内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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232. じゃれあい

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 なんとか王妃との距離感を保ちつつ、お茶会を終える。
 事前に悩んでいたほどのハプニングは起きなかったけれど、社交の場というだけで、ノアはヘトヘトに疲れきっていた。

 帰りの馬車の中。王城が見えなくなったところで、背もたれにぐったりと寄りかかる。

「ずいぶんと、疲れてしまったようだね」

 当たり前のように馬車に同乗しているサミュエルが、ノアの顔を覗き込んで囁く。ノアの頬にかかる髪を指先で払い、ついでとばかりにキスを落としてきた。

 ノアとは対照的に、サミュエルはいつもとまるで変わらない様子である。王妃とのお茶会なんて、サミュエルの普段を考えたら、児戯にも等しいのかもしれない。

 サミュエルの余裕が、羨ましくて恨めしい。ノアはどうがんばっても、サミュエルのように社交をこなせるとは思えない。

「おや、ご機嫌も麗しくないようだ」

 揶揄うように、サミュエルが言う。目を細め、いかにも楽しそうな雰囲気だ。
 ノアのじとりとした眼差しを受けて、揶揄う余裕があるのだから、ノアが何を言っても無駄な気がする。本気で嫌がったら、あっという間に態度を変えるのだろうけれど。

「……改めて、僕は社交が苦手だと実感しました」
「十分上手く対応していたと思うけどね?」

 頬に、目蓋に、耳元に――サミュエルからのキスが降り注ぎ、くすぐったい。でも、同時に伝わる熱が、ノアの心を労り、癒してくれるように感じられた。
 これでは、拒否する言葉さえ口にできない。

「……ん……でも、ほとんど、サミュエル様が、対応してくださいましたし」

 唇が軽く重なり、無意識に甘い吐息が漏れた。ノアの首裏にサミュエルの手が回り、逃れられない。逃れる気もなかったけれど。

 熱く湿った息を混じりあわせるように、重なっては離れ、互いの唇の感触を楽しむ。

「それでいいんだよ」

 不意にサミュエルがノアの瞳を覗き込んだ。
 ノアは伏せていた目蓋を上げ、サミュエルの瞳に魅入る。

 窓から差し込む光を取り込んで、キラキラと光る瞳が美しい。
 これほどまで間近でこの瞳を見つめられる自分は、なんと幸せなのだろうと、ノアは根拠もなく考えて、うっとりと微笑んだ。

「――社交は、私が担うのだと、侯爵も夫人も言っていただろう?」

 ノアの陶然とした眼差しに煽られたように、サミュエルの瞳に滲む熱が勢いを増す。それは欲情を示すものだった。
 でも、声は理性を失わない。ノアの心を慰憮するように口づけを繰り返しながら、穏やかに語り掛けてくる。

「そう、言われては、いますが……」
「最低限のことは、ノアにも頼むけどね。……でも、それさえ逃れる方法があると、ノアは知っているかい?」

 唇に熱い息がかかる。フッと微笑んだ気配を感じて、ノアは目を瞬かせた。

「なんですか?」

 サミュエルが僅かに顔を離し、再び瞳に焦点が合う。なんだかとても楽しそうだった。その声に期待さえ滲んでいるように思える。

 すり、と鼻先をすりつける仕草に色気を感じて、ノアは頬を赤く染めた。甘い戯れに、急に羞恥を覚える。

 今まで当たり前のようにキスを受け止めていたというのに、サミュエルの行動に呑まれていた理性がよみがえると、すぐこれだ。
 ノアは制御の効かない自分の感情に、毎度のことながら困ってしまう。

「それはね……」

 恥じらい目を伏せるノアを見つめ、サミュエルがひっそりと笑みを浮かべる。
 ノアの耳元にキスを落とし、ついでとばかりに耳たぶを食み、舐めると、吐息ごと言葉を流し込むように、囁きかけた。

「――妊娠」
「っ……サミュエル様、さすがに、それは、気が早いですっ……!」

 あまりに明け透けな言葉に、ノアは一瞬で首筋まで赤く染め上げた。
 妊娠とは、生き物として当然の営みである。でも、それに至るまでの行為を考えると、初なノアが動揺するのは当然だった。

 サミュエルは赤く染まった耳を食み、フッと笑う。

「うん、分かっているよ。結婚した後の話だ。でも、ノアが前向きなようで良かったよ」
「まっ……うぅ、……それは、当然、でしょう……! 僕だって、貴族ですからっ。後継者の必要性は、理解しています!」

 ノアは顔を覗き込んでくるサミュエルに、半ばパニックになりながら、そう返していた。ノアらしくない、反抗的な言い方をしてしまったけれど、羞恥が滲む声はサミュエルにとって可愛らしく感じられるだけのようだ。

 機嫌良さそうに、サミュエルがにこにこと微笑み、ノアの唇にキスを落とす。
 ノアは何か言ってやりたい気分だったけれど、あいにくと、ふさわしい言葉が出てこなかった。

「……毎回のことながら、私たちの存在、忘れ去られていますね」
「だから、私は同乗するのが嫌だったんですよ。ロウ殿、どうして私を引き込んだのですか」
「侍従仲間じゃないですか。一蓮托生です」
「道連れの方が適切な言葉では?」
「そうとも言いますね」

 ノアたちの向かい側の席から、ロウとザクの声が聞こえる。疲労感が滲み出た雰囲気だ。

「……それで、いつ止めます?」
「やらかしているのは、あなたの主人なんですから、どうぞお好きに」
「襲われているのは、あなたの主人では? 保護義務の放棄はいかがかと思いますが」
「なんとでもおっしゃってください。ご当主様には、明確なマナー違反にならない限りは、もう報告するなと言われていますし、現状は黙認するしかありません」
「……それ、侯爵様に諦められてません? うちのご主人様、別に暴走しているわけでは……いや、してるか」

 恥ずかしさが募り、もう我慢できなかった。
 ノアは目の前のサミュエルの胸を押し、精一杯の拒否を伝える。顔を逸らすと、頬に唇が触れた。

「――もう、駄目です! めっ……!」

 思わず幼い子どもを叱るような言い方をしてしまった。
 サミュエルがゆっくりと離れながら、きょとんと目を瞬かせる。

「……子育ての練習かい? 可愛いけど、ノアの方が、気が早いね」
「っ……違いますっ」

 揶揄うサミュエルに、ノアは顔を真っ赤にして、首を振ることしかできなかった。

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