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270.本当の初心
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ノアはサミュエルとライアンの微妙な雰囲気を横目に見て、苦笑してしまった。そして、場を取り持つように、アシェルに話しかける。
「――アシェルさんの最近のお話を聞かせてくれませんか?」
「え!? ノア様の新婚生活のお話の方が先でしょう! サミュエル様にひどいことされていませんか?」
「それは、どういう意味かい?」
「サミュエル様が一番良くお分かりでは?」
ノアが話の水を向けたのに、置いてきぼりにされて、サミュエルとアシェルの会話が続いた。大体はアシェルがノアを守るようにサミュエルを牽制し、サミュエルがそれを受け流したり拒んだりするだけだ。
その雰囲気が懐かしくて微笑ましい。それに、新婚生活については、まださほど話せることがないし、夜の営みに関してはそもそも話すつもりもないので、ノアは口を噤んで二人の会話に耳を傾けた。
「――前々から分かっていましたが、サミュエル様はノア様に甘えすぎです! 絶対、ノア様が断れないと分かっていて、押して、押して、押しまくって、欲望を発散させているでしょう?」
「え……」
「失礼だね。私のは欲望というより、愛情表現の一種だよ。それを君に咎められる理由はないね」
ノアは思わず顔を真っ赤にする。アシェルが言っていることに心当たりがあって、完全に読まれていることが恥ずかしい。
そんな想像をアシェルにされていると考えるだけで、顔を覆って突っ伏してしまいたくなる。
サミュエルが堂々とした態度で言い返しているけれど、それはアシェルの言葉を半ば肯定しているものでしかない。ノアはサミュエルを少し恨めしげに睨んでしまった。
「あー、もう! 結婚したら開き直って、ガンガン攻めまくるって、前から分かってましたー。こんな華奢でお美しいノア様を手籠めにするなんて、サミュエル様は鬼ですか! サディストですか!」
「わっ!?」
アシェルに抱きつかれて、ノアは体勢を崩す。その状態でアシェルが子を守る母猫のようにサミュエルを責め立てるのを、呆然と聞いていた。
アシェルの勢いが凄すぎて、話の半分も理解できなかったけれど、ノアがアシェルにとって大切な存在であることが伝わってきて、少し嬉しい。
「手籠めって……結婚した後の夜の営みを、そのように言われるのは心外だな」
「でも、サミュエル様ご自身もそう思われませんでしたか?」
「……いや」
「絶対、思ったんじゃん!」
言葉を濁し視線を逸らしたサミュエルを、アシェルがビシッと指差す。完全にアシェルの形勢有利な雰囲気だ。
ノアはようやくアシェルが何を言っているか理解して、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。そんなこと、友人に想像してもらいたくない。
「……アシェル、言い過ぎだ。ノア殿が可哀相なことになっている」
「えっ……あ、すみません、ノア様」
ライアンの指摘を受けて、アシェルが声のトーンを落とす。その消沈した雰囲気を感じて、ノアはアシェルから離れつつ、なんとか表情を繕った。
真っ赤になっている顔は隠せないだろう。でも、この場にそれを指摘するような無神経な相手はいないので、気にしないことにする。
「……いえ、いいんですよ。でも、あまりサミュエル様との……ひ……ごとは、話したく、ない、です……」
「え、なんとおっしゃられました?」
秘め事という言葉が、なぜだか淫猥に思えて言葉を濁してしまう。アシェルに聞き返されても答えられない。
そっと視線を逸らしてどうしようか迷っていると、ライアンのため息が聞こえてきた。
「アシェル。興味があるのは仕方ないが、あまり他人の性生活に首を突っ込むな」
「出歯亀してるみたいな言い方はやめてくれます!? さすがに、寝室に突撃しようなんて思ってませんよ!?」
「思っていたなら、即、解雇するぞ」
