内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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252.パーティーの後には

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 屋敷に戻り、急いで支度を整えた後は、無心で社交に励んだ。挨拶するべき相手が次々にやって来るので、パーティーの後のことを考える余裕さえなかったのは、ある意味ありがたいことだったかもしれない。

 日が沈む頃に、結婚披露パーティーはお開きになり、ノアは自分の部屋に戻ってきた。
 招待客の多くはアフターパーティーに参加するため、シガールームや遊戯室などのグランドフロアはまだ人気が多い。でも、ノアたちが暮らすプライベートフロアの奥は、穏やかな静けさが満ちていた。

「――疲れた……」

 ポツリと呟きがこぼれ落ちる。上着を脱いでソファに見を預けると、ズシッと手足が重くなるような疲労感が滲んできた。

 慣れないソファの布地の感触に目を細める。見上げた先の天井も、これまでの自室とは少し違った色合いだ。
 結婚と同時に、引っ越してくるサミュエルに合わせ、ノアの部屋もパートナー用の部屋に移動になったのだ。ノアとサミュエルの私室の間に一つの寝室があり、それぞれコネクティングドアで繋がっている。

「……サミュエル様は、もうお戻りかな」

 ノアは寝室へと繋がるドアを見て、首を傾げる。まだ物音などは聞こえないので、帰っていないかもしれない。
 パーティーがお開きになったと同時にノアは退室したけれど、サミュエルはルーカスに呼び止められていたのだ。サミュエルは明日から異例の長さの休暇をとることになっているので、ルーカスは話しておきたいことがたくさんあるだろうし、長話になっている可能性がある。

「ノア様、サミュエル様を気にされている場合ではございませんよ。お早くお支度を――」
「少しくらい休憩させてくれてもいいと思うんだけど」

 ロウの促しに、ノアは脱力したまま答える。上着を片付けていたロウは、少し呆れた顔をしていた。

「お支度を整えた後でしたら、いくらでも」
「……そうはいってもねぇ――」

 ノアは「支度した後は、それこそ休んでいる暇がなさそう」という言葉を飲み込んだ。なんだか恥ずかしい気がしたので。
 じわじわと熱くなる顔を押さえて、ぎゅっと目を瞑る。

 覚悟は既にした。サミュエルの全てを受け入れられるよう、精一杯努めるつもりである。
 だからといって、羞恥心がなくなるわけではなく、むしろジリジリとその時が迫ってきている感覚が、身悶えそうなほど恥ずかしくて居心地が悪い。

(開き直ってしまえばいいんだろうけど……。いや、それは無理かも……)

 いったいどのような夜を過ごすことになるのか、知識がある分だけ想像力が膨らんでしまって、どうしようもない。はしたない想像を止めようと思うのに、そう強く念じるほどに、余計にノアは追い詰められていく気がした。

「――ア様……ノア様!」
「っ……なに?」

 呼びかけられてビクッと身体が震えた。手を退けてロウを見ると、真剣な眼差しを返される。何度も呼びかけられていたのに、無視してしまっていたようだ。

「……お嫌なのでしたら、今夜はドアに鍵をかけておくことは可能ですよ。サミュエル様も咎めはしないでしょう」
「え……」

 思いもよらない提案をされて、ノアは目を見開いた。ロウの顔に冗談を言っている雰囲気はない。
 ドアに鍵をかけるとは、共同の寝室を使わないということだ。つまり、夜の生活を拒否すると伝えるのに等しい。

「――そんなことをっ……するつもり、ないよ……」

 勢いよく身体を起こし告げた言葉は、次第に弱々しい響きに変わる。
 ノアがこうしてソファでウダウダと過ごしている姿が、傍目にはサミュエルを拒否しているようにも見えるのだと気づいた。そのようなつもりはなかったけれど、ロウがノアを気遣って提案してくれたのだと理解できる。

「――本当に、僕は大丈夫なんだよ。でも、心配はありがとう」
「いえ。侍従としては当然のことです」

 真摯に返すと、ロウは安心したように微笑んだ。でも、そのすぐ後に「では、急いで湯浴みを」と促してくるので、ノアは少し憮然としてしまった。

 覚悟はできているのだ。だからといって、心の準備が完全にできているとはいえない。この複雑な心持ちを、少しは理解してもらいたいのだけれど。
 ノアはため息をついて、重い身体を動かした。



 頭から足の先までいつも以上に念入りに洗い、湯浴みを終えた後にはエステまで受けさせられた。
 マッサージ効果もあって、気持ちよくはあるのだけれど、これがこの後サミュエルと過ごすための作業だと思うと、なんとも恥ずかしい。

「この服……」

 手のマッサージを受けながら水分補給をし、半ばベンチに寝そべった体勢で、ノアは自分の格好を見下ろして嘆息した。

 薄紫色の薄く透き通る絹織物の寝衣は、ネグリジェのような形状でノアの身体を包みこんでいる。露出の少ない丈は安心感があるのに、下着が透けそうなほどの生地の薄さはどうにかならないのか。
 真剣に『この寝衣を選んだのは誰だろう?』と考え込んでしまった。

「こちらの寝衣は、奥方様からの結婚のお祝いです」
「……お母様……」

 思わず手で顔を覆って呻いた。サミュエルからの贈り物でないだけ、まだマシなのかもしれないけれど、息子に贈る物としてこれは相応しいのだろうか。

 悶々と悩んでいる内にマッサージも終わり、ノアはついに寝室に続くドアの前に立たされた。

「それでは、私は隣室に控えておりますので、御用がありましたら、なんなりとお申しつけくださいませ――」

 ロウの声を背に受けて、ノアは深呼吸する。ドアに伸ばした指先が震えてしまうのは、どうしようもなかった。

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