内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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265.不可思議な人

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 サージュは「これも祝いとしてやろう」といくつか本をテーブルに積み重ねると、「――では、さらばだ」と身を翻した。
 あっさりと立ち去る後ろ姿を、ノアは呆然と見送る。まるで嵐のような訪問だった。

「えぇっと……」

 首を傾げながらソファに腰を下ろし、サミュエルを見つめる。いろいろと疑問があって、何から問いかけるべきか数舜考え込んだ。

「――なぜ、年齢を尋ねたのですか?」

 ノアが一番気になった質問をしてみると、サミュエルは肩をすくめる。

「あの人の見た目が、私が幼かった頃とまったく変わっていなかったから、だね。それに、記録を探った限りだと、あの人は少なくとも八十歳を超えているはずなんだけど……」
「え!? さすがに、そこまで年を重ねていらっしゃるようには見えませんでした」
「うん、だから、不思議なんだよね」

 目を丸くするノアに、サミュエルが苦笑する。自分からサージュに問いかけた割には、あまり追究したくなさそうな雰囲気だ。
 でも、そう思うのは、ノアにもなんとなく理解できる。サージュの雰囲気は浮世離れしている印象があって、掴みどころがないのだ。追究したところで徒労になる気がする。

「――まぁ、それはともかく……」

 テーブルから本を一冊手に取り、ペラペラとめくったサミュエルが片眉を上げて意味深に呟く。興味が惹かれて、ノアは横から本を覗き込んだ。
 そこには、見知った名前が書かれている。

「これは、もしかして、グレイ公爵家の初代の話……?」
「そのようだね。でも、ここの奥付を信じるなら、これが書かれたのは、グレイ公爵家ができる前だ」
「それは、どういうことなのでしょう……」

 首を傾げるノアの横で、本を流し読みしたサミュエルが「ふ~ん……?」と呟く。

「――公爵家にあった、本人が残した記録と、ここに書かれている内容には微妙に違いがあるね。単純に考えれば、この奥付にある日付より後に、外部の人間が書いたものだろうけど……」
「でも、この辺とか、初代公爵ご本人の心情が、一致している気がします」
「それが変だよね。でも、本人が書いたにしては、事実と異なる部分が多い」
「わざわざ記録と別に書く必要もないですしね」

 サミュエルと顔を見合わせる。ノアは、この不思議の理由となるものに、なんとなく心当たりがあったけれど、言葉にしていいものか迷った。

「――アシェル殿に問い合わせてみようかな」
「っ……サミュエル様も、初代公爵の頃にシナリオが存在していたとお疑いですか」

 心の内を言い当てられた気がした。でも、考えてみれば、ノアが思い当たったことに、サミュエルが気づかないはずがない。
 納得して、確認するように尋ねると、サミュエルが当然と言いたげに頷く。

「私たちが登場するシナリオが存在していたことは、ほぼ確定していい事実だ。アシェル殿以外にも共通の認識を持っている人が複数いるわけだから。そうなると、私たち以外に関してのシナリオの存在があっても不思議ではないよね」
「そうですね。……そうなると、なぜ、そのシナリオを記したものと思しき本を、サージュ様が持っていらしたのでしょう」

 新たに生まれた疑問には、サミュエルさえ答えを持っていない様子だ。肩をすくめ、他の本も調べ始めている。
 ノアもつられて本に手を伸ばす。それは、ランドロフ侯爵領一帯の気候や地質に関する記録だった。他の本には、ランドロフ侯爵領と王都間の地形等に関する記録がある。

「――もしかして、これ、直路整備のための参考資料にくださったのでしょうか?」
「そのようだね。いつ、こんなものを調べていたのかな。これなんか、街道整備後に生じうる経済への影響を論じてある。見事にメリット・デメリットが明示されていて、面白いよ。こことか、あらかじめ対策しておけば、随分とデメリットを減らせそうだ」

 サミュエルが持っていた本を開いてノアに示す。
 そこには、街道整備によって今後生じうる影響がつぶさに書かれていた。まるで、その未来を実際に目にしたように詳細に――。

「……サージュ様は、随分と未来の道がどうとかおっしゃっておられましたが、もしかして、未来をあらかじめ知るような力を持っておられるのでしょうか」

 あまりにも現実味がないと否定していた考えが、口からこぼれ落ちる。すると、サミュエルから視線を感じて、目を上げた。静かな眼差しと視線がぶつかる。
 暫く黙って目を合わせていたら、サミュエルが小さくため息をついた。

「……私をノアと出会わせるように仕向けた言葉は、ある種の未来予知と言えなくもない。この本に書かれているのも、それに類するものだろう」
「アシェルさんのような、前世の記憶とともに、シナリオを知っているというのとは、少し違いますよね」
「少なくとも、このような実務的なことに、シナリオが役に立つとは聞いたことがないね。アシェル殿のように、サージュ曰く『埒外』の者が存在している時点で、未来予知という可能性を否定するのもナンセンスだ」
「確かにそうですね」

 頷きながら、ノアは『未来予知かぁ』と心の中で呟く。それがどのような力なのか、想像が及ばなかった。でも、サージュの浮世離れした雰囲気とは合っている気がする。
 ノアの横では、サミュエルが何かが気にかかった様子で、複数の本を見比べていた。

「どうしましたか?」
「――いや……サージュが書いたこの本と、初代公爵について記したこの本の筆跡、同じに見えないかい?」
「え!?」

 驚いたノアは念入りに見比べた後、呆然と「……本当ですね」と呟く。
 この事実がサージュの年齢不詳と関連しているように思えたけれど、その考えを疑う思いも強くて、ノアは言葉にしなかった。

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