「やめてくださいぃ。僕、ライアン様のお傍から離れるつもりありません……!」
「分かった。だったら、友人とはいえ、節度は保て」
「はい……」
ライアンがアシェルを叱っているのを聞きながら、ノアは顔を手で覆った。
アシェルの話で十分羞恥心を煽られていたのに、ライアンによってとどめを刺された気分だ。
(性生活って……そんな、あからさまな……破廉恥……)
脳内をグルグルと文句が駆け巡るも、それを口に出すことはできない。相手はノアより上位な立場だし、なによりノア自身がそのように責める言葉を放てるような性格ではないのだから。
「私も見られてする趣味はないし、アシェル殿が最低限の節度を持っていてくれて嬉しいよ」
「サミュエル様!」
ノアは思わずサミュエルの腕をつねる。アシェルに嫌味を言うにしても、その言い方があまりに下品である。品位を下げるような言葉を放つサミュエルは見たくない。
少し睨むと、サミュエルが反省した様子で口を開いた。
「……すまない、言い過ぎたようだ」
「分かってくださったのでしたら良いです」
サミュエルはノアの頬をそっと撫で、機嫌をとろうとする。その程度のことで絆されてしまう自分に、ノアは少し呆れてしまいながらも、頷いて言葉を返した。
「ふぁっ……見られて、する……? ノア様が……あんなこと、こんなことを、されているところを……?」
顔を赤くして呆然と呟くアシェルを、ライアンが呆れつつ、からかうように見つめる。
「アシェル、さすがに俺はフォローできないぞ。聞かなかったふりをしろ。というか、あんだけ突っ込んだことを言っておいて、初心なのか、お前……。想像力だけたくましいようだが、耳年増か? いや、前世のことを考えると、むしろ初心な方が可哀想……?」
「シャーラップ!! 前世から通して童貞処女で悪いかこんにゃろー!」
「ハハッ、守りが固すぎたんだな」
なんだか二人が楽しそうで良かったと現実逃避して考えながら、ノアはアシェルから目を逸らした。
敬語も礼儀も忘れ去り、顔を真っ赤にしてライアンの肩を掴んで揺さぶっているアシェルの姿が、哀れに思えたのだ。サミュエルばかりか、ロウやザクまで憐れんだ目を向けているので、なおさら可哀想である。
「――アシェルさんの最近のお話を聞かせてくれませんか?」
「え!? ノア様の新婚生活のお話の方が先でしょう! サミュエル様にひどいことされていませんか?」
「それは、どういう意味かい?」
「サミュエル様が一番良くお分かりでは?」
ノアが話の水を向けたのに、置いてきぼりにされて、サミュエルとアシェルの会話が続いた。大体はアシェルがノアを守るようにサミュエルを牽制し、サミュエルがそれを受け流したり拒んだりするだけだ。
その雰囲気が懐かしくて微笑ましい。それに、新婚生活については、まださほど話せることがないし、夜の営みに関してはそもそも話すつもりもないので、ノアは口を噤んで二人の会話に耳を傾けた。
「――前々から分かっていましたが、サミュエル様はノア様に甘えすぎです! 絶対、ノア様が断れないと分かっていて、押して、押して、押しまくって、欲望を発散させているでしょう?」
「え……」
「失礼だね。私のは欲望というより、愛情表現の一種だよ。それを君に咎められる理由はないね」
ノアは思わず顔を真っ赤にする。アシェルが言っていることに心当たりがあって、完全に読まれていることが恥ずかしい。
そんな想像をアシェルにされていると考えるだけで、顔を覆って突っ伏してしまいたくなる。
サミュエルが堂々とした態度で言い返しているけれど、それはアシェルの言葉を半ば肯定しているものでしかない。ノアはサミュエルを少し恨めしげに睨んでしまった。
「あー、もう! 結婚したら開き直って、ガンガン攻めまくるって、前から分かってましたー。こんな華奢でお美しいノア様を手籠めにするなんて、サミュエル様は鬼ですか! サディストですか!」
「わっ!?」
アシェルに抱きつかれて、ノアは体勢を崩す。その状態でアシェルが子を守る母猫のようにサミュエルを責め立てるのを、呆然と聞いていた。
