内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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233. 言葉遊び

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 お茶会の後、国内の治世の乱れに繋がる王妃の問題は、少しずつ改善していった。王妃の権威も、これまで通りとは言えないけれど、最低限の安定を取り戻す。

 その雰囲気を感じ取っているのか、学園で過ごす令息令嬢の顔にも、穏やかな安堵感が滲んでいるように思えた。

「卒業を迎える、解放感かもしれないけど……」

 ノアは自分の思考にささやかな否定を返して微笑む。
 講義室の窓から見える景色は今までと変わらないのに、寂寥感を覚える。ノアの心を反映しているのだ。

 講義室内に視線を転じると、サミュエルの周囲に集う令息令嬢の姿があった。
 卒業まで残り三日に迫った今、彼らはサミュエルの傍で談笑できる機会を逃すまいと、気合いを入れているようだ。

 ノアはその熱意に、少し腰が引けている。幸い、ノアの方へは相変わらず遠慮がちであるので、サミュエルを遠巻きに眺めていられて助かっているけれど。

「――そういえば、ご存知ですか?」

 不意に男の声がノアの耳に響いた。その声の主は、伯爵家の令息。サミュエルを囲む面々に、何かを得意気に語ろうとしているようだ。

「なんでしょう?」
「カールトン国の王に、傍系のロードンという方が、就くようですよ」
「まあ、傍系の?」

 令息令嬢の間で驚きの声が上がる。
 ノアにとっては今さらの情報だけれど、彼らにとっては驚くべき新事実なのだ。

(あのご令息、たしか、外交を担う大臣の家の――)

 ノアは脳内の貴族年鑑をめくり、伯爵令息の情報を思い出す。
 サミュエルは置いておいて、彼がカールトン国の情報に詳しい理由を悟った。

「……それでは、国の威信も低くなるでしょうね」

 危惧する声に、口々に同意の言葉が返っている。

「というか、あの国に、威信なんてもはやないのでは?」

 皮肉っぽい声には、笑いが起きた。
 彼らにとっては、カールトン国での出来事は、対岸の火事にも等しいくらい、どうでもいいことであるようだ。

「でも、我が国の王太子殿下は、あの国の血を引いているわけで――」

 誰かがポツリと呟く。一瞬で笑いが静まり、凍りついたような空気が流れた。
 頭の隅には当然その認識があっただろう。でも、言葉にすることで、その事実のまずさを、みんなが実感したようだ。

「……さほど、影響はないのでは?」
「で、ですよね。カールトン国なんて関係なく、素晴らしい王太子殿下であられることは、間違いないのですから」

 誰もが、サミュエルを伺うようにしながら、ルーカスを持ち上げて称賛する。
 サミュエルはただ穏やかに微笑んでいた。

(なるほど。サミュエル様の影響力は素晴らしい。側近にと望んだルーカス殿下の、先見の明があったということかな)

 微笑みひとつで貴族の令息令嬢を操るサミュエルを、ノアは内心で褒め称えた。ついでに、ルーカスも。

(――ルーカス殿下といえば、カールトン国から危害を加えられる可能性を示唆されていたけれど……ご無事なのかな。ライアン大公閣下や王妃殿下もだけど)

 カールトン国に関わる騒動は、表面上は片づいたように見えても、水面下では怪しい影が蠢いている。
 ノアはなんだか落ち着かない気分になった。

「そろそろいいかい?」

 ノアが気を逸らしているうちに、サミュエルを囲む面々の話題は、どこかの貴族家の噂話に変わっていた。
 ハッと顔を上げると、歩み寄ってくるサミュエルの姿が視界に映る。

 ノアの傍へと歩むサミュエルを引き留める者は一人もいない。憧憬さえ浮かべた眼差しが、サミュエルの背を追っていた。

「――ノアの心に憂いをもたらすものは、なんだろう?」

 サミュエルがノアの顔を覗き込む。離れたところにいたのに、すぐさまノアの感情の変化に気づくとは、さすがというべきか。
 ノアはそれが愛情ゆえだと悟り、少し恥ずかしくなってしまうけれど。

「……いえ、大したことではないのです」
「ふ~ん……?」
「……ただ、そろそろ卒業かと思うと、学園で過ごした日々を思って、少し寂しさを感じていただけで」

 納得していない様子のサミュエルに、ノアは嘘ではない言葉を返す。
 本当に悩んでいたのは、カールトン国の干渉によるルーカスたちへの影響についてだ。
 でも、それをここで言葉にするわけにはいかない。ノアたちの会話に聞き耳を立てている者が多すぎる。

「寂しい、か……。私は、ようやくノアと結婚できると思って、ウキウキしているけど」

 サミュエルはノアの言葉が本心ではないと気づいているだろう。それでも、ノアに合わせて返事をしながら、茶目っ気のある笑みを浮かべる。

「ふふ、ウキウキですか。サミュエル様には、あまり似合わない言葉ですね」

 ノアはサミュエルの優雅な雰囲気と言葉のギャップに、思わず笑ってしまった。
 そんなノアに、サミュエルは肩をすくめる。

「そうかい? ノアと共にいる時は、いつだって浮き足立った気分なんだけどね」
「本当に? サミュエル様は優雅で冷静でいらっしゃる。……たまに、驚いてしまうほど、……熱心ですけど」

 サミュエルの欲の滲んだ行動を表す適切な言葉が見つからない。付け加えた言葉は曖昧で、声は自然と消え入りそうなほど小さくなった。

「熱心か。確かに、ノアを愛するのに、私は熱意を燃やしているけど」
「……なんだか、言葉を間違えた気がします」

 面白そうに笑うサミュエルを、ノアは頬を赤く染めて、じとりと見つめた。

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