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228.王妃登場
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お茶会の参加者が勢揃いしたことを察したように、最後に王妃が現れた。
王妃は昼のパーティーらしく露出控えめな装いだ。
でも、深紅のドレスも宝飾品の煌びやかさも、ノアの目には自己主張が激しく、威圧的に感じられた。少なくとも、花の美しさを鑑賞する場には相応しくない。
ノアの気圧された雰囲気を感じ取ったのか、サミュエルがノアに寄り添うように距離をつめた。
「――ごきげんよう、みなさん。来てもらえて嬉しいわ」
微笑む王妃の目は、まっすぐにノアを見つめていた。『みなさん』と言いつつも、今回のお茶会が誰と会うために開催されたかは、誰の目にも明らかだった。
ノアは顔が引き攣らないように気をつけながら、王妃に挨拶をする。そして、ノアに続いて挨拶をする皆の声を聞きながら、密かに王妃を観察した。
挨拶を受けている間は、さすがの王妃もノアから目を離していたのだ。この機会を逃すと、ゆっくり思考する隙はなさそうに思えた。
「――みなさん、お座りになって。せっかく良いお天気に恵まれたのだから、景色とお茶を楽しみましょう。もちろん、会話もね」
ふふっと笑いながら王妃が促す。ノアに用意された席は、王妃に最も近い位置だ。
隣に座るサミュエルに心強さを感じながら、ノアは王妃に視線を向ける。
「みなさん、知っていて――?」
王妃が最初に行ったのは噂話などを交えた雑談だった。
パーティーなど公式の場で、本題をすぐに切り出すのは、拙速であると考えられており、王公貴族では嫌厭される。王妃としては当然の振る舞いだ。
ノアたちもそれは承知しているので、中身のない会話に付き合い、作り笑顔を浮かべて対応する。
見た目は華やかでも、空虚感のある空気に、ノアは居心地の悪さを覚えた。
社交の場ではこんなことはよくあると聞くし、ノア自身学園内で何度も味わったことがあるけれど、慣れるのは難しそうだ。
(う~ん……王妃殿下はすごく楽しそう。きっと僕とは正反対のタイプなんだろうなぁ)
生き生きとした王妃の表情に、最近の立場の悪さを憂える様子は窺えない。高位貴族の令息令嬢に囲まれ、自尊心がくすぐられているようだ。
「ランドロフ侯爵令息――いえ、ノアさんとお呼びしていいかしら」
一通り場を温める話は済んだと判断したのか、王妃がノアに声を掛ける。穏やかな雰囲気を装いながらも、目には強い光を浮かべ、これまでとは声に籠る熱が段違いだった。
「……はい、もちろんです」
マナー的に断れるものではなく、ノアは曖昧な笑みを浮かべて頷く。
ルーカスやサミュエルには、王妃のわがままは聞かないようにと念を押されているけれど、どこからわがままと言えるのだろうか。
横目でチラリとサミュエルを窺うと、目に僅かに不快感を浮かべていたけれど、微かに頷いてくれた。
「ずっと、ノアさんとおしゃべりしたいと思っていたのよ。……十年以上前に、わたくしの母国の者が、失礼なことをしてしまったようだけれど、わたくしと仲良くしてくれるかしら?」
ノアは眉を寄せそうになるのを抑えて、微笑みを保つ。
まさか、このような公の場で、王妃がかつての事件の話を蒸し返すとは思わなかった。しかも、自身の妹が犯したことであるのに、王妃は身内として謝罪を述べることすらしない。
「失礼なこと……?」
黙って話を聞いていた伯爵令息の一人が、不思議そうに声を漏らした。
他の者たちは沈黙を貫いているから、事件については知っているのだろう。少なくとも、カールトン国の王女だった者が、ノアに対してなんらかの失態を犯したということは。
(さて、僕はどのような返事をするべきかな……)
あまり黙り込んでいるのも良くない。かといって、下手なことを言って、カールトン国の者が犯した罪を、軽く済ませてしまうのは駄目だ。