アシェルの勢いが凄すぎて、話の半分も理解できなかったけれど、ノアがアシェルにとって大切な存在であることが伝わってきて、少し嬉しい。
「手籠めって……結婚した後の夜の営みを、そのように言われるのは心外だな」
「でも、サミュエル様ご自身もそう思われませんでしたか?」
「……いや」
「絶対、思ったんじゃん!」
言葉を濁し視線を逸らしたサミュエルを、アシェルがビシッと指差す。完全にアシェルの形勢有利な雰囲気だ。
ノアはようやくアシェルが何を言っているか理解して、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。そんなこと、友人に想像してもらいたくない。
「……アシェル、言い過ぎだ。ノア殿が可哀相なことになっている」
「えっ……あ、すみません、ノア様」
ライアンの指摘を受けて、アシェルが声のトーンを落とす。その消沈した雰囲気を感じて、ノアはアシェルから離れつつ、なんとか表情を繕った。
真っ赤になっている顔は隠せないだろう。でも、この場にそれを指摘するような無神経な相手はいないので、気にしないことにする。
「……いえ、いいんですよ。でも、あまりサミュエル様との……ひ……ごとは、話したく、ない、です……」
「え、なんとおっしゃられました?」
秘め事という言葉が、なぜだか淫猥に思えて言葉を濁してしまう。アシェルに聞き返されても答えられない。
そっと視線を逸らしてどうしようか迷っていると、ライアンのため息が聞こえてきた。
「アシェル。興味があるのは仕方ないが、あまり他人の性生活に首を突っ込むな」
「出歯亀してるみたいな言い方はやめてくれます!? さすがに、寝室に突撃しようなんて思ってませんよ!?」
「思っていたなら、即、解雇するぞ」
「やめてくださいぃ。僕、ライアン様のお傍から離れるつもりありません……!」
「分かった。だったら、友人とはいえ、節度は保て」
「はい……」
ライアンがアシェルを叱っているのを聞きながら、ノアは顔を手で覆った。
アシェルの話で十分羞恥心を煽られていたのに、ライアンによってとどめを刺された気分だ。
(性生活って……そんな、あからさまな……破廉恥……)
脳内をグルグルと文句が駆け巡るも、それを口に出すことはできない。相手はノアより上位な立場だし、なによりノア自身がそのように責める言葉を放てるような性格ではないのだから。
「私も見られてする趣味はないし、アシェル殿が最低限の節度を持っていてくれて嬉しいよ」
「サミュエル様!」
ノアは思わずサミュエルの腕をつねる。アシェルに嫌味を言うにしても、その言い方があまりに下品である。品位を下げるような言葉を放つサミュエルは見たくない。
少し睨むと、サミュエルが反省した様子で口を開いた。
「……すまない、言い過ぎたようだ」
「分かってくださったのでしたら良いです」
サミュエルはノアの頬をそっと撫で、機嫌をとろうとする。その程度のことで絆されてしまう自分に、ノアは少し呆れてしまいながらも、頷いて言葉を返した。
「ふぁっ……見られて、する……? ノア様が……あんなこと、こんなことを、されているところを……?」
顔を赤くして呆然と呟くアシェルを、ライアンが呆れつつ、からかうように見つめる。
「アシェル、さすがに俺はフォローできないぞ。聞かなかったふりをしろ。というか、あんだけ突っ込んだことを言っておいて、初心なのか、お前……。想像力だけたくましいようだが、耳年増か? いや、前世のことを考えると、むしろ初心な方が可哀想……?」
「シャーラップ!! 前世から通して童貞処女で悪いかこんにゃろー!」
「ハハッ、守りが固すぎたんだな」
なんだか二人が楽しそうで良かったと現実逃避して考えながら、ノアはアシェルから目を逸らした。
敬語も礼儀も忘れ去り、顔を真っ赤にしてライアンの肩を掴んで揺さぶっているアシェルの姿が、哀れに思えたのだ。サミュエルばかりか、ロウやザクまで憐れんだ目を向けているので、なおさら可哀想である。
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