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224.ルーカスの狙い
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ルーカスの発言によると、信者の把握はノアの務めであるらしい。でも、会ったこともない人たちを、どう把握すれば良いというのだろうか。
「――そもそも、皆さま、どこで僕のことをご存じになられたのでしょう?」
ポツリと独り言のように呟く。それは心底疑問だった。
ノアはほとんどお茶会にもパーティーにも参加しない。そうなると、学園外で貴族と接する機会は限られることになる。
信者と称されるほど、ノアに思いを寄せるような機会は、多くの貴族に存在していないはずだ。
「ノア殿は、初お茶会が、衝撃的だったらしいからなぁ……」
ルーカスが遠い目をして答える。
「初お茶会……」
「私と出会った時だよ」
「あぁ……グレイ公爵邸で開かれたものですね。でも、えっと、僕には記憶があまりないのですが、何か皆さまの記憶に残るようなことを、僕はしてしまったのですか?」
思わずヒヤリとした気分で、サミュエルに問いかける。
ルーカスに尋ねなかったのは、彼がノアより年下であり、お茶会についての話が伝聞系であることから、当事者として知っているわけではないと察したためだ。
「いや? ただ、前にも言った気がするけど、ノアは昔から、天使のように可愛らしかったから。なんというか……オーラが輝いていた?」
「おーら……」
思わずたどたどしい口調で繰り返す。
サミュエルの言葉はきちんと聞き取っていても、理解ができたとは言いがたい。
可愛らしかったから、なんだというのだろう。大体の子どもは可愛らしいものだと思う。なんなら、サミュエルの方が絶対、輝いて美しい子どもだっただろう。
だというのに、現在に至るまで、信者と称される者が生まれるほど、ノアは印象を残したのだと聞かされて、すぐに納得できるほどノアは自信過剰ではない。
「――よく分かりませんが、信者という方々は、幼い子どもの容姿に魅せられたのですか……?」
それはそれで少し怖いものがあるな、とノアは顔を引き攣らせる。
サミュエルがすぐにノアの恐れに気づき、苦笑してノアの頬を撫でた。
「まぁ、多少、そこで印象が残ったのは間違いないけど、一番は、侯爵家後継者としての能力と、学園での振る舞いを噂で聞いたからじゃないかな」
「噂で?」
「うん。ノアも知っての通り、貴族は良くも悪くも噂好きが多い。情報通であることが、貴族としての采配にも関わってくるから、当然ではあるけど」
「そうですね」
頷くノアを、サミュエルが微笑み見つめる。
「社交界にあまり出入りしないノアは知らないだろうけど、学園内の噂は、大人たちの間でも盛んにやり取りされるものなんだよ。学園では、いずれ社交界に本格的に参加する者たちの、素の部分が見えやすいからね」
「……なるほど。確かに、まだ中途半端な立場で、油断がありますからね」
サミュエルが「うん」と頷き、言葉を続ける。
「そうした噂として、ノアの話は広く伝わっていて、幼い頃の姿とか、参加必須のパーティーでの姿とかとあわせて、評価が高くなっているみたいだね」
「う~ん……実感は湧かないですけど、そういうものなのですね。たくさんの人目にさらされていると、改めて思うと、緊張してしまいそうです……」
ノアが知らない、大勢の人が語るノアの姿とは、いったいどんなものなのだろうか。それは、信者という存在が生まれるくらいだから、ノアの自己評価とはかけ離れているのだろう。
そう考えたところで、ルーカスが言わんとしていたことに気づいた。
「――つまり、殿下は、客観的評価の高い僕が、王妃殿下の傍に侍ることで、状況を改善させようというのですね? 少なくとも、信者と称される方々を、王妃殿下の味方にしようと」
首を傾げつつルーカスを見つめると、意外なことに、「いや」と首を振られた。
「そこまで望んじゃいない。というか、それをしたら、むしろ反発をくらうだろう」
「でしょうね。私も、許すつもりはないですし」
ルーカスに続き、サミュエルにも否定され、ノアは目を瞬かせる。
「では、どういうことなのですか……?」
「王妃に寄りすぎるのはダメなんだ。ただ、王妃として扱ってくれればいい。わがままを言われても、叶える必要はない。判断に迷うときは、俺かサミュエルに相談してくれ。ノア殿は、グレイ公爵家ほど冷淡でなければ、それで十分だ」
「……それ、効果がありますか?」
ルーカスが言うことを疑いたくはないけれど、あまりに些細な望みすぎて、状況に変化をもたらせるとは到底思えない。
眉を顰めるノアを、ルーカスが苦笑して眺めた。
「ああ、十分にな。王妃も、ノア殿が普通に扱ってくれると知れば、少しは落ち着くだろう。……ただ、重ねて言うが、くれぐれも、王妃のわがままは受け入れないようにしてほしい」
きちんと理解したとは言いがたいけれど、拒むほどの望みではないからと、ノアは頷く。
「もし、王妃殿下がなにかお望みになられて、僕がそれに従ったら、どうなるのですか?」
心の内に生じた些細な疑問と興味を言葉に表すと、ルーカスは盛大に顔を顰めた。サミュエルが「それは駄目だよ」と困ったように囁く。
「……そうなったら、王家は信者どもに大批判をくらうな。ただでさえ、グレイ公爵の派閥からは、眉を顰められがちだというのに、それは困る」
「さすがの私も、ノアの信者集団を御するのは、手間がかかるから、あまり暴走させないようにしてほしいな」
サミュエルにまで言われるのは驚きだ。