それは、ノアのために怒ってくれた全ての人の感情や行動を、無にしてしまいかねないのだから。
「――『失礼なこと』とは、なんとも軽い表現ですね」
口を開いたのはサミュエルだった。その瞳に、抑えきれない憤りが滲んでいる。
(いや……抑えきれないんじゃなくて、抑えるつもりがないのか……)
ノアはサミュエルの思惑に気づき、目を細めた。
サミュエルがかつての事件に深い怒りを抱いていたことを知っている。罪を犯した王女への報復をしても、全ての怒りが消えてなくなったわけではないのだ。
そして、その感情を見せることで、王妃が調子にのってノアに馴れ馴れしくするのを、抑制しようとしているのだろう。
実際、王妃の微笑みが固まり、少し腰が引けた様子を見せたことで、その思惑は成功したといえた。
「そ、そうね、言葉を間違えてしまったわ。……ごめんなさいね、ノアさん。許してくださる?」
「はい。それと、あまり昔の話をここでするのは、おやめいただきたいのですが」
ここが妥協のしどころであると判断して、ノアは謝罪を受け入れた。
あまり王妃を追いつめてしまっては、ルーカスの頼みに反してしまうことになる。それに、ノア自身、見せかけであっても謝罪する者を、素っ気なく退けるのは気が進まない。
「そうなのね。分かったわ。――みなさんも、今の会話は忘れてくださる?」
「はて、どのような会話だったでしょうか……?」
マージ侯爵令息が剽軽な返事をすると、緊張感が張りつめていた空気が、フッと和らいだ。
サミュエルとは違う意味で、社交性の高いタイプのようだ。
「ふふ、そう。あなた、気に入ったわ」
「……それは……光栄です……」
王妃の上機嫌な返事に、マージ侯爵令息の顔が一瞬強張った。その隣にいるドロアス侯爵令息が、愚か者を見るような眼差しになっている。
この場の令息令嬢はみんな、当たり障りなくお茶会を過ごそうとしているのだ。王妃に気に入られるほどの目立った言動は、明らかに失態だった。
王妃は昼のパーティーらしく露出控えめな装いだ。
でも、深紅のドレスも宝飾品の煌びやかさも、ノアの目には自己主張が激しく、威圧的に感じられた。少なくとも、花の美しさを鑑賞する場には相応しくない。
ノアの気圧された雰囲気を感じ取ったのか、サミュエルがノアに寄り添うように距離をつめた。
「――ごきげんよう、みなさん。来てもらえて嬉しいわ」
微笑む王妃の目は、まっすぐにノアを見つめていた。『みなさん』と言いつつも、今回のお茶会が誰と会うために開催されたかは、誰の目にも明らかだった。
ノアは顔が引き攣らないように気をつけながら、王妃に挨拶をする。そして、ノアに続いて挨拶をする皆の声を聞きながら、密かに王妃を観察した。
挨拶を受けている間は、さすがの王妃もノアから目を離していたのだ。この機会を逃すと、ゆっくり思考する隙はなさそうに思えた。
「――みなさん、お座りになって。せっかく良いお天気に恵まれたのだから、景色とお茶を楽しみましょう。もちろん、会話もね」
ふふっと笑いながら王妃が促す。ノアに用意された席は、王妃に最も近い位置だ。
隣に座るサミュエルに心強さを感じながら、ノアは王妃に視線を向ける。
「みなさん、知っていて――?」
王妃が最初に行ったのは噂話などを交えた雑談だった。
パーティーなど公式の場で、本題をすぐに切り出すのは、拙速であると考えられており、王公貴族では嫌厭される。王妃としては当然の振る舞いだ。
ノアたちもそれは承知しているので、中身のない会話に付き合い、作り笑顔を浮かべて対応する。
見た目は華やかでも、空虚感のある空気に、ノアは居心地の悪さを覚えた。
社交の場ではこんなことはよくあると聞くし、ノア自身学園内で何度も味わったことがあるけれど、慣れるのは難しそうだ。
(う~ん……王妃殿下はすごく楽しそう。きっと僕とは正反対のタイプなんだろうなぁ)
生き生きとした王妃の表情に、最近の立場の悪さを憂える様子は窺えない。高位貴族の令息令嬢に囲まれ、自尊心がくすぐられているようだ。
