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241.ひとときの安らぎ
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思いがけない現王との会談は、ノアになんとも言えない思いを残した。馬車に乗り、帰宅する途中も、ぼぅっと外を眺めて物思いに耽る。
サミュエルも同乗しているけれど、ノアがゆっくりと考えたいと思っているのを感じ取ったのか、いつもよりも静かだった。もしかしたら、サミュエルも現王に何か思うところがあったのかもしれない。
そんな二人の常とは違う様子に、ロウとザクは戸惑った雰囲気だ。理由を尋ねたそうにしていることに、ノアは気づいていたけれど、今は声を掛けない。
(一度過ちを犯せば、それをなんとかするために、さらに過ちを重ねてしまう……。僕も、これから本格的に領政を担っていくんだから、気をつけないと)
現王と対面し、謝罪をもらえたことで、ノアの中でわだかまっていた思いは幾分解消された気がする。積極的に王家と関わろうとは思わないけれど、手助けを必要とされれば断ることはないだろう。
特に、ルーカスが王位を継いだ後は、より近しい間柄になるはずだ。
(――ルーカス殿下の王位、か……。現王陛下は生前退位をお考えのようだったから、思っていたより近いのかも? でも、ご成婚もまだだから……ご成年の一、二年後にご成婚されるとして、王位継承はその後か……。やっぱり、近いなぁ)
指折り数えてこれからのことを考える。数年後にはルーカスが新王として立っていてもおかしくないと思うと、なんだか変な感じがした。
ノアが、あまり王子らしくない姿のルーカスばかり見ているからかもしれない。
(それまでに、貴族の規律を正していかれるようだから……いくつか家が減るのかな?)
貴族名鑑をめくり、ノアはいくらか予想がついた。
悪い噂がある家、領政が乱れている家など、挙げれば両手の指の数では足りないくらいある。長い歴史の中で、建国当初より貴族の数が膨れ上がっているから、いくつかなくなったところで、国への影響はさほどないだろう。
でも、それをやり遂げるには、貴族から反発があろうと負けないでいられるくらい、断固とした決意が必要だ。現王は既にその覚悟を固めているように見えた。
王として正しいあり方だろう。その覚悟を、どうして即位前から持っていられなかったのか。今さらノアが嘆いたところで仕方ないけれど、残念でならない。
「……ふぅ」
ノアは思わずため息をこぼす。すると、横から視線が向けられた。
「今日は疲れたね。ノアにとってはパーティーだけでも負担だっただろうに……本当に王家の人間は気が利かない」
サミュエルが不満そうに呟く。それがノアを気遣っての言葉だとは分かっていても、サミュエルの王家に対しての遠慮のなさには、つい苦笑してしまう。
ロウとザクが何事だと問いたげに、サミュエルとノアを見比べた。
「……まぁ、卒業式を終えた時の、学園から離れることへの感慨は、どこかに飛んでいってしまいましたけど」
ノアはクスリと笑いながら、冗談めかして言う。実際、ノアの中では既に、卒業式が遠い過去のことに思えるくらい、その後の時間が濃かった。
「そうだね。私はノアとの結婚に向けて心を浮き立たせていたというのに、水を差された気分だよ」
「……サミュエル様は、それくらいがちょうどいいのでは?」
サミュエルの日頃の振る舞いを考えると、少しくらいストッパーがあっていいと思う。
真剣な表情でそう告げるノアに、サミュエルが首を傾げた。
「おや、言うね。ノアだって、楽しみじゃないのかい?」
「……何を、ですか」
「結婚と、それからの新婚生活」
サミュエルはノアの顔を覗き込むようにして見つめながら、にこりと微笑む。そして、ノアの頬をくすぐるように撫でると言葉を続けた。
「――言い忘れていたけど、結婚式の後、二週間の休暇をもらっているからね」
「え? 本当に?」
「うん。ルーカス殿下が快く印を押してくださったんだ」
「……本当に?」
二度目の問いかけが疑わしげな響きになったのは仕方ない。サミュエルには、ルーカスを振り回してきた前科がありすぎる。確か、前回の長期休暇の際の休みも、だいぶ無理をして取得していたはずだ。
目を細めて見つめ返すノアの頬を、サミュエルの指先が軽くつまむ。
「そんなに疑わなくても。普通、結婚式の後は、休みを取るものだろう」
「……普通なら、最長でも三日程度ですよね」
「常識というものは、常に更新されていくものだよ」
「常に変わっていってしまったら、もう常識とは言えないのでは……?」
ノアはサミュエルの手に手を重ね、首を傾げるようにして擦り寄った。
その仕草を、サミュエルがじっと見つめる。その目に宿る熱は、日ごとに増していくように思えて、ノアはすっと目を伏せた。
サミュエルが我慢を重ねていて、その限界が近いのが伝わってくる。ノアもようやく覚悟は固まってきて、後は結婚式を無事に終えるのを待つばかりだ。
「私が言うことが常識になるんだよ」
「ふふっ、どこの暴君なんですか……」
