内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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242. 結婚式前夜

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 結婚式前夜のランドロフ侯爵邸は、慌ただしい雰囲気に包まれていた。
 仕上がった正装や装飾品を念入りに確認し、翌日に着付けやすいよう侍女や侍従が並べていく。

 ノアはその中に、ブレスレットとイヤリングを加えた。

 ブレスレットは、ランドロフ侯爵家に代々伝わるものだ。プラチナの鎖がキラリと輝き、散りばめられた真珠とアメジストが濡れたような光を放つ。
 ノアの母親が結婚するときに、前ランドロフ侯爵夫人――つまりノアの祖母からもらったもので、今回ノアが引き継ぐことになった。立場的にサミュエルが継いでもいいのだけれど、「似合うのはノアだ」と固辞されてしまったのだ。

 イヤリングは、グレイ公爵夫人から借りたものだ。これも、グレイ公爵家が代々継いできた宝飾品である。大きなバイオレットサファイアがプラチナの鎖から垂れ、雫のような潤いのある美しさだ。
 この大きさのものはもう手に入れるのは不可能と言われるくらい希少なもので、ノアは慎重に扱った。

 この二つの装飾品の傍には、結婚式にあたってしつらえたカフスボタンと、青と紫の花飾りがある。花飾りは、サミュエルが推したヴェールの飾りとして使うことになっている。

 正装と装飾品を並べて眺めてみると、なんとも華やかな雰囲気だ。明日これを纏う自分を想像して、ノアは少し胃が痛くなった。

(服と装飾品に、負けてる……)

 傍にある姿見に自分の姿を見て、ノアは目を逸らした。やはり地味な色味である。
 ここに揃えている服や装飾品を纏ったら、皆そちらばかりに注目して、ノアの印象が残らないのではないだろうか。
 そう考えたところで、『それはそれでありがたい?』と思い、ノアは苦笑した。

(主役はどうやったって目立つんだから、服や宝石に紛れて印象が残らないくらいがちょうどいいかも)

 壁際のベンチに座り、世話しなく動き回る使用人を眺める。
 明日は朝早くから支度をしなければいけないから、今日は早く寝るべきである。それが分かっていても、なんとなく落ち着かない気分で、意味もなく座ってぼぅっとしていた。

「ノア様」
「ロウ。お母様からブレスレットを受け取ったから、グレイ公爵夫人にお貸しいただいたイヤリングと一緒に持ってきたよ」

 夜更かしを咎められるのを察して、言い訳をする。ロウは何か言いたげに眉を寄せるも、すぐに諦念のため息をこぼした。ノアの言い訳に付き合ってくれる気になったようだ。

「それはようございました。――ハーブティーをお淹れしますか?」
「うん、お願い」

 寝かしつけることを完全に諦めたわけではないと示すようなお茶の選択に、ノアは微笑みをこぼしながら自室に向かう。
 このままここにいたら、使用人の邪魔になるし、本当に一睡もせずに明日を向かえてしまいそうだと自覚していたのだ。

 自室で、ロウが淹れてくれたハーブティーの香りを楽しみながら一服する。すると、少し気分が和らいだ気がした。
 この部屋までは、屋敷内の喧騒は届かない。静かな時の流れが、ノアを物思いに誘う。

「……サムシングフォーといいましたか」

 不意に、ロウが静寂を破り、囁くように言う。
 ノアは目を伏せたまま小さく頷いた。

「学園の図書室で見つけた本に書いてあったんだ。花嫁に幸せをもたらす四つのもの」
「古く伝統のあるものと、新しいもの、借りたもの、青いもの、ですね」

 ノアの言葉に続いて、ロウが呟く。これについては事前に話していたから、ロウも調べていたのだろう。

「――ランドロフ侯爵家で継承されるブレスレットは古いもの。カフスボタンは新しいもの。イヤリングはグレイ公爵夫人から借りたもの。そしてヴェールに添える青い花。……なんというか、ノア様って、結構ロマンチストですよね」
「伝統を大切にしているって言ってよ」

 少し揶揄うようなロウの口調に、ノアは上げてじとりと睨んだ。それに対して、ロウは微笑ましげな表情を浮かべる。

「でも、サミュエル様の花嫁として幸せになりたいという想いを込めているのでしょう? 純粋で可愛らしいと思いますよ。サミュエル様も喜ばれることでしょう」
「……そうかな。僕が勝手にしたことだから、気づかれないかもしれないよ」

 グレイ公爵夫人からイヤリングを借りるのは、サミュエルを介したから知っているだろう。その時、サミュエルは「なにも母から借りなくても、私が新しいものを用意するのに」と少し不満そうだった。
 それでも、ノアがねだったのを受け入れて、借りてきてくれたのだから、サミュエルは優しいしノア至上主義者だ。

「あのサミュエル様が気づかないわけがないと思いますけどねぇ」

 サミュエルに『あの』とつけて、ロウが呆れたように言う理由は、ノアも理解できる。サミュエルは色んなことに気づく力に長けているから。

「それは、そうだね」
「ただ、ひとつ懸念するべき点がありますね」
「懸念?」

 予想外の言葉に、ノアはきょとんと目を丸くする。
 そんなノアを、ロウがなんとも言いがたい表情で見つめた。

「……初夜に浮かれて、思考がいつも通りではない可能性がありますからね」
「しょっ……!?」

 ノアはビクッと震えた後に、動きを止めた。じっとティーカップに視線を向ける。今はロウの顔を見ることはできなさそうだ。
 じわじわと頬に熱が上り、落ち着かない。ロウはノアを寝かしつけようとしていたはずなのに、どうしてこのようなことを言うのかと、恥ずかしさを紛らわすために怒ってしまいそうだった。

「その初々しさも今日までかもしれないと思うと、なんだか寂しくなります」
「……僕を揶揄うの、やめてほしいんだけど」
「揶揄ってなどおりませんよ。本心です」

 チラリと見上げた先のロウの顔は真剣そのもので、ノアはなんと言うべきか分からず口を閉ざした。

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