「ランドロフ侯爵令息――いえ、ノアさんとお呼びしていいかしら」
一通り場を温める話は済んだと判断したのか、王妃がノアに声を掛ける。穏やかな雰囲気を装いながらも、目には強い光を浮かべ、これまでとは声に籠る熱が段違いだった。
「……はい、もちろんです」
マナー的に断れるものではなく、ノアは曖昧な笑みを浮かべて頷く。
ルーカスやサミュエルには、王妃のわがままは聞かないようにと念を押されているけれど、どこからわがままと言えるのだろうか。
横目でチラリとサミュエルを窺うと、目に僅かに不快感を浮かべていたけれど、微かに頷いてくれた。
「ずっと、ノアさんとおしゃべりしたいと思っていたのよ。……十年以上前に、わたくしの母国の者が、失礼なことをしてしまったようだけれど、わたくしと仲良くしてくれるかしら?」
ノアは眉を寄せそうになるのを抑えて、微笑みを保つ。
まさか、このような公の場で、王妃がかつての事件の話を蒸し返すとは思わなかった。しかも、自身の妹が犯したことであるのに、王妃は身内として謝罪を述べることすらしない。
「失礼なこと……?」
黙って話を聞いていた伯爵令息の一人が、不思議そうに声を漏らした。
他の者たちは沈黙を貫いているから、事件については知っているのだろう。少なくとも、カールトン国の王女だった者が、ノアに対してなんらかの失態を犯したということは。
(さて、僕はどのような返事をするべきかな……)
あまり黙り込んでいるのも良くない。かといって、下手なことを言って、カールトン国の者が犯した罪を、軽く済ませてしまうのは駄目だ。
それは、ノアのために怒ってくれた全ての人の感情や行動を、無にしてしまいかねないのだから。
「――『失礼なこと』とは、なんとも軽い表現ですね」
口を開いたのはサミュエルだった。その瞳に、抑えきれない憤りが滲んでいる。
(いや……抑えきれないんじゃなくて、抑えるつもりがないのか……)
ノアはサミュエルの思惑に気づき、目を細めた。
サミュエルがかつての事件に深い怒りを抱いていたことを知っている。罪を犯した王女への報復をしても、全ての怒りが消えてなくなったわけではないのだ。
そして、その感情を見せることで、王妃が調子にのってノアに馴れ馴れしくするのを、抑制しようとしているのだろう。
実際、王妃の微笑みが固まり、少し腰が引けた様子を見せたことで、その思惑は成功したといえた。
「そ、そうね、言葉を間違えてしまったわ。……ごめんなさいね、ノアさん。許してくださる?」
「はい。それと、あまり昔の話をここでするのは、おやめいただきたいのですが」
ここが妥協のしどころであると判断して、ノアは謝罪を受け入れた。
あまり王妃を追いつめてしまっては、ルーカスの頼みに反してしまうことになる。それに、ノア自身、見せかけであっても謝罪する者を、素っ気なく退けるのは気が進まない。
「そうなのね。分かったわ。――みなさんも、今の会話は忘れてくださる?」
「はて、どのような会話だったでしょうか……?」
マージ侯爵令息が剽軽な返事をすると、緊張感が張りつめていた空気が、フッと和らいだ。
サミュエルとは違う意味で、社交性の高いタイプのようだ。
「ふふ、そう。あなた、気に入ったわ」
「……それは……光栄です……」
王妃の上機嫌な返事に、マージ侯爵令息の顔が一瞬強張った。その隣にいるドロアス侯爵令息が、愚か者を見るような眼差しになっている。
この場の令息令嬢はみんな、当たり障りなくお茶会を過ごそうとしているのだ。王妃に気に入られるほどの目立った言動は、明らかに失態だった。
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◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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