内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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239.思いがけない招待

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 ルーカスと話したのを皮切りに、次々にやって来る貴族たちの相手をすることになった。ノアは疲労困憊である。そんな表情は見せることができないから、必死に笑顔を保っていたけれど。

 途中からは、サミュエルが上手く話を切り上げてくれたり、ノアと同じ卒業生たちがさりげなく親をとめてくれたりしたので、なんとかパーティーの最後まで脱落せずにこなすことができた。

「――結婚式への参列、とても楽しみにしています。きっとお美しいんでしょうね……」
「ありがとうございます。僕も、またお会いできるのが楽しみです」

 最後に話したのは、ノアが友人枠で結婚式に招待した伯爵令息だ。サミュエルが厳選した、ノア信者と称される内の一人である。

 頬を染めてうっとりとノアを見つめる令息だけれど、ノアからすれば、この令息の方が可愛いと思う。見るからに庇護欲をそそられるような容姿をしている。

 でも、サミュエル曰く「見た目は羊。中身は猛獣」らしい。言葉の意味はいまいち分からないが、「ノアには害がないし、今後も社交界を上手く渡って情報操作していくタイプだから、味方にすれば心強いはずだよ」と太鼓判を押されたので、仲良くしていきたいと思う。



 パーティーが終われば、大ホールから少しずつ人が減っていく。
 ノアもサミュエルに連れられて外に向かっていたのだけれど、横手から声を掛けられて振り向いた。

「――ランドロフ侯爵家ご令息様」
「はい……?」

 お仕着せを着こなした壮年の男が、ノアに恭しく頭を下げている。どこかの家の執事だろうかと、ノアが困惑して見つめていると、サミュエルから答えがもたらされた。

「……宮宰きゅうさいか」

 ノアは目を丸くする。宮宰といえば、王の私事のみならず、公務の補佐までこなすという、優秀な者に与えられた役職だ。
 そんな人がノアになんの用だろうかと、疑問に思う。

「はい。ドムスとお呼びくださいませ。本日は突然のことで大変恐縮ではありますが、主人からぜひご令息様にご挨拶をしたいとのことで、お声掛けさせていただきました」

 主人。それはつまり、現王のことである。
 ドムスはまっすぐにノアを見つめていた。現王が誰に会いたがっているかなんて、最初の声掛けと合わせて考えればすぐに分かる。

(……そういえば、さっきのパーティーで、陛下とお話しする機会がなかったなぁ)

 ノアは現実逃避気味に考える。
 ルーカスと話していたから、王家との挨拶は済んだと思っていたけれど、それでは駄目だったのか。サミュエルも挨拶を提案しなかったから、それでいいものだと思っていたのだ。

「騒ぎになるのも、王家のために利用されるのも困るから、挨拶はしないと約束していたはずだけど」
「もちろん、それは伺っておりますとも、グレイ公爵家ご令息様。ですから、パーティーでのご挨拶はされませんでした」
「……私は、限定したつもりはないんだけどね」

 サミュエルが不服そうに言う。どうやら事前に、王家と挨拶に関する取り決めをしていたらしい。
 聞かされていなかったノアは、サミュエルをチラリと見上げてから、どうしようか悩んだ。

 現王に呼ばれているならば、いち貴族として断ることはできないだろう。
 それに、ドムスが声を掛けてきたのが、人目につきにくい場所と時間を選んでのことだと分かると、十分に配慮をしてもらっていると言える。実際、今もノアたちのやりとりに注目する者の姿はなかった。

 つまりは、断る余地なんてどこにもないのだ。
 再びサミュエルを見上げると、不満そうに眇めた目をドムスに向けていても、ノアを止める言葉はなかった。

「……分かりました。謹んで招待をお受けいたします」
「ありがとうございます。では、こちらへ」

 当然のように導かれて、ノアはサミュエルと共に大ホールの中に戻る。
 通常の出入り口とは別の扉を通ると、豪華絢爛な装飾が施された廊下があった。来賓者用の空間である。その先にはいくつか扉があり、ノアたちが通されたのは一際大きくて豪奢な部屋だった。

「こちらでお待ちください」

 ノアたちが応接スペースのソファに腰かけたところで、ドムスが恭しく頭を下げてから去っていく。主人である現王を呼びに行くのだろう。
 残されたノアは、日頃入ることのない特別室を興味深く眺めてから、サミュエルに視線を向けた。

「……それで、王家の方とどのような事前の取り決めがあったのですか? あと、陛下はどのようなご用件で、僕に声を掛けてきたのでしょう?」

 聞きたいことはたくさんあり、サミュエルの返事を待たずに質問を重ねる。
 静かにパニックを起こしているノアを見てとったサミュエルが、苦笑してノアの手に手を重ねた。
 冷たくなった手に、サミュエルの体温がしみいるように温かく感じられて、ノアの緊張が少し和らぐ。

「大丈夫だよ。――私が王家と決めていたのは、ノアと直接話すのはルーカス殿下だけにすることだ。王家に関わると、なにかと騒がしいことだらけだし、ノアの負担になるだけだと思ってね。それに、王妃のお茶会に招かれたばかりで、陛下とも挨拶すると、王家に近づきすぎている印象ができるかもしれない。ノアは歓迎しないだろう?」
「……はい、それは、もちろんです。王妃殿下との交流も、最小限にしようと思っていましたから」

 ノアは素直に答える。
 王妃に対する心のわだかまりが全てなくなったわけではない。ルーカスの依頼は最低限こなしたし、これ以上王家に近づくつもりはなかった。

「うん。そう思ったから、事前に挨拶は断っておいた。――それが、こんなやり方をするなんてねぇ……」

 静かな憤懣が声に滲んでいた。今度はノアの方が、サミュエルの手に触れて宥める。

「お気遣いありがとうございます」
「礼を言われるほどのことではないけど」
「それでも、僕は嬉しいと思ったので。――それで、陛下はどうして、サミュエル様を不機嫌にさせるかもしれないと分かっていて、呼び出したのでしょうか」

 王という立場にある者が、暗躍を装って大々的に動き回っているサミュエルの性格を理解していないわけがない。
 その点を踏まえて、改めて問い掛けると、サミュエルは思案げに目を細めた。

「……さてね。正直私は、父たちほど、陛下のことを知らないから。予想はできるけど――」

 なにかを言い掛けたサミュエルの言葉が止まる。
 それと同時に扉が叩かれた。

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