229 / 277
229. 全貴族に問う
しおりを挟む
少し気まずい空気が流れたのを感じ、ノアはどうしようと目を彷徨わせた。
マージ侯爵令息の言葉は、王妃に対してというよりも、ノアに対してのフォローだったように思える。ノアが事件の話をしたくないと言ったことへ、配慮を示してくれたのだ。
そう思うと、マージ侯爵令息を庇う意味でも、話を転換させる必要があると思った。
でも、ここで問題となるのが、ノアの社交力の低さである。上手い話題が思いつかない。
「――ノアが謝罪を受け入れたので、追及はしません。それより、そろそろ、本日のお茶会の目的を伺ってもよろしいですか? ここに揃っているのは、いずれも将来貴族家を継ぐ方々です。皆さんお忙しいのですから、時間は有限ですよ」
サミュエルがつまらなそうな表情を隠さずに告げる。
話題を変えてくれたのは嬉しいけれど、少々喧嘩腰に感じられるのはどうしたらいいのか。ノアはこっそりとサミュエルの手の甲を叩いた。
咎めるためだった仕草を、サミュエルはどう捉えたのか、ぎゅっと手を握ってくる。
片手を捕らえられたノアは、振り払うような目立つ動きをするわけにもいかず、困ってしまった。
「……それはわたくしもお伺いしたいですわ」
イエニツィ公爵令嬢が穏やかな雰囲気でサミュエルの言葉に続く。
それは言葉に詰まった王妃を見かねたからなのか、それともノアとサミュエルの密かな攻防に気づいて、不審な動きをフォローするためだったのか。
どちらにせよ、イエニツィ公爵令嬢の言葉で、誰もが気まずい空気から解放されて、呼吸しやすくなったのは確かだった。
「お茶会の目的と言われても、わたくしは皆さんと仲良くしようと――」
「こうも、高位貴族の後継者ばかりを集めておいて、ですか」
「……わたくしは王妃なのだから、立場上、交流する相手は選ばなくてはならないもの」
サミュエルの追及に、王妃は開き直ったように堂々と言い放つ。
その態度に、ほとんどの令息令嬢から密かな失笑が漏れた。『今さら、王妃の立場とは?』と言いたげである。
ノアはその空気を敏感に察し、改めて王妃の立場の危うさを実感した。同時に、それは王妃にとってだけでなく、ノアにとっても喜ばしくないことだと理解する。
彼らが王妃を敬う意思を持っていないのは仕方がないことかもしれないけれど、健全な国のあり方として、認めてはならないことだ。
王妃を通して王家への敬意が失われ、王家の求心力が低下することは、国の混乱を招き、王政の瓦解にも繋がりかねない。その結果、被害を受けるのは、多くの民である。
つまり、ルーカスが最も危惧していたことは、それなのだ。
「……こうして王妃殿下にお会いできる機会をいただけたのですから、僕は光栄に思っております」
王妃の失地を回復させるためにもと、ノアが言葉だけでも敬って見せる。心が籠っていなくとも、ノアの意思を示す必要性を感じたのだ。
それだけで、王妃は頑なになっていた態度を和らげて、嬉しそうに微笑んだ。
他の令息令嬢も、息を呑む気配の後に、ノアの言葉に続いて、王妃の心を慰撫するような言葉を掛ける。
彼らだって、王妃を形だけでも敬う必要性を理解しているのだ。貴族には、国を健全に維持発展させるよう支える務めがあるのだから。
(たぶん、グレイ公爵も、僕たちにこういうことを望んでいるはず……)
ノアは今さらながらにグレイ公爵の意図に気づく。
グレイ公爵は王妃に対して冷淡に接していても、決して直接的に虐げようとはしていない。王妃という地位を返上させようという意思もない。
それが、国を混乱に導くと分かっているからだ。
そして、多くの貴族に、追従を望んでもいないのだ。むしろ、グレイ公爵家の影響力に負けず、国を健全に導くための判断ができる貴族がいるか、見定めている。
グレイ公爵は王ではない。王になるつもりもない。だから、王妃に冷淡に接しても、王の意思に逆らったことはない。王位を継ぐのはルーカスであると、明確に意思表示している。
貴族は、グレイ公爵に王位継承を望むことをやめ、王家を支える意思を見せることが必要なのだ。
「……ノアは、気づいたようだね?」
耳元でサミュエルが囁いた。
ノアは、王妃が他の令息令嬢から言葉を掛けられて満足そうにしているのを確認してから、心持ちサミュエルの方へと身を寄せる。
「グレイ公爵が、王妃の問題を通して、貴族のあり方を問い掛けていらっしゃることですか?」
サミュエルと同じように、小声で囁き返すと、満足げな吐息が返ってくる。
「うん、そう。グレイ公爵家は紛れもなくこの国一番の貴族ではあるけれど、権力が一点集中することは、あまり喜ばしいことではないんだよ。王妃の問題は、貴族のあり方を是正させる、いい機会だ」
「……今後、粛清が行われる可能性があるということでしょうか?」
ノアはサミュエルの言葉の影に、ほの暗いものを感じとり、思わず問い掛けていた。
王国を支えるのに相応しくない貴族を炙り出し、どうしようというのか。その答えは一つしかない。
ノアはゴクリと固唾を呑み、サミュエルの顔を見上げた。
