした。

 くらり、と視界が揺らぐ。バクバクと心臓が音を立ていて、ジル様の表情を窺うどころじゃない。

「殿下。あまり刺激をお与えになりませんように」
「……ああ、そうだったな」

 ふ、と香りが和らいだのを感じて、目を瞬かせる。ジル様の無表情が見えて、少し冷静になった。

 僕だけが浮かれていたらダメだ。
 運命の番に会えたことは嬉しいけど、立場的に問題があると思うし、いろいろ考えなきゃいけないことがあるはず。
 きちんとお話しなくちゃ。

「ジル様……あの、僕は、どうしたら、いいのでしょうか……?」

 なにを置いてもジル様の意思を確認しないといけない。

 僕と番契約するつもりはあるのか、とか。してくれるなら、何番目の番なのか、とか。どういう付き合い方をしていくべきか、とか。

 せめて、ジル様のお屋敷の隅にでも、部屋をいただけたらありがたいんだけど。

 発情期ヒートは一緒に過ごしてくれるつもりがあるのかな。ダメなら、そもそも番になるのをお断り——いや、そもそもジル様から断られるかも。

 ちょっと思考がネガティブな方向に行きそうになるのを、手の甲を抓って食い止めた。

 いけない、いけない。
 笑顔を忘れずに、だよ。大丈夫、きっとジル様はひどいこと言わないし、僕はどんな状況でも頑張れる。

「そうだな……——フランは、暖かい地域は得意か?」
「へっ? あたたかい……のは、得意かどうか、わかりません。僕は生まれも育ちも、寒冷な北部地域にあるボワージア領ですので。王都は過ごしやすいと思いますけど……」

 質問の意図が読めなくて、ジル様の顔を窺ってしまう。
 ジル様は無表情のまま、なにかを考えている様子だった。

「俺が暮らすセレネー領は温暖な地域なんだ」
「そうなんですね……?」

 セレネー領と言えば、王家のワイン蔵と呼ばれるくらいワインの産地として有名な場所だ。エストレア国の南部に位置し、国内で一二を争うほど豊かな領地でもある。

「暮らしてみてから、慣れられるかどうか考えた方がいいだろうな」
「僕、お屋敷に置いてもらえるということで、いいんですか?」

 ようやく察した。
 思わずにこにこと微笑んでしまう。

 良かった。拒絶されることはなさそう。あとは、どんな関係になれるかが重要だよね。

「なにを言うんだ」

 ジル様が少し眉を寄せていた。
 それを見て、不安が押し寄せてくる。笑みが固まってしまった。気分が乱高下だ。

 もしかして、僕、調子に乗ったことを言ってしまったかも……?

「——俺の運命の番なんだから、屋敷の主人同等だろう。置いてもらえるなんて、フランを下げた言い方をするな」

 思考が止まった。
 僕が、ジル様のお屋敷の、主人同等……?

「そんな、恐れ多い……!」

 これまでとは違う意味で目眩がして、血の気が引いてしまった。

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