内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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273.親友

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 まだまだアシェルたちと話したいことはあったけれど、時間が遅くなってしまったので、ここでタイムアップのようだ。
 アシェルたちはノアたちと同じ宿で一泊し、早朝には大公領へと出立するらしい。領主としての仕事が待っているから、長居はできないのだ。

「――では、おやすみなさい、ノア様。明日は僕たち早いので、出立前の挨拶はご遠慮させてもらいますね」

 宿に戻ってきて、それぞれの部屋に分かれる前に、アシェルが挨拶をして頭を下げる。
 ノアは急激に寂しさを感じて、アシェルの手を握った。

「アシェルさん、お元気で。何か困ったことがあったら、いつでもご相談くださいね」
「ありがとうございます。ノア様も……サミュエル様のすることに困ったら、言ってくださいね。飛んできて蹴飛ばしてやりますから!」
「ふふっ……その時はお願いします」

 握りこぶしを作って力強く宣言するアシェルに、ノアは思わず笑みをこぼす。変わらない態度が嬉しくてたまらなかった。アシェルはいつだってノアの味方でいてくれるのだと、心から信じられる。

「……言われているぞ」
「そうですね。ただで蹴飛ばされてやるつもりはないですけど」
「そもそも、蹴飛ばされるようなことをしなければいいんじゃないか?」
「ライアン様は心からの愛をご存じないから、そのようなことをおっしゃることができるのですよ」
「……愛があれば何もかもが許されるわけではないし、俺を憐れむような目をするな! 無性に腹が立つ」

 サミュエルとライアンも、以前よりフランクなやり取りをしている。ライアンがサミュエルに対抗心があるのは変わらないようだけれど、いい感じに友人と称せる雰囲気なのではないだろうか。

 ノアが二人を横目で窺っていると、アシェルがライアンを見つめて、嬉しそうに口元を綻ばせていることに気づいた。アシェルも、二人の関係を心配していたのだろう。

「……いつか、ライアン様の領に、お二人で遊びに来ていただきたいです」

 ノアの視線に気づいたアシェルが、少し照れくさそうに呟いた。

「――憎まれ口は叩いていますけど、ライアン様にとってサミュエル様は本当に大きな存在です。お二人が領にいらっしゃって、ライアン様の頑張りを認めてくださったら……そこでようやく、ライアン様は騒動に対する責任を取れたと、納得できると思うのです」

 それはライアンをずっと傍で見つめ続けたからこそ出てきた言葉だ。
 ノアはじっとアシェルを視線を注ぐ。口先だけの言葉を返すべきではないと思った。

「……僕も、サミュエル様も、ライアン様に責任を取ってほしいだなんて、今は思っていません。ですが、僕たちが領を訪ねることが、友人たちの心を軽くする一助となるのでしたら、喜んで招待を受けますよ」

 アシェルが目を潤ませる。
 騒動に対して責任を感じているのは、おそらくライアンだけではない。アシェルもまた、ずっと心に重しを抱えているのだ。

 アシェルはノアの友人だ。心から大好きだと思っている。友人がいつまでも苦しむことを、ノアは許容するつもりはない。できることがあるならする。それだけだ。

「……ありがとうございます!」

 目を潤ませたまま、ニコッと笑顔を作ったアシェルが抱きついてくる。ノアは抱き返しながら、背を軽く叩いた。

「私のノアに何をしているんだい?」
「僕のノア様でもあるんですぅ! 親友ですから!」

 サミュエルの軽い悋気を軽やかに笑い飛ばし、アシェルはノアから離れる。ノアは親友と呼ばれたことが嬉しくて、緩んだ頬を引き締めることができなかった。

「ライアン様。あなたの侍従、礼儀がなっていませんよ」
「悪いな。だが、それがアシェルの良いところなんだ」
「趣味が悪いですね」
「お前は趣味は最高に良いが、性格は最低だよな」
「ノア以外からの評価はどうでもいいです」
「……そういうところが、最低なんだ」

 軽妙に言い合いをする二人を見てから、ノアとアシェルは思わず揃って吹き出すように笑ってしまう。かつては嫌い合っていた二人が、今では友人同士にしか見えなくて、それが妙に面白い。

 暫く笑い合ってから、ふとアシェルが表情を変えた。真剣な眼差しでサミュエルを見つめ、流れるような仕草で頭を下げる。

「言い忘れていたことがありました。カールトン国に関する情報、並びに安全確保のお手配、誠にありがとうございます」

 ノアはハッと息を呑む。言われて思い出したけれど、ライアンはカールトン国の新王の一派から、命を狙われる可能性がある状態なのだ。

「ああ、それに関しては、ハミルトンがほとんど手を打ったはずだから、私に礼は必要ないよ」
「いや、それでも、サミュエルによって俺たちが助かったのは事実だ。礼を言う」

 アシェルに続いて、ライアンが小さく頭を下げる。
 ノアはライアンの言葉に不穏な雰囲気があることに気づいて目を細めた。サミュエルの顔に驚きはないから、おそらく承知しているのだろう。それを知らされていなかったということが、少し不満だ。

「誘いが来たらしいですね」
「ああ。新王に反発する一派からだが。面会すら拒絶したから、さほど新王の一派の神経は逆なでしていないはずだが……何度か、暗殺者が送り込まれている。捕らえて送り返しているが、いつまで続くものか……」

 ライアンが疲れたようにため息をつく。ノアは思っていた以上に大変な状況になっていることを知り、固まってしまった。
 
「大丈夫ですよ、ノア様。僕たちはこんなことで負けませんから」

 ノアが胸元で無意識の内に握っていたこぶしを、アシェルが両手で包み込む。その温もりと力強い眼差しで、ノアの心がホッと緩んだ。

「アシェルさん……応援していますから、何かあったら、絶対連絡してくださいね」
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、僕たちにとっては百人力です!」

 ニコッと笑うアシェルに、ノアも微笑みを返す。
 アシェルたちを心配する気持ちは消えないけれど、二人ならきっと大丈夫と思えるような力強い笑みだった。

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