内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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260.領地へ

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 甘い雰囲気を漂わせて、新婚生活一日目が終わる。想像していたより爛れた生活にノアは少し戸惑っていたけれど、胸がふわふわと温かくて、サミュエルを止められなかったのだから仕方ない。

 さすがにその夜に求められるのは体力的に無理で困った顔をしていたら、ロウの説教がサミュエルに降り注いだ。サミュエルは心なしかしょんぼりとした雰囲気になっていたけれど、ノアは見なかったことにした。ロウには後で褒美を与えるべきだろう。

 そして、二日目の朝。
 ノアは窓から曇り空を見上げて、眉を顰める。

「どうしたんだい」

 後から抱きしめられて、耳に口づけが落ちる。そのくすぐったい温かさに頬を緩めながら、ノアはサミュエルを振り返った。

 昨夜は閨はなかったけれど、一晩中抱きしめられて眠りについた。それは身体の関係とは違った満足感と幸福感があって、ノアは結構好きだと思う。そして、今こうしてサミュエルに抱きしめられるのも、大切に守られているように感じられてホッとする。

「今日の午後には出発ですが、天気が心配で……」
「あぁ……雨になりそうだね」

 サミュエルも窓の外を見て、気がかりそうに呟いた。
 ノアたちは、今日の午後領地に出立する予定だ。それもあって、昨晩は閨を断ったのだ。さすがに、馬車に長時間揺られることになる前の夜に攻め立てられては、ノアの身がもたない。

 サミュエルが長い休みをとってくれているから、領地までは休憩を入れつつのんびりとした旅程にしているけれど、天候が悪いならあまり悠長に移動してはいられないかもしれない。領地での結婚披露の催しに遅れるわけにはいかないのだ。

「出発を一日遅らせるかい?」
「明日が晴れる保証はないですよね」
「そうだね。……気がかりは、随行の者たちのことだよね?」
「はい。警護の皆さんは、僕たちと違って馬での移動ですし、雨に降られたら大変ですよね」
「まぁ、彼らは鍛えているし、大丈夫だと思うけど」

 ノアの心配を、サミュエルが肩をすくめて受け流す。でも、ザクを振り返り、雨天時の対応を確認させるのは忘れなかった。

 警護担当者に尋ねに行くザクの帰りを待つ間に、ノアはサミュエルとお茶を飲む。腰を抱かれながら寛ぐのには、もう慣れてしまった。これよりもよほど恥ずかしいことをたくさんしているのだから、開き直りに近い心持ちである。

「どうせなら、街道の整備の視察ということで、雨が降ったら近くの宿で泊まることにするのもいいと思わないかい?」
「……楽しそうですけど、宿の空きがあるとは限りませんよね?」

 サミュエルを見上げて苦笑する。提案には正直心惹かれていた。

「それは、事前に誰か使いに出しておけばいいんだよ。宿で過ごすのも、きっと楽しいと思うんだけど」
「ランドロフ侯爵領周辺の領地の宿は、ほとんど満室状態ですよ」

 ノアを丸め込もうとするように、サミュエルが甘い声音で囁く。それに冷たい答えたのはロウだ。お茶菓子をテーブルに並べながら、言葉を続ける。

「――お二人のお祝いに駆けつけるため、他領からも多くの人々が押し寄せて来ています。予定外の行動は無理ですよ」
「そうなんだ?」

 ノアは正直残念に思って、呟きをこぼす。サミュエルと普段とは違う環境で過ごすことに、密かに期待していたのだ。
 ロウは視線を上げて、少し考え込むように口籠る。

「……宿泊客を押しのけて、宿を空けさせることは可能ですが」
「そんなことを許可するわけがないよね」
「ええ、ノア様でしたらそうおっしゃると存じ上げています」

 ノアがムッとして答えると、ロウが微笑み頷いた。隣でサミュエルが少し息を詰まらせた気配を感じて、じとりと見上げる。

「まさか、そんなことを考えてはいないですよね?」
「……もちろんだとも」

 穏やかな笑みと共に返事がもたらされたけれど、極めて怪しいと感じてしまう。強引とまではいかなくても、サミュエルならば笑顔で宿を空けさせてもおかしくない。追い出されることになる側も、ノアたちを祝福して快く譲り渡してしまうくらい自然に。

「ただいま戻りました」

 不意に開かれたドア。戻ってきたザクは、微妙な雰囲気が漂うノアたちに視線を留めて、片眉を上げた。でも、そこは何も指摘せずに報告を始める。誰かの心情より仕事が大事なザクらしい。

「――雨天時でも、問題なく進めるようです。悪路になる箇所もありませんし、旅程に変更は必要ないでしょう。もし、ノア様方が気になるのでしたら、途中で野営の準備をすることは可能ですが……」
「それはなしだね。テントじゃ寛げないし。第一、全員分を用意するとなると、それこそ荷物が多くなって、進行が遅くなるだけだ」
「私もそう判断しまして、準備は必要ないだろうと返事をしております」
「うん、それでいいよ」

 ノアはサミュエルの言葉に頷いて同意を示した。雨が降った場合は、警護の者たちには申し訳ないが、予定地まで耐えてもらうしかないだろう。

「この時期だと、長雨にはならないでしょうからね……」

 呟きながら窓の外に視線を移す。どうにか、天気が保ってくれるといいのだけれど――。

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