内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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237. 卒業式とパーティー

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 卒業式が始まる直前に、現王と王妃の入場が宣言される。
 その時には、卒業生とその保護者は所定の位置についていて、恭しく礼をとった。

「――顔を上げよ」

 落ち着いた声音が大ホールに響く。
 ノアは周りの動きに合わせて姿勢を正し、王家を見上げた。

 威容ある雰囲気の現王がまず視界に入る。その隣には、美しいドレスを身に纏った王妃が寄り添うように立っていた。王妃の反対隣にはルーカスがいて、先ほどまでの軽い雰囲気はなくなり、次期王としての威厳さえ感じるような立ち姿だ。

 日頃は王家への不信を囁く者も多かった卒業生たちでも、自然と敬いの目を向ける雰囲気があった。思惑通りの成果だと言えるだろう。

「本日の良き日。共に祝えて嬉しく思う。これより成年貴族となる者たちに、最大限の祝福を送ろう」

 示された祝意に、卒業生が頭を下げる。まだ式の開始が宣言されていないとはいえ、すでに浮わついた雰囲気はなくなっていた。

「――それでは、これより第九十八回卒業式を開始いたします」

 司会の言葉を受けて、視線を壇上に向ける。学園長が穏やかな笑みを浮かべて、祝意の挨拶を始めた。


 ◇◇◇


 卒業式は、サミュエルの挨拶で感動のあまり泣く者が出たり、王妃からの祝辞で一瞬白けた雰囲気になってしまったりなどのハプニングはあったものの、概ね滞りなく終わった。

 そして、ノアにとって一番苦手な、立食パーティーが始まる。立食という名前だからって、食事に専念してはいけない。むしろ、食事はほぼできないと思っていい。
 笑顔で互いを探り合う時間である。

 多くの卒業生が、成年貴族として最初になるパーティーに意気揚々と臨んでいるのが、ノアの目にもありありと分かった。

「……皆さま、興奮していらっしゃいますね」

 配られたグラスを手に、ノアは小さく苦笑した。
 少しばかり、やる気が空回りしているような者たちが見受けられて、後から家で叱られるのだろうなと察したのだ。

「そうだね。ノアは落ち着いていていいと思うよ」
「……心臓が、飛び出そうですけど」
「ははっ。そんなことになったら、皆仰天するね」

 笑うサミュエルに、ノアは「笑い事じゃないのに……」と小声でこぼす。ノアは事実をそのまま口にしたにすぎないのだ。

 そんな会話を交わしながら、親密な雰囲気で寄り添うノアたちに、周囲の貴族たちは少し距離をとっていた。
 話しかけたいけれど、タイミングがつかめない。誰か先に行け。という声が伝わってきそうな雰囲気を、ノアは努めて気づかなかったふりをした。

 ノアたちの方から気遣わなくとも、いずれせきを切ったように話しかけてくるのは間違いないのだ。その時間を少し遅らせようと足掻くのは許してほしい。

「――なんだ。二人は猛獣か何かか?」

 揶揄するような声がかかり、ノアはサミュエルとの会話を止めて視線を移した。グラスを手に近づいてくるルーカスに、礼をとる。

「まさか。皆さま、婚約者同士の会話に、ご配慮してくださっているのでしょう」
「俺は配慮がない邪魔者みたいな言いぐさだな」
「気のせいでは?」

 サミュエルとルーカスの軽快な会話が始まる。公的な場であるため、サミュエルの口調には硬さがあるけれど、わりと容赦のない言いようである。

 ノアはルーカスの楽しそうな顔を見て、目を細めた。先ほどまで王たちの傍で浮かべていた澄まし顔よりも、よほど魅力的な表情である。
 近くにいる令息令嬢が、目を惹きつけられて見惚れるような表情になるのも納得だ。

(そういえば、ルーカス殿下の正妃は決まっていても、側妃となる方の話は聞かないなぁ)

 そろそろ候補くらいは示されていてもいいはずなのに、一切話題にならないのはどうしてだろうか。
 正妃との成婚が遅くなる予定であることは知っている。それに合わせて、側妃の選定も遅れているのかもしれない。結婚するのも、子を作るのも、順序を守る必要がある。正妃に長く子ができないならばともかく、側妃の子が先に生まれてしまうのは良くないのだ。

 その当然のルールを考えると、現王の昔の行いは、やはり当時のグレイ公爵から強く非難されたことだろう。ハミルトンを隠し、一切王家と関わらせず育てたのにも、相当の苦労があったはずだ。

 ノアは遠くの方に見える現王とグレイ公爵の微妙な位置関係から、そっと目を逸らした。あまり関わりたくない雰囲気である。
 グレイ公爵は現王に表立って批判を向けていないけれど、その内心がどうであるかは、なんとなく窺い知れた。

「――ノア? 疲れたかい?」
「え……あ、いえ。少し違うことに気が向いてしまっていただけです。申し訳ありません」
「大丈夫なら、いいけど」

 心配そうな表情を見せるサミュエルに、ノアは微笑みかける。
 緊張して疲れているのは確かだ。でも、こんなすぐに白旗をあげて休むわけにはいかない。成年貴族の責任は、そう簡単に放り投げていいものではないのだ。

「まだ始まったばかりだけどな。相変わらず過保護だ」

 ルーカスが僅かに呆れた表情で肩をすくめるので、ノアは気恥ずかしくて目を伏せる。言われていることは事実だから、反論できない。

「殿下に言われることではありませんけど。……王妃に関して売りつけた恩、容易く忘れてしまっては困りますよ」
「分かってる。ノア殿のことは、俺の名にかけて守るさ。二人に最大限配慮すると言っただろう」

 サミュエルとルーカスが小声で囁き合う。
 ノアは初耳の言葉があり、静かに目を瞬かせた。ルーカスがノアを守るとか、ノアたちに最大限配慮するとか。いったいどういうことだろうか。まさか、二人の間で、そのような裏取引があったということか。

「当然です。……あぁ、そういえば、ご報告しておくことがありました」
「……なんだ?」

 にこりと笑うサミュエルに、ルーカスが少し警戒感を窺わせる。言葉に裏が感じられたからだろう。
 ノアは話についていけず、小さく首を傾げて展開を見守った。

「殿下が筆頭となり進めている道路整備計画の第一段が、王都とランドロフ侯爵領間の公道整備になるよう根回しを済ませました。執務に戻られましたら、至急のサインと、陛下に奏上をお願いいたします」
「……なんだって?」

 ルーカスが目を丸くして、驚きの声をもらす。ノアも無言で目を瞬かせた。これも、初耳の話だった。


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