茶目っ気のある笑みを浮かべるサミュエルに、ノアは吹き出すように笑った。唯我独尊のような発言に、まったく違和感を抱かせないのがすごい。サミュエルが言うならばそうかもしれないと、一瞬でも思い込まされてしまいそうだ。
サミュエルも同乗しているけれど、ノアがゆっくりと考えたいと思っているのを感じ取ったのか、いつもよりも静かだった。もしかしたら、サミュエルも現王に何か思うところがあったのかもしれない。
そんな二人の常とは違う様子に、ロウとザクは戸惑った雰囲気だ。理由を尋ねたそうにしていることに、ノアは気づいていたけれど、今は声を掛けない。
(一度過ちを犯せば、それをなんとかするために、さらに過ちを重ねてしまう……。僕も、これから本格的に領政を担っていくんだから、気をつけないと)
現王と対面し、謝罪をもらえたことで、ノアの中でわだかまっていた思いは幾分解消された気がする。積極的に王家と関わろうとは思わないけれど、手助けを必要とされれば断ることはないだろう。
特に、ルーカスが王位を継いだ後は、より近しい間柄になるはずだ。
(――ルーカス殿下の王位、か……。現王陛下は生前退位をお考えのようだったから、思っていたより近いのかも? でも、ご成婚もまだだから……ご成年の一、二年後にご成婚されるとして、王位継承はその後か……。やっぱり、近いなぁ)
指折り数えてこれからのことを考える。数年後にはルーカスが新王として立っていてもおかしくないと思うと、なんだか変な感じがした。
ノアが、あまり王子らしくない姿のルーカスばかり見ているからかもしれない。
(それまでに、貴族の規律を正していかれるようだから……いくつか家が減るのかな?)
貴族名鑑をめくり、ノアはいくらか予想がついた。
悪い噂がある家、領政が乱れている家など、挙げれば両手の指の数では足りないくらいある。長い歴史の中で、建国当初より貴族の数が膨れ上がっているから、いくつかなくなったところで、国への影響はさほどないだろう。
でも、それをやり遂げるには、貴族から反発があろうと負けないでいられるくらい、断固とした決意が必要だ。現王は既にその覚悟を固めているように見えた。
王として正しいあり方だろう。その覚悟を、どうして即位前から持っていられなかったのか。今さらノアが嘆いたところで仕方ないけれど、残念でならない。
「……ふぅ」
ノアは思わずため息をこぼす。すると、横から視線が向けられた。
「今日は疲れたね。ノアにとってはパーティーだけでも負担だっただろうに……本当に王家の人間は気が利かない」
サミュエルが不満そうに呟く。それがノアを気遣っての言葉だとは分かっていても、サミュエルの王家に対しての遠慮のなさには、つい苦笑してしまう。
ロウとザクが何事だと問いたげに、サミュエルとノアを見比べた。
「……まぁ、卒業式を終えた時の、学園から離れることへの感慨は、どこかに飛んでいってしまいましたけど」
ノアはクスリと笑いながら、冗談めかして言う。実際、ノアの中では既に、卒業式が遠い過去のことに思えるくらい、その後の時間が濃かった。
「そうだね。私はノアとの結婚に向けて心を浮き立たせていたというのに、水を差された気分だよ」
「……サミュエル様は、それくらいがちょうどいいのでは?」
サミュエルの日頃の振る舞いを考えると、少しくらいストッパーがあっていいと思う。
真剣な表情でそう告げるノアに、サミュエルが首を傾げた。
「おや、言うね。ノアだって、楽しみじゃないのかい?」
「……何を、ですか」
「結婚と、それからの新婚生活」
サミュエルはノアの顔を覗き込むようにして見つめながら、にこりと微笑む。そして、ノアの頬をくすぐるように撫でると言葉を続けた。
「――言い忘れていたけど、結婚式の後、二週間の休暇をもらっているからね」
「え? 本当に?」
「うん。ルーカス殿下が快く印を押してくださったんだ」
「……本当に?」
二度目の問いかけが疑わしげな響きになったのは仕方ない。サミュエルには、ルーカスを振り回してきた前科がありすぎる。確か、前回の長期休暇の際の休みも、だいぶ無理をして取得していたはずだ。
目を細めて見つめ返すノアの頬を、サミュエルの指先が軽くつまむ。
「そんなに疑わなくても。普通、結婚式の後は、休みを取るものだろう」
「……普通なら、最長でも三日程度ですよね」
「常識というものは、常に更新されていくものだよ」
「常に変わっていってしまったら、もう常識とは言えないのでは……?」
ノアはサミュエルの手に手を重ね、首を傾げるようにして擦り寄った。
その仕草を、サミュエルがじっと見つめる。その目に宿る熱は、日ごとに増していくように思えて、ノアはすっと目を伏せた。
サミュエルが我慢を重ねていて、その限界が近いのが伝わってくる。ノアもようやく覚悟は固まってきて、後は結婚式を無事に終えるのを待つばかりだ。
「私が言うことが常識になるんだよ」
「ふふっ、どこの暴君なんですか……」
茶目っ気のある笑みを浮かべるサミュエルに、ノアは吹き出すように笑った。唯我独尊のような発言に、まったく違和感を抱かせないのがすごい。サミュエルが言うならばそうかもしれないと、一瞬でも思い込まされてしまいそうだ。
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