内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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269.変わったものと変わらないもの

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 アシェルたちはノアの予想以上に早く訪れた。ノアたちが騎士に指示を出す前から、向かってきていたようだ。使用人たちの臨機応変な対応の素晴らしさが垣間見える。

「ノア様! お久しぶりです!」
「騒々しい」

 扉が開けられた瞬間、飛びつくような勢いでアシェルが駆け寄ってきた。それを妨げるように、ロウがアシェルの襟首を掴んで叱りつける。

「……お元気そうで嬉しいです」

 ノアは苦笑しながら立ち上がり、しょんぼりと肩を落とすアシェルに歩み寄った。アシェルが相変わらず天真爛漫で、久しぶりの再会なのに、あまりそんな気がしない。

「ノア様、大変麗しく……とても、色っぽく、なられました、ね……?」

 ロウから解放されたアシェルが、ノアと握手しようとするように上げかけた手をピタリと止めた。

 じぃっと見つめられたノアは、頬が熱くなるのを感じて、一歩後ずさりする。
 色っぽいという評価には納得できないけれど、そう言われる理由はなんとなく分かる。きっとサミュエルと結婚したからだ。正確に言うと、夜の営み。

 ちょうどサミュエルが近くにいたので、ノアはその後ろに少し隠れてみる。新婚生活の中でも、夜の営みに関しては、あまり友人と話したくない。

「……アシェル。あまり品のない話はしない方がいい」
「ライアン様! ……失礼しました。気をつけます」

 アシェルの後ろをついてきたライアンを、ノアはまじまじと見つめた。サミュエルが「へぇ?」と面白そうに呟くのが聞こえる。
 ライアンの装いが珍しいものだったのだから、そのような反応をするのも仕方ないだろう。

 濃いブルーの騎士服に白いマント。剣は外の騎士らに預けたのか、腰元のベルトには何も下がっていない。でも、見るからに騎士らしい姿に見えた。

 以前とは異なり、前髪を後ろにかき上げピシッと固めている。肖像画でライアンの王太子時代の面影を知っている人が見ても、一瞬誰だか分からないかもしれない。それくらい変化を感じた。

 でも、ライアンをより昔と違って見せているのは、その表情だろう。

「……柔らかい表情をされるようになられましたね」

 ノアは思わずポツリと呟く。アシェルを見つめるライアンの眼差しに、そう言わずにはいられなかったのだ。

「そうか? ……そうかもな。最近はようやく領の仕事も落ち着いてきたから、今が一番自由を感じているかもしれない」

 ライアンがクスリと笑う。その横でアシェルが嬉しそうに微笑んでいて、そんな二人の姿がなんだかキラキラと輝いているように見えた。

(あぁ……良かった……。あの騒動は、お二人にとって負となるものでも、無駄なものでもなかったんだなぁ……)

 改めてそのことを知ることができただけでも、今日会えて良かったと思える。

 ライアンが起こした騒動があったから、ノアはサミュエルと想いを交わすことができて、結婚まですることができたのだ。
 いろいろと問題はあったけれど、それでより幸せな未来へと歩むことができているのなら、それ以上に良いことはない。

「とりあえず、ライアン様もアシェル殿も、席についたらどうでしょう。そろそろ追加の料理も運ばれてきますよ」

 サミュエルがライアンたちを促す。
 ノアはひとまずアシェルと握手をして再会を喜び、席に戻った。

 食事が運び入れられて、改めて乾杯とグラスを合わせる。
 本来、アシェルは侍従の立場だから、貴族同士の食事会に同席することはできない。でも、今日は非公式、ノアたちのお忍びテートの一環だから構わないのだ。

「アシェルさんたちは、領主館でのパーティーにもご参加くださるのですか?」

 二人が来ていると聞いた時から気になっていたことを問い掛ける。友人とその友人が慕う人が祝いの場に参加してくれるなら嬉しい。でも、結婚式への参列を断られていたし、その理由にも納得していたから、叶わないかもしれないという思いもある。

「それは、その……」

 案の定、アシェルは躊躇いがちに言葉を濁した。それだけで、答えは分かったも同然だ。
 ノアは眉尻を下げ、小さく頷く。

「さすがに公式の場に出るのは、騒ぎになるだろうし、遠慮させてもらいたい。ただ二人に祝福を直接伝えたくて、会いに来たんだ」

 アシェルの代わりにライアンが答えた。申し訳なさそうにアシェルが肩を縮めていて、ノアはどう返すべきか迷ってしまう。決して、アシェルを責めようなんて思っていないのに。

「どこで祝福するかなんて、気持ちの大小に関係ないことでしょう。ノアも、ここで会えただけで十分喜んでいますよ。……ね?」
「っ、はい、もちろん」

 サミュエルがすかさずフォローしてくれたので、ノアは慌てて頷いた。
 正式な場でなくても、こうして祝福に来てくれただけで十分すぎるほど嬉しいのは確かだ。しかも、遠路はるばる、ライアンが変装までして、である。その思いを無下にするつもりはまったくない。

「そう思っていただけるなら、僕も嬉しいです」
「ええ、アシェルさん。久しぶりにお会いできただけでも、とても喜ばしいことです」

 微笑みを添えて告げると、アシェルの顔にも笑顔が戻った。
 そんなノアとアシェルを眺め、サミュエルとライアンが視線を交わしてすぐに逸らす。

 サミュエルたちは別に友人同士というわけでもない。そればかりか、あまり良好な関係ではなかった元婚約者同士なのだ。この場に同席していること自体に、少し違和感と気まずさを感じているようである。
 落ち着かない様子なのはライアンだけで、サミュエルはほとんどライアンを無視しているけれど。
 
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