マージ侯爵令息の言葉は、王妃に対してというよりも、ノアに対してのフォローだったように思える。ノアが事件の話をしたくないと言ったことへ、配慮を示してくれたのだ。
そう思うと、マージ侯爵令息を庇う意味でも、話を転換させる必要があると思った。
でも、ここで問題となるのが、ノアの社交力の低さである。上手い話題が思いつかない。
「――ノアが謝罪を受け入れたので、追及はしません。それより、そろそろ、本日のお茶会の目的を伺ってもよろしいですか? ここに揃っているのは、いずれも将来貴族家を継ぐ方々です。皆さんお忙しいのですから、時間は有限ですよ」
サミュエルがつまらなそうな表情を隠さずに告げる。
話題を変えてくれたのは嬉しいけれど、少々喧嘩腰に感じられるのはどうしたらいいのか。ノアはこっそりとサミュエルの手の甲を叩いた。
咎めるためだった仕草を、サミュエルはどう捉えたのか、ぎゅっと手を握ってくる。
片手を捕らえられたノアは、振り払うような目立つ動きをするわけにもいかず、困ってしまった。
「……それはわたくしもお伺いしたいですわ」
イエニツィ公爵令嬢が穏やかな雰囲気でサミュエルの言葉に続く。
それは言葉に詰まった王妃を見かねたからなのか、それともノアとサミュエルの密かな攻防に気づいて、不審な動きをフォローするためだったのか。
どちらにせよ、イエニツィ公爵令嬢の言葉で、誰もが気まずい空気から解放されて、呼吸しやすくなったのは確かだった。
「お茶会の目的と言われても、わたくしは皆さんと仲良くしようと――」
「こうも、高位貴族の後継者ばかりを集めておいて、ですか」
「……わたくしは王妃なのだから、立場上、交流する相手は選ばなくてはならないもの」
サミュエルの追及に、王妃は開き直ったように堂々と言い放つ。
その態度に、ほとんどの令息令嬢から密かな失笑が漏れた。『今さら、王妃の立場とは?』と言いたげである。
ノアはその空気を敏感に察し、改めて王妃の立場の危うさを実感した。同時に、それは王妃にとってだけでなく、ノアにとっても喜ばしくないことだと理解する。
彼らが王妃を敬う意思を持っていないのは仕方がないことかもしれないけれど、健全な国のあり方として、認めてはならないことだ。
王妃を通して王家への敬意が失われ、王家の求心力が低下することは、国の混乱を招き、王政の瓦解にも繋がりかねない。その結果、被害を受けるのは、多くの民である。
つまり、ルーカスが最も危惧していたことは、それなのだ。
「……こうして王妃殿下にお会いできる機会をいただけたのですから、僕は光栄に思っております」
王妃の失地を回復させるためにもと、ノアが言葉だけでも敬って見せる。心が籠っていなくとも、ノアの意思を示す必要性を感じたのだ。
それだけで、王妃は頑なになっていた態度を和らげて、嬉しそうに微笑んだ。
他の令息令嬢も、息を呑む気配の後に、ノアの言葉に続いて、王妃の心を慰撫するような言葉を掛ける。
彼らだって、王妃を形だけでも敬う必要性を理解しているのだ。貴族には、国を健全に維持発展させるよう支える務めがあるのだから。
(たぶん、グレイ公爵も、僕たちにこういうことを望んでいるはず……)
ノアは今さらながらにグレイ公爵の意図に気づく。
グレイ公爵は王妃に対して冷淡に接していても、決して直接的に虐げようとはしていない。王妃という地位を返上させようという意思もない。
それが、国を混乱に導くと分かっているからだ。
そして、多くの貴族に、追従を望んでもいないのだ。むしろ、グレイ公爵家の影響力に負けず、国を健全に導くための判断ができる貴族がいるか、見定めている。
グレイ公爵は王ではない。王になるつもりもない。だから、王妃に冷淡に接しても、王の意思に逆らったことはない。王位を継ぐのはルーカスであると、明確に意思表示している。
貴族は、グレイ公爵に王位継承を望むことをやめ、王家を支える意思を見せることが必要なのだ。
「……ノアは、気づいたようだね?」
耳元でサミュエルが囁いた。
ノアは、王妃が他の令息令嬢から言葉を掛けられて満足そうにしているのを確認してから、心持ちサミュエルの方へと身を寄せる。
「グレイ公爵が、王妃の問題を通して、貴族のあり方を問い掛けていらっしゃることですか?」
サミュエルと同じように、小声で囁き返すと、満足げな吐息が返ってくる。
「うん、そう。グレイ公爵家は紛れもなくこの国一番の貴族ではあるけれど、権力が一点集中することは、あまり喜ばしいことではないんだよ。王妃の問題は、貴族のあり方を是正させる、いい機会だ」
「……今後、粛清が行われる可能性があるということでしょうか?」
ノアはサミュエルの言葉の影に、ほの暗いものを感じとり、思わず問い掛けていた。
王国を支えるのに相応しくない貴族を炙り出し、どうしようというのか。その答えは一つしかない。
ノアはゴクリと固唾を呑み、サミュエルの顔を見上げた。
71
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる