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271.贈り物の意味
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一時アシェルが荒ぶって中断された食事も、ようやくデザートまで辿り着いた。予定より長居してしまったけれど、楽しかったのだから仕方ない。
ノアの新婚生活を聞きたがっていたアシェルは、自分が憐れまれるようになってからは一切その話はせず、大公領での生活を面白おかしく話してくれるようになった。その話の中には、ハミルトンの名も出てきて、ハミルトンとライアンが良好な関係を築けているのが分かって、少しホッとする。
「あ! 言うのを忘れていましたが、お祝いの贈り物を持ってきたんです」
「贈り物、ですか?」
「言うのが遅すぎやしないかい?」
「アシェルだからな」
「そこの二人、お黙り!」
アシェルはサミュエルとライアンに対して、どんどん遠慮のない言い方をするようになっていた。
ライアンは慣れているようだから、領では普段からそんな感じなのかもしれない。サミュエルも公式な場ではないからか、一切咎めることはなかった。
ロウとザクが少し眉を顰めていたけれど、アシェルは気にした様子を見せない。ノアもさほど咎める必要性を感じなかったので、微笑ましく見守った。
「これですよ~。うちの領の特産のホワイトリリーの香油です! 貴族の方々にも人気なんだと聞きました!」
「あぁ、聞いたことがありますよ。肌のお手入れにいいらしいですね?」
「そうです! なぜだかは知りませんが、新婚家庭へのお祝いの定番だそうで……ノア様には、一番良い品質のものを持ってきましたから、ぜひ使ってください!」
「ありがとうございます。喜んで使わせてもらいます」
差し出された箱には、手のひらサイズの美しい瓶が十個ほど詰められていた。多すぎる数に少し驚くも、ノアは微笑んで受け取る。
アシェルがノアの結婚を喜んで、精一杯の祝いの気持ちを籠めてくれたのだと思うと嬉しい。
「ホワイトリリーの香油、ね……」
「まぁ……そうだな……新婚へのお祝いとして、すごく重宝されているのは間違いない……」
ほのぼのと会話して香油を眺めているノアとアシェルの横で、サミュエルとライアンが意味深な呟きをこぼす。二人はチラリと視線を合わせ、すぐに逸らしたようだ。
「……ありがたく、受け取っておきますよ。珍しく、アシェル殿が私たちの関係を深めるよう、推してくれているようですし、ね」
「いや、本当に、アシェルにはそういう意図はないんだ……。変なところで、初心なやつだから……」
もごもごと小声で交される会話を上手く聞き取れなくて、ノアは二人に視線を向ける。途端にライアンが視線を逸らし、サミュエルは輝くような笑顔を返した。
「香油が、何かあるのですか?」
「いや。良い品質のものをもらえて良かったね。ぜひ、今夜にでも楽しもう」
「はい、それはいいんですけど……楽しむ?」
サミュエルの言葉に違和を感じて、ノアは首を傾げる。でも、サミュエルに笑顔で「なんでもないよ」と返されてしまえば、追及する気はなくなってしまった。
「なんだか、すまない……ノア殿、どうか無事でいてくれ……」
「ライアン様、なんだか様子がおかしいですよ?」
アシェルが不思議そうにライアンに尋ねるも、明確な答えはなかった。
サミュエルもライアンもどうしてしまったのか。ノアはアシェルと顔を見合わせて首を傾げる。
「あ、贈り物と言えば、サージュ様にもらったものの話を、アシェルさんにしてもいいですか?」
「いいんじゃないかい。アシェル殿は大して役に立つとは思えないけど」
「もう、そんな意地悪な言い方はやめてくださいよ」
アシェルに対しては相変わらず遠慮のない物言いをするサミュエルに苦笑し、ノアは手首にはめていたブレスレットを外した。
「これが、何か? ノア様とサミュエル様の瞳のように、綺麗なブレスレットですけど」
