247 / 277
247.誓約の儀
しおりを挟む
大聖堂での貴族の結婚式は、基本的に神への誓約の儀と貴族からの承認の儀で成り立つ。
誓約の儀は、大聖堂内の礼拝の間で行われるため、ノアたちは出迎えた神官たちに導かれ、奥へと進んだ。
この後にある承認の儀のために、多くの参列者が大聖堂に集まっているはずだ。でも、ノアたちがいるここにはその喧騒が聞こえず、凛とした静けさが満ちている。その清廉な空気が、神に向き合うという真摯な思いにノアを誘っていった。
「――お入りください。中で神官長がお待ちです」
大聖堂の最奥にある礼拝の間。その扉が、神官たちの手によって開かれた。
ノアはスッと姿勢を正し、サミュエルの腕に掛けた手に少し力を込める。道中で和らいでいた緊張が、再びよみがえってきた。
「ノア、行こうか」
ノアの手にサミュエルの手が重なる。その温かく思いやりのある仕草に、ノアはサミュエルを見上げて僅かに目を細めた。
微笑みを浮かべるほどの余裕はないけれど、浅くなっていた呼吸が少しゆったりとしたものに変わっていくのを自覚する。
「……はい」
サミュエルにエスコートされて、ノアは赤い絨毯が敷かれた礼拝の間へ歩を進めた。
正面上部には、神の姿を表したステンドグラスがあり、様々な色の光を降らせている。その下では、誓約台と神官長が待ち構えていた。
神官長の数歩手前で立ち止まり、ノアはサミュエルと共に頭を下げて礼をとる。
「神に誓いを立てる者たちよ――」
静かな空間に、神官長の声が響く。
頭を下げたまま、ノアたちも神官長に続いて、神への祈りと誓い、祝福を希う言葉を述べて、誓約の儀が進んだ。
「――それでは、誓約書にサインを」
促されてようやく、ノアたちは顔を上げ、誓約台に近づく。置かれている誓約書に、まずはサミュエルがサインをした。続いてノアがサインをする。
決まりきった流れに沿って動いているだけなのに、じわじわと結婚が成立したのだと実感が湧いてきた。実際に貴族としての結婚が成立するのは、貴族からの承認の儀を経てからだ。でも、ノアとサミュエルという一個人として婚姻関係が成立したというのが、思っていた以上に嬉しく感じる。
横目でそっとサミュエルを窺うと、常通り穏やかな表情ながら、喜びが滲み出ているように見えた。それがさらに嬉しい。サミュエルがノアとの結婚を望んでいたことはよく知っているけれど、今同じ気持ちであるということが、幸せの象徴であるように思えた。
ノアの視線に気づいたサミュエルが、見つめ返して笑みを深める。いつものパターンなら、ここでキスのひとつでもしかねない状態だった。でも、さすがに礼拝の間ではしないようなので、ノアは密かにホッとして、そんな自分がおかしくなって小さく笑った。
「ここに、ノア・ランドロフとサミュエル・グレイの婚姻の成立を宣言する。神よ、二人のこれからに祝福を――」
頭を下げる神官長に続いて、ノアたちも再び礼をとる。
俯いた視界が、僅かに明るさを増したように感じた。それが不思議で、ノアは視線を床に這わせる。ステンドグラスを通した光が、先程までより強くなっている気がした。
「あぁ……!」
なぜか神官長から感嘆の声が聞こえて、ノアは頭の中に疑問符を浮かべた。誓約の儀にこのような段取りはなかったはずである。
この後、神官長の合図で頭を上げるはずなのだが、その声はかからず、ノアは困惑してしまった。
「……うーん、これは――」
サミュエルが小さく呟く声が聞こえる。視線を動かすと、パチリと目が合った。
声に出さずに『これ、どうしたらいいのでしょう?』と尋ねると、「とりあえず、顔を上げてしまってもいいと思うよ。儀式自体はほとんど終わったはずだからね」と小声で返ってくる。
