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231.王妃の望み
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「――できるだけ、他人と距離をとってほしいというだけだよ」
軽い調子で片づけるサミュエルに、ノアは苦笑する。
「努力はしますけど」
そう答えるのが精一杯だった。
不意に視線を感じて、ノアは姿勢を正す。王妃がノアたちを見ていた。つられるように、令息令嬢の視線もノアたちに向けられる。
「もうすぐ、ノアさんたちはご結婚するのでしょう? 結婚式はどちらで?」
微笑みの裏に期待が滲んでいた。それが意味するところを、ノアは敏感に察して、答えを迷う。
「……王都で式を挙げた後、領地でお披露目のパーティーを開く予定です」
「まぁ、素敵。そうだわ。式には、わたくしも参列しようかしら――」
予想通りの提案だった。というより、このお茶会そのものが、ノアへと近づき、結婚式に参列する権利を得るためのものだったのだろう。
立場が揺らいでいる王妃は、ランドロフ侯爵家の結婚式に参加できる権利を、喉から手が出るほど欲しているのだ。
国一番の貴族であるグレイ公爵家の令息と、それに次ぐ貴族であるランドロフ侯爵家の令息が結婚する式は、多くの貴族が憧れる社交の場であるといえる。参加できれば相応の優越感をもたらすことだろう。
「王家からは、すでにルーカス王太子殿下のご参列が決まっています」
サミュエルがバッサリと王妃の提案を切り捨てる。
王妃の表情が一瞬固まった。令息令嬢がこっそりと視線を交わし、王妃に気づかれないよう、ため息をこぼしている。
「ま、まぁ……ルーカスが……。でも、わたくしが一緒に参列しても、いいのではないかしら。その方が、箔がつくのではなくて?」
「箔? ……王妃殿下がどうお考えかはさておき、すでに招待客は決まっていますので、今さら変更するのは難しいです。警備の問題もありますし」
ノアはサミュエルが付け加えた言葉に頷いた。
招待客を増やすと、相応に料理や席の手配など、やることがたくさん出てくる。その中でも最も大きな問題が、警備だ。
ルーカスの参列は早いうちに決まっていたので、騎士を十分に確保している。でも、王妃まで参列するとなれば、現在の警備体制では足りないだろう。
「あら、警備なら、わたくし付きの騎士たちを連れていけば――」
「御身を近くで守る者は、当然各自で用意していただきますが、会場の警備はそうはいきません」
食い下がる王妃に、サミュエルは首を振り、拒否する。ここまで断固とした態度を貫かれたら、普通の相手は諦めるだろうに、王妃にその様子はなかった。
不満そうに目を眇める王妃を見て、ノアは小さく首を傾げる。純粋な疑問が浮かんだのだ。
「式への参加の許可を、陛下から得られているのですか?」
それならば、王妃がここで提案するまでもなく、ノアは父から話を聞いて対応していたはずである。
言外にそのことを告げると、王妃は気まずそうに視線を逸らした。
「……いえ。でも、あなたたちが受け入れるなら、陛下は許可をくださるはずで――」
「問題外ですね。なぜ私たちが頼んでいるわけでもないのに、陛下から許可を得る手伝いまでしなければならないのですか」
サミュエルの声が冷たい。
令息令嬢がヒヤヒヤしている気配が伝わってくるけれど、ノアにとってはもう慣れたもので、焦る必要性を感じなかった。
「王妃殿下――」
ノアはゆったりとした口調で声を掛ける。サミュエルほど冷たく拒むつもりはない。でも、王妃の提案が『わがまま』と称されるものであることは理解していた。だから、受け入れるつもりはない。
上目使いでノアを見つめ返してくる王妃は、庇護欲をそそるような可憐さがあるけれど、その瞳の奥に計算高さが潜んでいることを隠しきれていない。
社交に不馴れなノアでさえ気づくのだから、サミュエルは初めから承知していたことだろう。
「僕たちのお祝いのために、参列を考えてくださったことは、大変嬉しく、光栄に存じます。ですが、王家からはルーカス王太子殿下に参列いただくだけで、十分だと思っています。サミュエル様がお世話になっている方ですし」
ノアはサミュエルを見上げて微笑む。
「――王妃殿下のお忙しい時間を煩わせるつもりはございません。お祝いのお心だけ、ありがたくいただきたく存じます」
王妃に対して、小さく頭を下げる。へりくだりすぎず、貴族としての誇りを表しながらも、王妃への配慮は忘れない。
「……そう。ノアさんが、おっしゃるなら、しかたないわね。美しい晴れ姿を一目見られたらと思っていたのだけれど……。夜会でお会いするのを楽しみにしておくわ」
晴れ姿なんて、王妃はさほど気にしていないだろう。
ノアはそのことに気づいていたけれど、微笑みを浮かべて頷く。頬が引き攣りそうだった。
「――一足早いけれど、お祝いさせてもらうわ。ノアさん、グレイ公爵令息、ご結婚おめでとう」
「おめでとうございます」
王妃に続き、令息令嬢が祝いの言葉を掛ける。誰もが、話が丸く収まりホッとした表情だった。
「ありがとうございます」