「サージュ様とおっしゃる、サミュエル様の師にあたる方にいただいた贈り物なんです。どうやら『縁繋ぎの腕輪』という、捻れた運命による反動を防ぐために必要なものらしいのですが」
ブレスレットを見たアシェルは、眉間に皺を寄せて考え込んだ。
その隣から覗き込んできたライアンは「不思議な名前だな。サージュといえば、あの偏屈研究者、か」と呟く。少なくともライアンには思い当たるものはないようだ。
「……もしかしたら、輪廻の魔術師?」
「え? なんですか、それは……?」
不意にアシェルから飛び出した聞き馴染みのない言葉に、ノアは困惑してしまう。期待していない様子だったサミュエルの表情が、僅かに引き締まった。
「輪廻の魔術師……あ、お助けキャラって噂だったやつか?」
「ライアン様も知っていましたか。――僕らが知っているBLゲームでは、恋愛を良い方向に進めるためのアイテムがありまして、そのアイテムをもたらす人物が、輪廻の魔術師と呼ばれていたんです」
予想外の言葉にノアは目を丸くする。サミュエルが興味深そうに「へぇ」と呟いたのを聞きながら、僅かに身を乗り出した。
「その方はどのような姿なのですか?」
「いや……どうも、それは覚えていなくて……。というか、そんな存在がいたこと自体、そのブレスレットを見るまで忘れていたんですけど」
申し訳なさそうなアシェルの答えに、ノアは少し意気消沈した。でも、情報が得られただけありがたいことだと気持ちを改める。
「『縁繋ぎの腕輪』という名前の意味も分からないですか?」
「えぇっと……それは、確か……」
視線を彷徨わせながら考えていたアシェルの目が見開かれる。ハッと息を呑んだ後、ブレスレットを凝視する姿にアシェルの驚きが表れていた。
「――それは……主人公以外の恋愛を応援するアイテム! え、あ、そういうこと? ノア様は本来攻略対象者で、サミュエル様は悪役令息で……この二人が結婚するってことは、主人公以外の恋愛が結ばれたってことで……本来のシナリオからかけ離れた状況を、このアイテムが解決する……?」
ノアはようやくサージュが言っていたことを理解できた気がして、目を見張った。
ノアの新婚生活を聞きたがっていたアシェルは、自分が憐れまれるようになってからは一切その話はせず、大公領での生活を面白おかしく話してくれるようになった。その話の中には、ハミルトンの名も出てきて、ハミルトンとライアンが良好な関係を築けているのが分かって、少しホッとする。
「あ! 言うのを忘れていましたが、お祝いの贈り物を持ってきたんです」
「贈り物、ですか?」
「言うのが遅すぎやしないかい?」
「アシェルだからな」
「そこの二人、お黙り!」
アシェルはサミュエルとライアンに対して、どんどん遠慮のない言い方をするようになっていた。
ライアンは慣れているようだから、領では普段からそんな感じなのかもしれない。サミュエルも公式な場ではないからか、一切咎めることはなかった。
ロウとザクが少し眉を顰めていたけれど、アシェルは気にした様子を見せない。ノアもさほど咎める必要性を感じなかったので、微笑ましく見守った。
「これですよ~。うちの領の特産のホワイトリリーの香油です! 貴族の方々にも人気なんだと聞きました!」
「あぁ、聞いたことがありますよ。肌のお手入れにいいらしいですね?」
「そうです! なぜだかは知りませんが、新婚家庭へのお祝いの定番だそうで……ノア様には、一番良い品質のものを持ってきましたから、ぜひ使ってください!」
「ありがとうございます。喜んで使わせてもらいます」
差し出された箱には、手のひらサイズの美しい瓶が十個ほど詰められていた。多すぎる数に少し驚くも、ノアは微笑んで受け取る。
アシェルがノアの結婚を喜んで、精一杯の祝いの気持ちを籠めてくれたのだと思うと嬉しい。
「ホワイトリリーの香油、ね……」
「まぁ……そうだな……新婚へのお祝いとして、すごく重宝されているのは間違いない……」
ほのぼのと会話して香油を眺めているノアとアシェルの横で、サミュエルとライアンが意味深な呟きをこぼす。二人はチラリと視線を合わせ、すぐに逸らしたようだ。