それならば、とサミュエルと共に顔を上げると、跪いてステンドグラスを仰ぎ見ている神官長の姿が視界に映った。
固まったように動かないその後ろ姿に、ノアは小さく首を傾げる。
「……日差しが、ちょうど強くなったのでしょうか?」
「そうなのかな。少し不思議な感じがするね」
ステンドグラスから降り注ぐ光は、燦々と表現してもいいくらい、強さを増していて眩しいくらいだった。神官長はよく凝視できるものである。
ノアはサミュエルと顔を見合わせ、肩をすくめた。
そろそろ承認の儀に移る時間になるはずだ。でも、まだ神官長による誓約の儀の終了が宣言されていない。勝手に立ち去るわけにもいかないし、ノアはサミュエルに寄り添うように立ちながら、神官長がノアたちの存在を思い出してくれるよう願った。
「――っ……!?」
背後で静かに扉が開かれる気配がしたかと思うと、鋭く息を吸う音が聞こえる。おそらく、ノアたちを迎えに来た神官だろう。
「これは……」
感嘆した声で呟きながら近づいてきた神官を振り返り、サミュエルが首を傾げた。
「誓約の後、神官長が動かなくなったんだけど、どうするべきかな?」
「……誓約の儀の終了が宣言されましたら、この現象もおさまると思います。よろしければ、私が神官長に代わって宣言いたしますが」
「へぇ? この現象、ね。……膠着状態の解消が最優先だから、頼むよ」
ノアたちが困惑した状況を、神官は理解しているようだ。
その追求よりも状況の変化を望んだサミュエルに、神官が恭しく頷く。そして、一歩離れ、ステンドグラスの光に向けて手を翳した。
「……神の祝福をもって、二人の誓約の儀を終了する」
言葉の後、一礼した神官の動きと同時に、スッと光が弱まっていった。
ノアはパチリと目を瞬かせ、首を傾げる。不思議な状況だと思っていたけれど、ノアの常識には存在しない現象が起きていたようだ。
誓約の儀は、大聖堂内の礼拝の間で行われるため、ノアたちは出迎えた神官たちに導かれ、奥へと進んだ。
この後にある承認の儀のために、多くの参列者が大聖堂に集まっているはずだ。でも、ノアたちがいるここにはその喧騒が聞こえず、凛とした静けさが満ちている。その清廉な空気が、神に向き合うという真摯な思いにノアを誘っていった。
「――お入りください。中で神官長がお待ちです」
大聖堂の最奥にある礼拝の間。その扉が、神官たちの手によって開かれた。
ノアはスッと姿勢を正し、サミュエルの腕に掛けた手に少し力を込める。道中で和らいでいた緊張が、再びよみがえってきた。
「ノア、行こうか」
ノアの手にサミュエルの手が重なる。その温かく思いやりのある仕草に、ノアはサミュエルを見上げて僅かに目を細めた。
微笑みを浮かべるほどの余裕はないけれど、浅くなっていた呼吸が少しゆったりとしたものに変わっていくのを自覚する。
「……はい」
サミュエルにエスコートされて、ノアは赤い絨毯が敷かれた礼拝の間へ歩を進めた。
正面上部には、神の姿を表したステンドグラスがあり、様々な色の光を降らせている。その下では、誓約台と神官長が待ち構えていた。
神官長の数歩手前で立ち止まり、ノアはサミュエルと共に頭を下げて礼をとる。
「神に誓いを立てる者たちよ――」
静かな空間に、神官長の声が響く。
頭を下げたまま、ノアたちも神官長に続いて、神への祈りと誓い、祝福を希う言葉を述べて、誓約の儀が進んだ。
「――それでは、誓約書にサインを」
促されてようやく、ノアたちは顔を上げ、誓約台に近づく。置かれている誓約書に、まずはサミュエルがサインをした。続いてノアがサインをする。