目を丸くするノアを見て、サミュエルとルーカスが視線を交わし、肩をすくめた。
「――そもそも、皆さま、どこで僕のことをご存じになられたのでしょう?」
ポツリと独り言のように呟く。それは心底疑問だった。
ノアはほとんどお茶会にもパーティーにも参加しない。そうなると、学園外で貴族と接する機会は限られることになる。
信者と称されるほど、ノアに思いを寄せるような機会は、多くの貴族に存在していないはずだ。
「ノア殿は、初お茶会が、衝撃的だったらしいからなぁ……」
ルーカスが遠い目をして答える。
「初お茶会……」
「私と出会った時だよ」
「あぁ……グレイ公爵邸で開かれたものですね。でも、えっと、僕には記憶があまりないのですが、何か皆さまの記憶に残るようなことを、僕はしてしまったのですか?」
思わずヒヤリとした気分で、サミュエルに問いかける。
ルーカスに尋ねなかったのは、彼がノアより年下であり、お茶会についての話が伝聞系であることから、当事者として知っているわけではないと察したためだ。
「いや? ただ、前にも言った気がするけど、ノアは昔から、天使のように可愛らしかったから。なんというか……オーラが輝いていた?」
「おーら……」
思わずたどたどしい口調で繰り返す。
サミュエルの言葉はきちんと聞き取っていても、理解ができたとは言いがたい。
可愛らしかったから、なんだというのだろう。大体の子どもは可愛らしいものだと思う。なんなら、サミュエルの方が絶対、輝いて美しい子どもだっただろう。
だというのに、現在に至るまで、信者と称される者が生まれるほど、ノアは印象を残したのだと聞かされて、すぐに納得できるほどノアは自信過剰ではない。
「――よく分かりませんが、信者という方々は、幼い子どもの容姿に魅せられたのですか……?」
それはそれで少し怖いものがあるな、とノアは顔を引き攣らせる。
サミュエルがすぐにノアの恐れに気づき、苦笑してノアの頬を撫でた。
「まぁ、多少、そこで印象が残ったのは間違いないけど、一番は、侯爵家後継者としての能力と、学園での振る舞いを噂で聞いたからじゃないかな」
「噂で?」
「うん。ノアも知っての通り、貴族は良くも悪くも噂好きが多い。情報通であることが、貴族としての采配にも関わってくるから、当然ではあるけど」
「そうですね」
頷くノアを、サミュエルが微笑み見つめる。
「社交界にあまり出入りしないノアは知らないだろうけど、学園内の噂は、大人たちの間でも盛んにやり取りされるものなんだよ。学園では、いずれ社交界に本格的に参加する者たちの、素の部分が見えやすいからね」
「……なるほど。確かに、まだ中途半端な立場で、油断がありますからね」
サミュエルが「うん」と頷き、言葉を続ける。
「そうした噂として、ノアの話は広く伝わっていて、幼い頃の姿とか、参加必須のパーティーでの姿とかとあわせて、評価が高くなっているみたいだね」
「う~ん……実感は湧かないですけど、そういうものなのですね。たくさんの人目にさらされていると、改めて思うと、緊張してしまいそうです……」
ノアが知らない、大勢の人が語るノアの姿とは、いったいどんなものなのだろうか。それは、信者という存在が生まれるくらいだから、ノアの自己評価とはかけ離れているのだろう。
そう考えたところで、ルーカスが言わんとしていたことに気づいた。
「――つまり、殿下は、客観的評価の高い僕が、王妃殿下の傍に侍ることで、状況を改善させようというのですね? 少なくとも、信者と称される方々を、王妃殿下の味方にしようと」
首を傾げつつルーカスを見つめると、意外なことに、「いや」と首を振られた。
「そこまで望んじゃいない。というか、それをしたら、むしろ反発をくらうだろう」
「でしょうね。私も、許すつもりはないですし」
ルーカスに続き、サミュエルにも否定され、ノアは目を瞬かせる。
「では、どういうことなのですか……?」
「王妃に寄りすぎるのはダメなんだ。ただ、王妃として扱ってくれればいい。わがままを言われても、叶える必要はない。判断に迷うときは、俺かサミュエルに相談してくれ。ノア殿は、グレイ公爵家ほど冷淡でなければ、それで十分だ」
「……それ、効果がありますか?」
ルーカスが言うことを疑いたくはないけれど、あまりに些細な望みすぎて、状況に変化をもたらせるとは到底思えない。
眉を顰めるノアを、ルーカスが苦笑して眺めた。
「ああ、十分にな。王妃も、ノア殿が普通に扱ってくれると知れば、少しは落ち着くだろう。……ただ、重ねて言うが、くれぐれも、王妃のわがままは受け入れないようにしてほしい」
きちんと理解したとは言いがたいけれど、拒むほどの望みではないからと、ノアは頷く。
「もし、王妃殿下がなにかお望みになられて、僕がそれに従ったら、どうなるのですか?」
心の内に生じた些細な疑問と興味を言葉に表すと、ルーカスは盛大に顔を顰めた。サミュエルが「それは駄目だよ」と困ったように囁く。
「……そうなったら、王家は信者どもに大批判をくらうな。ただでさえ、グレイ公爵の派閥からは、眉を顰められがちだというのに、それは困る」
「さすがの私も、ノアの信者集団を御するのは、手間がかかるから、あまり暴走させないようにしてほしいな」
サミュエルにまで言われるのは驚きだ。
目を丸くするノアを見て、サミュエルとルーカスが視線を交わし、肩をすくめた。
63
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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