「……ありがたく、受け取っておきますよ。珍しく、アシェル殿が私たちの関係を深めるよう、推してくれているようですし、ね」
「いや、本当に、アシェルにはそういう意図はないんだ……。変なところで、初心なやつだから……」
もごもごと小声で交される会話を上手く聞き取れなくて、ノアは二人に視線を向ける。途端にライアンが視線を逸らし、サミュエルは輝くような笑顔を返した。
「香油が、何かあるのですか?」
「いや。良い品質のものをもらえて良かったね。ぜひ、今夜にでも楽しもう」
「はい、それはいいんですけど……楽しむ?」
サミュエルの言葉に違和を感じて、ノアは首を傾げる。でも、サミュエルに笑顔で「なんでもないよ」と返されてしまえば、追及する気はなくなってしまった。
「なんだか、すまない……ノア殿、どうか無事でいてくれ……」
「ライアン様、なんだか様子がおかしいですよ?」
アシェルが不思議そうにライアンに尋ねるも、明確な答えはなかった。
サミュエルもライアンもどうしてしまったのか。ノアはアシェルと顔を見合わせて首を傾げる。
「あ、贈り物と言えば、サージュ様にもらったものの話を、アシェルさんにしてもいいですか?」
「いいんじゃないかい。アシェル殿は大して役に立つとは思えないけど」
「もう、そんな意地悪な言い方はやめてくださいよ」
アシェルに対しては相変わらず遠慮のない物言いをするサミュエルに苦笑し、ノアは手首にはめていたブレスレットを外した。
「これが、何か? ノア様とサミュエル様の瞳のように、綺麗なブレスレットですけど」
「サージュ様とおっしゃる、サミュエル様の師にあたる方にいただいた贈り物なんです。どうやら『縁繋ぎの腕輪』という、捻れた運命による反動を防ぐために必要なものらしいのですが」
ブレスレットを見たアシェルは、眉間に皺を寄せて考え込んだ。
その隣から覗き込んできたライアンは「不思議な名前だな。サージュといえば、あの偏屈研究者、か」と呟く。少なくともライアンには思い当たるものはないようだ。
「……もしかしたら、輪廻の魔術師?」
「え? なんですか、それは……?」
不意にアシェルから飛び出した聞き馴染みのない言葉に、ノアは困惑してしまう。期待していない様子だったサミュエルの表情が、僅かに引き締まった。
「輪廻の魔術師……あ、お助けキャラって噂だったやつか?」
「ライアン様も知っていましたか。――僕らが知っているBLゲームでは、恋愛を良い方向に進めるためのアイテムがありまして、そのアイテムをもたらす人物が、輪廻の魔術師と呼ばれていたんです」
予想外の言葉にノアは目を丸くする。サミュエルが興味深そうに「へぇ」と呟いたのを聞きながら、僅かに身を乗り出した。
「その方はどのような姿なのですか?」
「いや……どうも、それは覚えていなくて……。というか、そんな存在がいたこと自体、そのブレスレットを見るまで忘れていたんですけど」
申し訳なさそうなアシェルの答えに、ノアは少し意気消沈した。でも、情報が得られただけありがたいことだと気持ちを改める。
「『縁繋ぎの腕輪』という名前の意味も分からないですか?」
「えぇっと……それは、確か……」
視線を彷徨わせながら考えていたアシェルの目が見開かれる。ハッと息を呑んだ後、ブレスレットを凝視する姿にアシェルの驚きが表れていた。
「――それは……主人公以外の恋愛を応援するアイテム! え、あ、そういうこと? ノア様は本来攻略対象者で、サミュエル様は悪役令息で……この二人が結婚するってことは、主人公以外の恋愛が結ばれたってことで……本来のシナリオからかけ離れた状況を、このアイテムが解決する……?」
ノアはようやくサージュが言っていたことを理解できた気がして、目を見張った。
75
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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