決まりきった流れに沿って動いているだけなのに、じわじわと結婚が成立したのだと実感が湧いてきた。実際に貴族としての結婚が成立するのは、貴族からの承認の儀を経てからだ。でも、ノアとサミュエルという一個人として婚姻関係が成立したというのが、思っていた以上に嬉しく感じる。
横目でそっとサミュエルを窺うと、常通り穏やかな表情ながら、喜びが滲み出ているように見えた。それがさらに嬉しい。サミュエルがノアとの結婚を望んでいたことはよく知っているけれど、今同じ気持ちであるということが、幸せの象徴であるように思えた。
ノアの視線に気づいたサミュエルが、見つめ返して笑みを深める。いつものパターンなら、ここでキスのひとつでもしかねない状態だった。でも、さすがに礼拝の間ではしないようなので、ノアは密かにホッとして、そんな自分がおかしくなって小さく笑った。
「ここに、ノア・ランドロフとサミュエル・グレイの婚姻の成立を宣言する。神よ、二人のこれからに祝福を――」
頭を下げる神官長に続いて、ノアたちも再び礼をとる。
俯いた視界が、僅かに明るさを増したように感じた。それが不思議で、ノアは視線を床に這わせる。ステンドグラスを通した光が、先程までより強くなっている気がした。
「あぁ……!」
なぜか神官長から感嘆の声が聞こえて、ノアは頭の中に疑問符を浮かべた。誓約の儀にこのような段取りはなかったはずである。
この後、神官長の合図で頭を上げるはずなのだが、その声はかからず、ノアは困惑してしまった。
「……うーん、これは――」
サミュエルが小さく呟く声が聞こえる。視線を動かすと、パチリと目が合った。
声に出さずに『これ、どうしたらいいのでしょう?』と尋ねると、「とりあえず、顔を上げてしまってもいいと思うよ。儀式自体はほとんど終わったはずだからね」と小声で返ってくる。
それならば、とサミュエルと共に顔を上げると、跪いてステンドグラスを仰ぎ見ている神官長の姿が視界に映った。
固まったように動かないその後ろ姿に、ノアは小さく首を傾げる。
「……日差しが、ちょうど強くなったのでしょうか?」
「そうなのかな。少し不思議な感じがするね」
ステンドグラスから降り注ぐ光は、燦々と表現してもいいくらい、強さを増していて眩しいくらいだった。神官長はよく凝視できるものである。
ノアはサミュエルと顔を見合わせ、肩をすくめた。
そろそろ承認の儀に移る時間になるはずだ。でも、まだ神官長による誓約の儀の終了が宣言されていない。勝手に立ち去るわけにもいかないし、ノアはサミュエルに寄り添うように立ちながら、神官長がノアたちの存在を思い出してくれるよう願った。
「――っ……!?」
背後で静かに扉が開かれる気配がしたかと思うと、鋭く息を吸う音が聞こえる。おそらく、ノアたちを迎えに来た神官だろう。
「これは……」
感嘆した声で呟きながら近づいてきた神官を振り返り、サミュエルが首を傾げた。
「誓約の後、神官長が動かなくなったんだけど、どうするべきかな?」
「……誓約の儀の終了が宣言されましたら、この現象もおさまると思います。よろしければ、私が神官長に代わって宣言いたしますが」
「へぇ? この現象、ね。……膠着状態の解消が最優先だから、頼むよ」
ノアたちが困惑した状況を、神官は理解しているようだ。
その追求よりも状況の変化を望んだサミュエルに、神官が恭しく頷く。そして、一歩離れ、ステンドグラスの光に向けて手を翳した。
「……神の祝福をもって、二人の誓約の儀を終了する」
言葉の後、一礼した神官の動きと同時に、スッと光が弱まっていった。
ノアはパチリと目を瞬かせ、首を傾げる。不思議な状況だと思っていたけれど、ノアの常識には存在しない現象が起きていたようだ。
77
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる