内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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240. 王を知る

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 扉を開けて入ってきたのは、ノアの父親より少し年上に見える男だ。

(この方が、現王陛下……)

 ノアは不思議な感慨を抱く。遠目でその姿を見たことも、軽く挨拶をしたこともあるけれど、ここまで近くで会ったのは初めてだ。
 侯爵家の子息であるノアから見ても、雲の上の高貴な存在だと思っていたのに、実際に見ると、少し疲れた顔をした男にしか思えない。

「帰るところを呼び出してしまってすまないな、ノア卿」
「……いえ。ご挨拶できて光栄です、陛下」

 貴族の子息への正式な敬称をつけて名を呼ばれ、ノアは瞠目しながら礼をとる。
 現王の呼び掛け方は、ノアを一人の成年貴族として尊重するという意志の表れだった。

「サミュエル卿も。こうして話す機会は、あまりなかったか」
「そうですね。父が当主ですから」
「ああ。……王太子が世話になっている。息子たちが世話を掛け通しで、すまないな」
「それほどでも」

 サミュエルは現王に対して、あまり敬った態度を見せなかった。現王の方も、それを気にしていない様子だ。

 そして、ノアは『息子たち』という言葉の含みに、目を伏せた。長くサミュエルの婚約者であったライアンのことを思い出したのだ。
 本来はサミュエルが王太子の伴侶になり、この王の義理の息子になっていたのだと思うと、今の状況が改めて不思議なものに思えた。

「座ってくれ」

 現王に促されて、ノアたちもソファに座り直す。ドムスが涼しい顔でお茶とお菓子を用意して部屋を出ていくまで、誰も口を開かなかった。

「――今日は、ノア殿に謝罪をしておこうと思って、呼び出したのだ」

 唐突に話し始めた現王に、ノアは少し目を細める。正直、謝罪と言われても、どれのことだろうかと悩んでしまったのだ。

「王妃殿下のことですか?」

 問い掛けたのはサミュエルだった。

「――自己顕示欲が強く、権威欲にとりつかれていらっしゃる王妃殿下なら、ノアに会えると分かれば、この会談に乱入してきたことでしょう。それがないのでしたら、陛下は一切悟られないよう、この会談の場を用意したということです。王妃殿下に知られたくない話なのでしょう?」

 言葉を続けたサミュエルに、現王が苦み走った顔を小さく歪める。

「……相変わらず、一を聞いて、十も二十も知る男だ」
「お褒めのお言葉、ありがたく頂戴いたします」

 現王の顔にはっきりと「褒めてない」と書かれていても、サミュエルは一切気にしなかった。傍で聞いているノアの方がヒヤヒヤしてしまう。
 サミュエルのことを知り、慣れたと思っていたけれど、限度があるだろう。

「……私の息子たちも、グレイ公爵家の三兄弟のように優秀であれば、なにも問題がなかったのだが――」
「ないものをねだっても仕方のないことです。それに少なくとも、ルーカス殿下は致命的な間違いは犯さないでしょう。上に立つ者は全てに優れている必要はないですし。必要なところに必要な人を配置できる知性と、それなりのカリスマ性、決断力があれば十分です」

 サミュエルが現王の愚痴をバッサリと切り捨てる。
 ノアも、現王の言いようには『ちょっと、それはどうなの?』と思っていたから、少しだけ気が晴れた。

「……それは、私への当て擦りか?」
「滅相もない。ですが、そう思われるのでしたら、身を慎まれた方がよろしいかと」

 黙り込んだ現王に、サミュエルが首を傾げる。

「――それで、王妃殿下について、なにを謝罪なさろうと思われたのですか?」

 現王の心情を一切斟酌しないサミュエルに、ノアまで緊張してきてしまった。

「はぁ……」

 部屋に入ってきたときよりも一層疲れた表情になった現王が、軽く額を手のひらで押さえる。

「――分かっていたことだが、随分と手厳しい。公爵家一、私を嫌っているという噂は事実だったか」
「それはどうでしょう。父もなかなかだと思いますが」
「まぁ、それはそうだろうな」

 ため息をついて様々な感情を呑み込んだ現王が、ノアに視線を向ける。
 ノアは自然と姿勢を正して、その視線を受け止めた。

「――ノア卿。先般は、王太子の失礼な依頼を受け入れ、王妃の失地を回復する機会を与えてくれたこと、心から感謝する。そして、これまでに私が直接貴殿に謝罪しなかったことを含め、たくさんの迷惑を掛けてきたことを謝罪させてもらいたい」

 現王が小さく頭を下げた。私的の場であっても、これが王という立場では限界の謝罪の仕方だろう。その分、心からノアに謝意を示していることが伝わってくる。
 ノアは思わず息を呑んで、その姿を凝視した。

「それは、かつて罪を犯した者への処罰を、軽いものにしたことについても含んでいますか」

 厳しく追及するサミュエルに、現王の視線が移る。

「……ああ、その通りだ。――当時、カールトン国と我が国は、微妙な関係だった。それは私が招いた事態だ。それゆえ、王妃を強く諌めることができなかった。結果的に、その皺寄せがノア卿に向かい、罪を犯した者を見過ごすような判断を下した」

 懺悔するような苦しい声音だった。
 現王がカールトン国との関係を微妙なものにしたというのは、間違いなく王妃との結婚を前に他の女性との間に子を作ったことだろう。隠していたって、バレるのは不思議ではない。

 その結果、王妃のわがままを許し、唯々諾々とその言動に従っていたというなら、現王をかばう言葉はない。それは王として間違ったあり方だからだ。

「ノア卿」

 呼び掛けられて、ノアはいつの間にか目を伏せていたことに気づく。視線を上げると、申し訳なさそうな顔をした現王が、ノアを見つめていた。

「――私を許す必要はない。私は自分が許されないことを知っている。だが、願わくば、王太子に王位を継がせるまで、私がこの国の王であることを受け入れてほしい。もう二度と、誤りは繰り返さない。国を正し、ルーカスに引き渡す。その後に、王妃と共に、全ての罰を受けるつもりだ」

 覚悟の籠った声音に、ノアは目を見開く。その横で、サミュエルは見定めるような目を現王に向けていた。

「……分かりました。僕がなにかを言う立場だとは思いませんが……どうぞ、ご自愛くださいませ」

 現王が言う全ての罰が指すものを、厳密に理解することはできなくとも、生半可な意志で紡げる言葉とは思えなかった。
 どうにも自罰的な感情が窺える現王に、ノアはただ思いつめないでほしいと願う。

 人は誰だって、間違いを犯すことがある。それが時に致命的になりえることもある。
 それが分かっているから、ノアは反省し改善しようと努力している人を、責めたいとは思えなかった。

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