内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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275.サミュエルの反省

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 翌朝。
 予定していた出立時間を過ぎて、ノアたちは領都に向かった。

 スケジュールがずれてしまった理由は、説明する必要もないほど明白だ。
 サミュエルが周囲へいつも以上に笑顔を振りまき、隣に寄り添うノアが疲労困憊した雰囲気なのを見れば、誰もが察する。新婚であることは皆が知っていることだ。

 ザクには生温かい目で見られ、ロウにはため息をつかれた。
 スケジュール変更に巻き込まれた騎士たちは「想定内の出来事です」と、淡々と対応してくれたのだけれど、ノアはそれを喜ぶべきか、恥ずかしがるべきか、非常に悩ましい。

「ノア、領都が見えてきたよ」
「……そうですね」

 車窓から見えてきた景色に喜び話しかけてくるサミュエルに、少し冷たい態度をとってしまうのは、そのような一連の出来事があったからだった。

 機嫌を悪くしていても、サミュエルを無視することはできない。かといって、全てを笑って許してしまっていては、今後同じようなことが起きてしまう可能性がある。
 ノアたちの予定には、多くの人間が関わっているのだ。それを無闇に乱すのはよくない。

 できたらアシェルたちを見送るために早起きしたいな、という願いが叶えられなかったことへの、少しばかりの不満を含んだ態度でもあるのは、サミュエルには秘密だ。悟られている気もするけれど。

「ノア、まだ怒っているのかい?」

 サミュエルがしょんぼりとした雰囲気で眉尻を下げて、顔を覗き込んでくる。その様子にノアはすぐに絆されてしまいそうになったけれど、グッと堪えた。

「サミュエル様は、僕が怒っている理由を理解していらっしゃいますか?」

 ことさら丁寧な口調で尋ねる。すると、サミュエルはさらに悲しげな表情を浮かべた。

「うん、分かっているよ。すまないね。今後気をつける」
「もう何度も同じようなことを注意している気がしますが」
「……そうだったかな?」

 とぼけるサミュエルをジトッと睨む。
 サミュエルがノアを可愛がるあまりに、他者を顧みない行動をとることが多すぎる。それを注意する度に、サミュエルは「気をつける」と反省を口にするのに、一向に改善されない。

「……本当に、怒りますよ?」
「悪かった。本気で反省しているよ。これからは、周りを振り回さないようにする。だから、そんなに冷たい目をしないでほしい……」

 ようやくノアの思いがサミュエルに届いたのか、サミュエルが真摯な眼差しで約束してくれた。ついでに、本気で悲しそうに顔を歪ませ、哀願してくる。

「……仕方ないですね。許すのは、今回だけですよ?」
「分かったよ。……愛してる、ノア」

 ノアは小さくため息をついてから、サミュエルに微笑みかけた。
 途端に、パッと表情を華やかにするサミュエルを見て、『しかたないなぁ』と甘やかしてしまうのだから、愛情の大きさという点では、ノアもサミュエルとさほど変わらない。

「僕も愛してます」
「ふふ。それなら、そろそろ丁寧な口調は卒業しても良いんじゃないかな? たっぷり訓練したよね」
「あ、れは……! 夜、だけですっ!」

 許した途端、甘い声音でねだってくるサミュエルから、ノアはプイッと視線を逸らす。頬が燃えるように熱かった。

 昨夜、宣言通りに愛称呼びと口調の変更を特訓させられて、散々な目にあった。そのせいでむしろ、言葉遣いを変えるのにさらに羞恥心を抱いてしまっている。こんな真っ昼間に言えるわけがない。

「……夜だけ、ね。それはそれで、特別感があってもいいかもしれないね」

 熱い頬に、チュッと口づけられる。肩を抱き寄せてくる腕に逆らわずもたれながら、ノアは顔を両手で覆った。

 今さら、自分の発言がいささか恥ずかしいものだったのではないかと思っても、もう遅い。ご機嫌なサミュエルに対して文句を言う気力がない。

「あ、そろそろ領都に入るよ」
「……サミュエル様、少し離れましょう」
「どうして?」
「見られてしまいます」

 領都に入れば、おそらく多くの民がノアたちの馬車に目を留めるはずだ。ランドロフ侯爵家の紋章を掲げている馬車に誰が乗っているか、気づかないわけがない。

 旅用の馬車は披露目用の馬車とは違って、中に乗っている者を見にくいとはいえ、抱きしめられている姿に気づく人もいるはずだ。
 新婚だからと許容されるかもしれないけれど、やはり人目につくのは恥ずかしい。

 そんな思いを込めて離れるよう促しても、サミュエルは少し不満そうに眉を寄せた。

「お披露目の先取りのようなものだろう。見たい人には見せたら良いと思うけど」
「僕が嫌なんです」

 ノアはサミュエルとジッと見つめ合う。

「……仕方ないね」

 暫くして根負けしたのはサミュエルだ。ノアの肩から手を離し、適度に距離を取る。

 サミュエルはノアが本気で嫌がるようなことをできない性分なのだから、これは当然の対応だった。
 ザクが『さすがノア様!』と称賛するくらい、サミュエルの意思を曲げられるのはノアしかいないのだけれど。

「……賑やかな声が近づいてきましたね」

 ノアはサミュエルの優しさに微笑んでから、車窓の外へと視線を転じる。
 領都から聞こえてくる明るい喧騒が、懐かしくて愛おしかった。

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