内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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251.馬車の中でのじゃれあい

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 大聖堂から家に戻る馬車の中。
 暫し緊張感から解き放たれたノアは、サミュエルからプイッと顔を背けていた。

「ノア、私が悪かったよ。機嫌を直してくれないかい」
「……本当に反省していらっしゃいますか」

 チラリと横目で窺うと、サミュエルは表情こそ眉尻を下げて申し訳なさそうにしているけれど、幸福感が溢れんばかりに伝わってくる。反省しているようには見えない。

「もちろんだとも。少しタガが外れてしまったのは、ダメだったね」
「……ルーカス殿下がフォローしてくださらなかったら、式が台無しになるところでした」
「いや、それはないと思うけど。みんなが固まっていたのは、ノアの色っぽい顔に見惚れていたからで――」
「なんですって?」
「ん? それはそれで腹が立つな。私のノアなのに。有象無象に見られてしまうなんて、金貨を積まれても許せない――」
「サミュエル様、僕の声、聞こえてますか?」

 ノアが反省を促した時よりもよほど、今のほうがサミュエルの表情は深刻そうだ。サミュエルが何を考えているかはすべて言葉に表れている。
 つまり、自分が仕掛けたことなのに、サミュエルはキスの時のノアの表情を参列者に見られたのが我慢ならない、ということだ。ノアからすると、なんともわがままな言葉である。

 思わず呆れてサミュエルを見つめる。それと同時に、婚姻が成立した直後に交わす会話ではないなぁと気づいて、ため息をついた。

「――やってしまったことは、今さらどうしようもありませんが、今後は気をつけてくださいね」
「ああ、そうだね。ノアが魅力的なのは周知の事実だけど、私だけに向ける表情を見られたくないからね」
「……気をつけてくださるなら、もう、それでいいです」

 ノアの注意の理由とはズレていたけれど、サミュエルにとってはその理由の方が効果的なのだと気づいて、受け入れた。
 にこりと微笑んだサミュエルがノアの肩を抱く。屋敷までの間とはいえ、侍従もいない馬車の中で二人きりというのが、なんとも新鮮に感じられた。

 まだ沿道には祝福を送ってくれる民が並んでいて、ノアとサミュエルはそれに手を振りこたえる。
 この後、パーティーが控えている身としては、もう背もたれに身体を預けて休んでしまいたいけれど、貴族としてそれは許されない。微笑み、余裕を繕うしかないのだ。

「ノア、こちらに寄りかかって」

 不意に肩を抱かれ、サミュエルの胸に寄りかかる。歓声が上がるのを聞きながら、ノアはきょとんと目を瞬かせた。

「――少しは休まないと、ね」
「ありがとうございます……」

 チラリと見上げると、優しい微笑みが返ってくる。ノアは頬を染めて、躊躇いがちに感謝を伝えた。
 サミュエルの気遣いが嬉しくて、でも、貴族としてきちんとした振る舞いをしたいという思いもあって……結局は喜びが勝ち、サミュエルの心強い温もりに身を預ける。

「パーティーが始まるまでに多少時間はあるけど……服を変えていたら、あまり休める感じではないね」
「そうですね。まぁ、あと数時間のことですし……」
「夕方になる頃には解放されるけど、パーティーの途中でも、ほどほどに休んでいいんだよ?」
「そういうわけにはいきません」

 ノアを甘やかすような言葉を続けるサミュエルに、そっと苦笑をこぼす。
 疲れているのは事実で、今すぐベッドで横になりたい気分だけれど、その思いのままに行動するのは貴族として失格だろう。

「……結婚式の後のことは、みな承知しているんだから、普通に受け入れられると思うんだけど」
「後のこと? パーティーで何が……?」

 サミュエルが何を言わんとしているかが分からず、ノアはきょとんと目を瞬かせた。ちょうど人並みが途切れたところだったので、手を振るのをやめて、サミュエルにそっと抱きついて見上げる。

「パーティーの話ではないよ。――ノア。結婚式の後のパーティーが夕方までで終わる理由が分からないのかい?」

 からかうような笑みを浮かべて、サミュエルがノアの頬にキスを落とす。
 その仕草に頬を染めながら、ノアは「うーん?」と考え込んだ。

「……午前中から昼頃にかけて式があるので、その後のパーティーの始まりが午後。そうなると、どれだけ長くても夕方頃に終わるのは、自然なことではありませんか?」

 慣例として理解していたので、サミュエルが何を言わんとしているかが分からない。首を傾げるノアに、サミュエルが怪しい笑みを返す。

「ふふっ。そもそも、式から間をおかずに、パーティーが始まるのが少し不自然だろう? 疲れもあるし、休憩を挟んで夜開始にしてもいいはずだ。夜会に慣れた宵っ張りな貴族にとっては、その方が楽だしね」
「……言われてみれば、そうですね。式自体は、大聖堂のステンドグラスに光が入る時間を考えると、午前中から行われるのが当然とは思っていたのですが。パーティーは、どうしてなのでしょう?」

 答えが思い浮かばず、結局そのままサミュエルに尋ね返す。
 すると、サミュエルがノアの唇にキスを落としながら、間近で瞳を覗き込んで口を開いた。

「……決まっているだろう? 婚姻が成立した夜は、初夜と呼ばれて、二人きりで過ごすものなんだから」
「っ!」

 一気に頬が熱くなった。サミュエルの色気のある甘い声が、ノアの心を捉え揺さぶる。頭の中に、閨教育で学んだあれこれが思い浮かび、ノアはあまりの恥ずかしさにぎゅっと目を瞑った。

 フッと笑みを含んだ息が耳元に触れる。

「――初夜を迎えるには身体を休める時間も必要だからね。ノアがパーティーを多少休んだところで、みんな事情を察するから咎めはしないさ」

 耳に注ぎ込まれるような囁き声に、身体が火照る。ノアは羞恥心を耐えられなくなって、握った拳をサミュエルの胸に押し当てて距離を取った。そして、なんとか平常心を取り戻そうと努める。

「……そう思われると分かっていて、休めるほど図太い性格ではないのですがっ!」

 深呼吸をして気を静めたのに、返す言葉の語気が荒くなってしまったのは、許してもらいたい。絶対、この事実を今告げたサミュエルが悪いのだから。
 ノアは楽しそうに笑うサミュエルを軽く睨んでから、プイッと顔を背けた。

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