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267.侍従たちの苦労
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人混みを抜け、予約していた料理店に辿り着いた頃には、すっかり日が暮れていた。早く食事を取りたいところだったのだけれど、奥の個室に腰を落ち着けたノアたちは、先にロウから説教を受けることになる。
「――いいですか。お祝いのために、街には人が溢れているんです。くれぐれも、目立つような真似をしないよう、注意してありましたよね? なに、街中で、キスなんてしているんですか!」
久しぶりのお怒りだ。ノアは少し申し訳なくて、首をすくめて口を閉ざした。こういう時は、言い訳すらも怒りを増す原因になる。
反省しているノアとは違い、サミュエルは涼しい顔で聞き流している様子だったので、思わず腕をつねってしまったけれど。
「ノア様は、状況に流されたから仕方ないとはいえ、サミュエル様はもっと反省してくださらないと! 警護の者がどれだけ大変か、ご存知ですか!?」
「彼らはそれが仕事だろう」
「そうですが、上に立つ者として、配慮してください。それが、ランドロフ侯爵家での、当然の在り方です」
厳しい口調で叱りつけるロウに、サミュエルが片眉を上げる。
ノアは「仕方ない」と評されてしまった自分に些か情けなさを感じながらも、ロウの言葉に頷いた。サミュエルはそれを見て、少し態度を変えた様子だ。
「そうだね。ランドロフ侯爵家の一員になったからには、その在り方に倣うよう今後気をつける。悪かったね」
「……分かってくださったのでしたら、これ以上は何も言いません」
ロウが謝罪を受け入れて引き下がったことで、部屋の緊張が緩まり、ノアはホッと息をついた。
我関せずという態度で食事の手配を済ませたザクが、お茶を淹れてくれたので、気分転換を兼ねて手を伸ばす。
「後で、警護の皆さんにお菓子でも差し入れましょうか」
「それより、酒とかつまみがいいんじゃないかい?」
「甘いものは、食べないのでしょうか」
ノアがきょとんと目を丸くして問い掛けると、サミュエルはロウやザクに視線を向ける。二人共首を傾げているので、なんの参考にもならなかったようだけれど。
「……あまり、騎士たちが甘いものを好むとは聞いたことがないけど、好きな人もいるかもね?」
「つまり、少数派なんですね?」
じとりとした目でサミュエルを見据えて言葉を返す。別に、否定するなら真っ向から否定してくれていいのだ。変なところで気遣われても意味がない。
ノアはテーブルの上のフルーツを見て、『こういうのも鍛えている男性は好まないのだろうか』と少し疑問に思った。ノアはわりと甘いものが好きで、フルーツはこうしてあらかじめ用意してもらうくらいだ。
「……宿の人にお酒を用意してもらうよう、伝えましょう」
「拗ねてないかい?」
「いいえ、まったく。僕が子供っぽいとか、女性っぽいとか、言われたわけじゃないですし?」
「ふふっ」
少し顔を背けて言うと、軽やかな笑い声が響いた。続けて、「可愛いね」と言われると、この態度の方が子供っぽいことに気づかされて、頬が熱くなる。
そっと視線を戻すと、サミュエルの目が愛おしげに細められていた。胸がくすぐられるような、温かな幸福感を覚える。
「……サミュエル様は、甘いものお嫌いじゃないですよね?」
今さらの問いに、サミュエルは呆れることなく頷いた。
「ああ。別に嫌いではないよ。ノアと一緒に食べるのは大好きなくらいだ。ノアの幸せそうな顔が見られるからね」
「え。……僕、そんな顔をしていますか?」
「うん。可愛いよ」
ノアの頬を撫でたと思ったら、口元にフルーツを差し出してくる。その仕草が、夜を共に過ごした後の朝、サミュエルが見せる姿と重なって、ノアはかぁっと顔を赤くした。
小さく口を開けると、笑みを深めたサミュエルが口の中にフルーツを放り込む。それを噛もうとしたノアは、指が出ていかないことに気づいて目を丸くした。
「んんっ!?」
「……美味しいかい」
呻くように声を出し、目で抗議しても、サミュエルは蕩けるような笑みでノアを見つめ返すばかりだ。その目に熱が滲んでいるのに気づいて、ノアは無性に焦る。まさか、食事をとりにきたところで、このような悪戯をされるとは思わなかった。
指がノアの舌をつつき、弄る。それから必死に逃げようとしても、あっさり捕まってしまう。
どうしようと混乱していたノアは、もっとも簡単な逃げ道を忘れていた。
「――サミュエル様」
グイッと肩を引かれて、サミュエルと離れる。ノアの肩を掴んだロウは、少し怖い顔をしてサミュエルを見据えていた。これは、相当苛立っている。
ノアは慌ててフルーツを噛んで飲み込み、ついでに口元をナフキンで拭った。
「残念」
「いついかなる場合でもそちらの方へとノア様を導こうとするのには、感心さえ覚えてしまいそうです」
「それはいいね。そのまま、私の意思を尊重してくれないかい?」
「お断りします」
からかうように微笑むサミュエルの言葉を、ロウがきっぱりと拒否する。サミュエルは予想の内だったようで、楽しそうに笑っていた。
「サミュエル様……僕も、あまり遊ばれるのは、困ってしまいますよ」
「もう少し慣れたら、楽しくなってくると思うけど」
その返事に思わず呆れてしまったノアが何か言うよりも先に、ロウが「少しは反省してください!」と叱る。ノアも同意だったので頷いた。
サミュエルは微笑んで「ノアがそう言うなら気をつけよう」と返すだけだ。
