上 下
241 / 277

241.ひとときの安らぎ

しおりを挟む
 思いがけない現王との会談は、ノアになんとも言えない思いを残した。馬車に乗り、帰宅する途中も、ぼぅっと外を眺めて物思いに耽る。

 サミュエルも同乗しているけれど、ノアがゆっくりと考えたいと思っているのを感じ取ったのか、いつもよりも静かだった。もしかしたら、サミュエルも現王に何か思うところがあったのかもしれない。

 そんな二人の常とは違う様子に、ロウとザクは戸惑った雰囲気だ。理由を尋ねたそうにしていることに、ノアは気づいていたけれど、今は声を掛けない。

(一度過ちを犯せば、それをなんとかするために、さらに過ちを重ねてしまう……。僕も、これから本格的に領政を担っていくんだから、気をつけないと)

 現王と対面し、謝罪をもらえたことで、ノアの中でわだかまっていた思いは幾分解消された気がする。積極的に王家と関わろうとは思わないけれど、手助けを必要とされれば断ることはないだろう。
 特に、ルーカスが王位を継いだ後は、より近しい間柄になるはずだ。

(――ルーカス殿下の王位、か……。現王陛下は生前退位をお考えのようだったから、思っていたより近いのかも? でも、ご成婚もまだだから……ご成年の一、二年後にご成婚されるとして、王位継承はその後か……。やっぱり、近いなぁ)

 指折り数えてこれからのことを考える。数年後にはルーカスが新王として立っていてもおかしくないと思うと、なんだか変な感じがした。
 ノアが、あまり王子らしくない姿のルーカスばかり見ているからかもしれない。

(それまでに、貴族の規律を正していかれるようだから……いくつか家が減るのかな?)

 貴族名鑑をめくり、ノアはいくらか予想がついた。
 悪い噂がある家、領政が乱れている家など、挙げれば両手の指の数では足りないくらいある。長い歴史の中で、建国当初より貴族の数が膨れ上がっているから、いくつかなくなったところで、国への影響はさほどないだろう。

 でも、それをやり遂げるには、貴族から反発があろうと負けないでいられるくらい、断固とした決意が必要だ。現王は既にその覚悟を固めているように見えた。
 王として正しいあり方だろう。その覚悟を、どうして即位前から持っていられなかったのか。今さらノアが嘆いたところで仕方ないけれど、残念でならない。

「……ふぅ」

 ノアは思わずため息をこぼす。すると、横から視線が向けられた。

「今日は疲れたね。ノアにとってはパーティーだけでも負担だっただろうに……本当に王家の人間は気が利かない」

 サミュエルが不満そうに呟く。それがノアを気遣っての言葉だとは分かっていても、サミュエルの王家に対しての遠慮のなさには、つい苦笑してしまう。
 ロウとザクが何事だと問いたげに、サミュエルとノアを見比べた。

「……まぁ、卒業式を終えた時の、学園から離れることへの感慨は、どこかに飛んでいってしまいましたけど」

 ノアはクスリと笑いながら、冗談めかして言う。実際、ノアの中では既に、卒業式が遠い過去のことに思えるくらい、その後の時間が濃かった。

「そうだね。私はノアとの結婚に向けて心を浮き立たせていたというのに、水を差された気分だよ」
「……サミュエル様は、それくらいがちょうどいいのでは?」

 サミュエルの日頃の振る舞いを考えると、少しくらいストッパーがあっていいと思う。
 真剣な表情でそう告げるノアに、サミュエルが首を傾げた。

「おや、言うね。ノアだって、楽しみじゃないのかい?」
「……何を、ですか」
「結婚と、それからの新婚生活」

 サミュエルはノアの顔を覗き込むようにして見つめながら、にこりと微笑む。そして、ノアの頬をくすぐるように撫でると言葉を続けた。

「――言い忘れていたけど、結婚式の後、二週間の休暇をもらっているからね」
「え? 本当に?」
「うん。ルーカス殿下が快く印を押してくださったんだ」
「……本当に?」

 二度目の問いかけが疑わしげな響きになったのは仕方ない。サミュエルには、ルーカスを振り回してきた前科がありすぎる。確か、前回の長期休暇の際の休みも、だいぶ無理をして取得していたはずだ。

 目を細めて見つめ返すノアの頬を、サミュエルの指先が軽くつまむ。

「そんなに疑わなくても。普通、結婚式の後は、休みを取るものだろう」
「……普通なら、最長でも三日程度ですよね」
「常識というものは、常に更新されていくものだよ」
「常に変わっていってしまったら、もう常識とは言えないのでは……?」

 ノアはサミュエルの手に手を重ね、首を傾げるようにして擦り寄った。
 その仕草を、サミュエルがじっと見つめる。その目に宿る熱は、日ごとに増していくように思えて、ノアはすっと目を伏せた。

 サミュエルが我慢を重ねていて、その限界が近いのが伝わってくる。ノアもようやく覚悟は固まってきて、後は結婚式を無事に終えるのを待つばかりだ。

「私が言うことが常識になるんだよ」
「ふふっ、どこの暴君なんですか……」

 茶目っ気のある笑みを浮かべるサミュエルに、ノアは吹き出すように笑った。唯我独尊のような発言に、まったく違和感を抱かせないのがすごい。サミュエルが言うならばそうかもしれないと、一瞬でも思い込まされてしまいそうだ。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...