ノアと共にサミュエルが微笑み礼を告げる。その後には、再び穏やかな会話が始まった。
軽い調子で片づけるサミュエルに、ノアは苦笑する。
「努力はしますけど」
そう答えるのが精一杯だった。
不意に視線を感じて、ノアは姿勢を正す。王妃がノアたちを見ていた。つられるように、令息令嬢の視線もノアたちに向けられる。
「もうすぐ、ノアさんたちはご結婚するのでしょう? 結婚式はどちらで?」
微笑みの裏に期待が滲んでいた。それが意味するところを、ノアは敏感に察して、答えを迷う。
「……王都で式を挙げた後、領地でお披露目のパーティーを開く予定です」
「まぁ、素敵。そうだわ。式には、わたくしも参列しようかしら――」
予想通りの提案だった。というより、このお茶会そのものが、ノアへと近づき、結婚式に参列する権利を得るためのものだったのだろう。
立場が揺らいでいる王妃は、ランドロフ侯爵家の結婚式に参加できる権利を、喉から手が出るほど欲しているのだ。
国一番の貴族であるグレイ公爵家の令息と、それに次ぐ貴族であるランドロフ侯爵家の令息が結婚する式は、多くの貴族が憧れる社交の場であるといえる。参加できれば相応の優越感をもたらすことだろう。
「王家からは、すでにルーカス王太子殿下のご参列が決まっています」
サミュエルがバッサリと王妃の提案を切り捨てる。
王妃の表情が一瞬固まった。令息令嬢がこっそりと視線を交わし、王妃に気づかれないよう、ため息をこぼしている。
「ま、まぁ……ルーカスが……。でも、わたくしが一緒に参列しても、いいのではないかしら。その方が、箔がつくのではなくて?」
「箔? ……王妃殿下がどうお考えかはさておき、すでに招待客は決まっていますので、今さら変更するのは難しいです。警備の問題もありますし」
ノアはサミュエルが付け加えた言葉に頷いた。
招待客を増やすと、相応に料理や席の手配など、やることがたくさん出てくる。その中でも最も大きな問題が、警備だ。
ルーカスの参列は早いうちに決まっていたので、騎士を十分に確保している。でも、王妃まで参列するとなれば、現在の警備体制では足りないだろう。
「あら、警備なら、わたくし付きの騎士たちを連れていけば――」
「御身を近くで守る者は、当然各自で用意していただきますが、会場の警備はそうはいきません」
食い下がる王妃に、サミュエルは首を振り、拒否する。ここまで断固とした態度を貫かれたら、普通の相手は諦めるだろうに、王妃にその様子はなかった。
不満そうに目を眇める王妃を見て、ノアは小さく首を傾げる。純粋な疑問が浮かんだのだ。
「式への参加の許可を、陛下から得られているのですか?」
それならば、王妃がここで提案するまでもなく、ノアは父から話を聞いて対応していたはずである。
言外にそのことを告げると、王妃は気まずそうに視線を逸らした。
「……いえ。でも、あなたたちが受け入れるなら、陛下は許可をくださるはずで――」
「問題外ですね。なぜ私たちが頼んでいるわけでもないのに、陛下から許可を得る手伝いまでしなければならないのですか」
サミュエルの声が冷たい。
令息令嬢がヒヤヒヤしている気配が伝わってくるけれど、ノアにとってはもう慣れたもので、焦る必要性を感じなかった。
「王妃殿下――」
ノアはゆったりとした口調で声を掛ける。サミュエルほど冷たく拒むつもりはない。でも、王妃の提案が『わがまま』と称されるものであることは理解していた。だから、受け入れるつもりはない。
上目使いでノアを見つめ返してくる王妃は、庇護欲をそそるような可憐さがあるけれど、その瞳の奥に計算高さが潜んでいることを隠しきれていない。
社交に不馴れなノアでさえ気づくのだから、サミュエルは初めから承知していたことだろう。
「僕たちのお祝いのために、参列を考えてくださったことは、大変嬉しく、光栄に存じます。ですが、王家からはルーカス王太子殿下に参列いただくだけで、十分だと思っています。サミュエル様がお世話になっている方ですし」
ノアはサミュエルを見上げて微笑む。
「――王妃殿下のお忙しい時間を煩わせるつもりはございません。お祝いのお心だけ、ありがたくいただきたく存じます」
王妃に対して、小さく頭を下げる。へりくだりすぎず、貴族としての誇りを表しながらも、王妃への配慮は忘れない。
「……そう。ノアさんが、おっしゃるなら、しかたないわね。美しい晴れ姿を一目見られたらと思っていたのだけれど……。夜会でお会いするのを楽しみにしておくわ」
晴れ姿なんて、王妃はさほど気にしていないだろう。
ノアはそのことに気づいていたけれど、微笑みを浮かべて頷く。頬が引き攣りそうだった。
「――一足早いけれど、お祝いさせてもらうわ。ノアさん、グレイ公爵令息、ご結婚おめでとう」
「おめでとうございます」
王妃に続き、令息令嬢が祝いの言葉を掛ける。誰もが、話が丸く収まりホッとした表情だった。
「ありがとうございます」
ノアと共にサミュエルが微笑み礼を告げる。その後には、再び穏やかな会話が始まった。
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