内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
243 / 277

243. 結婚式の朝

しおりを挟む
 翌日は暖かな日差しが注ぐ、絶好の結婚式日和だった。
 朝早くから起こされたノアは、半分寝ながら念入りなマッサージと化粧をしてもらう。

 そんな様子を、ロウは「ほら、だから早く寝た方がいいと言ったのに」と文句を言いたげに見ていた。
 ノアはそう言われたところで、まったく反論できない。なんだかんだ、眠りについたのは日付が今日になってからだったから。

 でも、仕方がないだろうと内心で思う。
 結婚式という一生で一度の大舞台に臨むのは、ノアにとっては緊張することなのだから。その後に待っているサミュエルとの結婚生活にも意識が向かないくらい、ノアは気を張りつめさせていた。

「――大変お美しいですよ」
「……そう?」

 正装を身に纏う頃には、ノアの眠気は去り、緊張感だけが頭を満たしていた。姿見に映る自分の姿が、いつもと違いすぎて現実味がない。

 でも、昨夜危惧していたほど、服や装飾品が見合っていないわけではないようだと、少しホッとした。この上に、さらにヴェールを被る予定だから、あまりノアの容姿は気にかけられないだろうけれど。

(あぁ……本当に、結婚するんだなぁ……)

 ノアは綺麗に着付けてもらった姿を眺め、手を握る。服はいつもより堅苦しいし、装飾品は重い。早く全てを終えて脱ぎたい気分だけれど、これが家を継ぐにあたっての第一歩だと思うと、身が引き締まる気がする。

「――サミュエル様は、あとどれくらいでいらっしゃるのかな?」
「一時間もすれば、いらっしゃるご予定ですよ。それまで、お茶でも飲んで寛がれますか?」
「……この格好で寛げると思う?」
「見た目は大変優雅でよろしいかと」

 ロウをじとりと睨むも、涼やかな顔で受け流された。
 白い服に落としてしまったらと思うと、お茶なんて手を伸ばす気にならない。

「――サミュエル様と共に大聖堂に向かい、式を行った後は、そのままこの屋敷でのパーティーに移ります。ご挨拶ばかりで食事をとる暇もなさそうですから、何かお腹に入れていた方がよろしいのでは?」

 ロウが改めて提案し、一口サイズの焼き菓子を差し出してくる。
 確かに、昼から夕方にかけて予定がつまっていて、主役であるノアが休める時間は無に等しい。ロウの言う通りにすべきだと分かっていても、なかなか手が伸びなかった。
 緊張しすぎて吐きそうである。

「……もう少し、食べやすそうなものをご用意し――」

 ため息混じりのロウの声が途切れる。そして、開かれたままの扉の方へと視線を転じた。
 廊下の方からざわめきが伝わってきて、ノアもぎこちない動きで振り返る。

「――ノア様、お支度お済みでしょうか」

 扉のところから姿を見せたのは執事長だった。

「終わっているけど……。でも、この騒ぎはいったい……?」
「サミュエル様がご到着されました」
「え、もう?」

 反射的に聞き返してしまったのは仕方ない。先ほど、ロウから到着は一時間後になると聞いたばかりなのだから。
 驚くノアの横で、ロウが頭痛をこらえるように額を指先で押さえる。執事長は微笑みを崩さずに頷いた。

「はい、もう、です。応接間にお通ししております」

 その声には、口元に浮かんだ微笑みとは裏腹に、少し怒りが混じっているようだった。
 今日の結婚式後のパーティーをこの屋敷で行うため、使用人たちは誰もが走り回るような勢いで仕事を進めている。ひとつ予定が狂うと、全体に影響するのだ。
 執事長は、サミュエルが早く到着したことで、予定に変更が生じて気が立っているのだろう。

「……なんだか、ごめんなさい」
「ノア様が謝られることではありませんよ。それに、代わりにあちらの人手も貸していただいていますし」
「人手?」

 サミュエルの代わりに謝ったノアに対して、不思議な言葉が返ってきた。
 首を傾げていると、ロウが納得の息を吐いたことに気づいた。

「……ザクか」
「ザク……。もしかして、サミュエル様の侍従を人手に?」
「はい。サミュエル様が快くお貸しくださいました。代わりに、ノア様にいち早くお会いしたいと、言伝てをたまわっております」

 恭しく頭を下げる執事長を見つめ、ノアは苦笑する。
 サミュエルの行動にたくさんの人が振り回されているのは申し訳なく思うけれど、会えると思うと少し心が安らいだので、サミュエルに苦情を言える気がしない。

「分かった、すぐ行くよ。――ロウ、軽食を用意しておいて」
「かしこまりました」

 ロウはノアの少し緩んだ顔を見て、安心したように微笑み頷く。ノアが食事をとる気になったのが嬉しくもあるのだろう。
 すぐさま用意に向かうロウを追うように、ノアはサミュエルがいると教えられた応接間に向かった。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...