内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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229. 全貴族に問う

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 少し気まずい空気が流れたのを感じ、ノアはどうしようと目を彷徨わせた。

 マージ侯爵令息の言葉は、王妃に対してというよりも、ノアに対してのフォローだったように思える。ノアが事件の話をしたくないと言ったことへ、配慮を示してくれたのだ。

 そう思うと、マージ侯爵令息を庇う意味でも、話を転換させる必要があると思った。
 でも、ここで問題となるのが、ノアの社交力の低さである。上手い話題が思いつかない。

「――ノアが謝罪を受け入れたので、追及はしません。それより、そろそろ、本日のお茶会の目的を伺ってもよろしいですか? ここに揃っているのは、いずれも将来貴族家を継ぐ方々です。皆さんお忙しいのですから、時間は有限ですよ」

 サミュエルがつまらなそうな表情を隠さずに告げる。
 話題を変えてくれたのは嬉しいけれど、少々喧嘩腰に感じられるのはどうしたらいいのか。ノアはこっそりとサミュエルの手の甲を叩いた。

 咎めるためだった仕草を、サミュエルはどう捉えたのか、ぎゅっと手を握ってくる。
 片手を捕らえられたノアは、振り払うような目立つ動きをするわけにもいかず、困ってしまった。

「……それはわたくしもお伺いしたいですわ」

 イエニツィ公爵令嬢が穏やかな雰囲気でサミュエルの言葉に続く。
 それは言葉に詰まった王妃を見かねたからなのか、それともノアとサミュエルの密かな攻防に気づいて、不審な動きをフォローするためだったのか。

 どちらにせよ、イエニツィ公爵令嬢の言葉で、誰もが気まずい空気から解放されて、呼吸しやすくなったのは確かだった。

「お茶会の目的と言われても、わたくしは皆さんと仲良くしようと――」
「こうも、高位貴族の後継者ばかりを集めておいて、ですか」
「……わたくしは王妃なのだから、立場上、交流する相手は選ばなくてはならないもの」

 サミュエルの追及に、王妃は開き直ったように堂々と言い放つ。
 その態度に、ほとんどの令息令嬢から密かな失笑が漏れた。『今さら、王妃の立場とは?』と言いたげである。

 ノアはその空気を敏感に察し、改めて王妃の立場の危うさを実感した。同時に、それは王妃にとってだけでなく、ノアにとっても喜ばしくないことだと理解する。

 彼らが王妃を敬う意思を持っていないのは仕方がないことかもしれないけれど、健全な国のあり方として、認めてはならないことだ。
 王妃を通して王家への敬意が失われ、王家の求心力が低下することは、国の混乱を招き、王政の瓦解にも繋がりかねない。その結果、被害を受けるのは、多くの民である。

 つまり、ルーカスが最も危惧していたことは、それなのだ。

「……こうして王妃殿下にお会いできる機会をいただけたのですから、僕は光栄に思っております」

  王妃の失地を回復させるためにもと、ノアが言葉だけでも敬って見せる。心が籠っていなくとも、ノアの意思を示す必要性を感じたのだ。

 それだけで、王妃は頑なになっていた態度を和らげて、嬉しそうに微笑んだ。

 他の令息令嬢も、息を呑む気配の後に、ノアの言葉に続いて、王妃の心を慰撫するような言葉を掛ける。
 彼らだって、王妃を形だけでも敬う必要性を理解しているのだ。貴族には、国を健全に維持発展させるよう支える務めがあるのだから。

(たぶん、グレイ公爵も、僕たちにこういうことを望んでいるはず……)

 ノアは今さらながらにグレイ公爵の意図に気づく。
 グレイ公爵は王妃に対して冷淡に接していても、決して直接的に虐げようとはしていない。王妃という地位を返上させようという意思もない。
 それが、国を混乱に導くと分かっているからだ。

 そして、多くの貴族に、追従を望んでもいないのだ。むしろ、グレイ公爵家の影響力に負けず、国を健全に導くための判断ができる貴族がいるか、見定めている。

 グレイ公爵は王ではない。王になるつもりもない。だから、王妃に冷淡に接しても、王の意思に逆らったことはない。王位を継ぐのはルーカスであると、明確に意思表示している。

 貴族は、グレイ公爵に王位継承を望むことをやめ、王家を支える意思を見せることが必要なのだ。

「……ノアは、気づいたようだね?」

 耳元でサミュエルが囁いた。
 ノアは、王妃が他の令息令嬢から言葉を掛けられて満足そうにしているのを確認してから、心持ちサミュエルの方へと身を寄せる。

「グレイ公爵が、王妃の問題を通して、貴族のあり方を問い掛けていらっしゃることですか?」

 サミュエルと同じように、小声で囁き返すと、満足げな吐息が返ってくる。

「うん、そう。グレイ公爵家は紛れもなくこの国一番の貴族ではあるけれど、権力が一点集中することは、あまり喜ばしいことではないんだよ。王妃の問題は、貴族のあり方を是正させる、いい機会だ」
「……今後、粛清が行われる可能性があるということでしょうか?」

 ノアはサミュエルの言葉の影に、ほの暗いものを感じとり、思わず問い掛けていた。

 王国を支えるのに相応しくない貴族を炙り出し、どうしようというのか。その答えは一つしかない。
 ノアはゴクリと固唾を呑み、サミュエルの顔を見上げた。

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