「――お食事を運び入れてもいいでしょうか」
ザクの感情を排除したような声が響く。少し疲れた顔が、ザクもロウ同様、ノアたちの雰囲気にあてられていることを告げていた。
「――いいですか。お祝いのために、街には人が溢れているんです。くれぐれも、目立つような真似をしないよう、注意してありましたよね? なに、街中で、キスなんてしているんですか!」
久しぶりのお怒りだ。ノアは少し申し訳なくて、首をすくめて口を閉ざした。こういう時は、言い訳すらも怒りを増す原因になる。
反省しているノアとは違い、サミュエルは涼しい顔で聞き流している様子だったので、思わず腕をつねってしまったけれど。
「ノア様は、状況に流されたから仕方ないとはいえ、サミュエル様はもっと反省してくださらないと! 警護の者がどれだけ大変か、ご存知ですか!?」
「彼らはそれが仕事だろう」
「そうですが、上に立つ者として、配慮してください。それが、ランドロフ侯爵家での、当然の在り方です」
厳しい口調で叱りつけるロウに、サミュエルが片眉を上げる。
ノアは「仕方ない」と評されてしまった自分に些か情けなさを感じながらも、ロウの言葉に頷いた。サミュエルはそれを見て、少し態度を変えた様子だ。
「そうだね。ランドロフ侯爵家の一員になったからには、その在り方に倣うよう今後気をつける。悪かったね」
「……分かってくださったのでしたら、これ以上は何も言いません」
ロウが謝罪を受け入れて引き下がったことで、部屋の緊張が緩まり、ノアはホッと息をついた。
我関せずという態度で食事の手配を済ませたザクが、お茶を淹れてくれたので、気分転換を兼ねて手を伸ばす。
「後で、警護の皆さんにお菓子でも差し入れましょうか」
「それより、酒とかつまみがいいんじゃないかい?」
「甘いものは、食べないのでしょうか」
ノアがきょとんと目を丸くして問い掛けると、サミュエルはロウやザクに視線を向ける。二人共首を傾げているので、なんの参考にもならなかったようだけれど。
「……あまり、騎士たちが甘いものを好むとは聞いたことがないけど、好きな人もいるかもね?」
「つまり、少数派なんですね?」
じとりとした目でサミュエルを見据えて言葉を返す。別に、否定するなら真っ向から否定してくれていいのだ。変なところで気遣われても意味がない。
ノアはテーブルの上のフルーツを見て、『こういうのも鍛えている男性は好まないのだろうか』と少し疑問に思った。ノアはわりと甘いものが好きで、フルーツはこうしてあらかじめ用意してもらうくらいだ。
「……宿の人にお酒を用意してもらうよう、伝えましょう」
「拗ねてないかい?」
「いいえ、まったく。僕が子供っぽいとか、女性っぽいとか、言われたわけじゃないですし?」
「ふふっ」
少し顔を背けて言うと、軽やかな笑い声が響いた。続けて、「可愛いね」と言われると、この態度の方が子供っぽいことに気づかされて、頬が熱くなる。
そっと視線を戻すと、サミュエルの目が愛おしげに細められていた。胸がくすぐられるような、温かな幸福感を覚える。
「……サミュエル様は、甘いものお嫌いじゃないですよね?」
今さらの問いに、サミュエルは呆れることなく頷いた。
「ああ。別に嫌いではないよ。ノアと一緒に食べるのは大好きなくらいだ。ノアの幸せそうな顔が見られるからね」
「え。……僕、そんな顔をしていますか?」
「うん。可愛いよ」
ノアの頬を撫でたと思ったら、口元にフルーツを差し出してくる。その仕草が、夜を共に過ごした後の朝、サミュエルが見せる姿と重なって、ノアはかぁっと顔を赤くした。
小さく口を開けると、笑みを深めたサミュエルが口の中にフルーツを放り込む。それを噛もうとしたノアは、指が出ていかないことに気づいて目を丸くした。
「んんっ!?」
「……美味しいかい」
呻くように声を出し、目で抗議しても、サミュエルは蕩けるような笑みでノアを見つめ返すばかりだ。その目に熱が滲んでいるのに気づいて、ノアは無性に焦る。まさか、食事をとりにきたところで、このような悪戯をされるとは思わなかった。
指がノアの舌をつつき、弄る。それから必死に逃げようとしても、あっさり捕まってしまう。
どうしようと混乱していたノアは、もっとも簡単な逃げ道を忘れていた。
「――サミュエル様」
グイッと肩を引かれて、サミュエルと離れる。ノアの肩を掴んだロウは、少し怖い顔をしてサミュエルを見据えていた。これは、相当苛立っている。
ノアは慌ててフルーツを噛んで飲み込み、ついでに口元をナフキンで拭った。
「残念」
「いついかなる場合でもそちらの方へとノア様を導こうとするのには、感心さえ覚えてしまいそうです」
「それはいいね。そのまま、私の意思を尊重してくれないかい?」
「お断りします」
からかうように微笑むサミュエルの言葉を、ロウがきっぱりと拒否する。サミュエルは予想の内だったようで、楽しそうに笑っていた。
「サミュエル様……僕も、あまり遊ばれるのは、困ってしまいますよ」
「もう少し慣れたら、楽しくなってくると思うけど」
その返事に思わず呆れてしまったノアが何か言うよりも先に、ロウが「少しは反省してください!」と叱る。ノアも同意だったので頷いた。
サミュエルは微笑んで「ノアがそう言うなら気をつけよう」と返すだけだ。
「――お食事を運び入れてもいいでしょうか」
ザクの感情を排除したような声が響く。少し疲れた顔が、ザクもロウ同様、ノアたちの雰囲気にあてられていることを告げていた。
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