内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
224 / 277

224.ルーカスの狙い

しおりを挟む
 ルーカスの発言によると、信者の把握はノアの務めであるらしい。でも、会ったこともない人たちを、どう把握すれば良いというのだろうか。

「――そもそも、皆さま、どこで僕のことをご存じになられたのでしょう?」

 ポツリと独り言のように呟く。それは心底疑問だった。
 ノアはほとんどお茶会にもパーティーにも参加しない。そうなると、学園外で貴族と接する機会は限られることになる。
 信者と称されるほど、ノアに思いを寄せるような機会は、多くの貴族に存在していないはずだ。

「ノア殿は、初お茶会が、衝撃的だったらしいからなぁ……」

 ルーカスが遠い目をして答える。

「初お茶会……」
「私と出会った時だよ」
「あぁ……グレイ公爵邸で開かれたものですね。でも、えっと、僕には記憶があまりないのですが、何か皆さまの記憶に残るようなことを、僕はしてしまったのですか?」

 思わずヒヤリとした気分で、サミュエルに問いかける。
 ルーカスに尋ねなかったのは、彼がノアより年下であり、お茶会についての話が伝聞系であることから、当事者として知っているわけではないと察したためだ。

「いや? ただ、前にも言った気がするけど、ノアは昔から、天使のように可愛らしかったから。なんというか……オーラが輝いていた?」
「おーら……」

 思わずたどたどしい口調で繰り返す。
 サミュエルの言葉はきちんと聞き取っていても、理解ができたとは言いがたい。

 可愛らしかったから、なんだというのだろう。大体の子どもは可愛らしいものだと思う。なんなら、サミュエルの方が絶対、輝いて美しい子どもだっただろう。

 だというのに、現在に至るまで、信者と称される者が生まれるほど、ノアは印象を残したのだと聞かされて、すぐに納得できるほどノアは自信過剰ではない。

「――よく分かりませんが、信者という方々は、幼い子どもの容姿に魅せられたのですか……?」

 それはそれで少し怖いものがあるな、とノアは顔を引き攣らせる。
 サミュエルがすぐにノアの恐れに気づき、苦笑してノアの頬を撫でた。

「まぁ、多少、そこで印象が残ったのは間違いないけど、一番は、侯爵家後継者としての能力と、学園での振る舞いを噂で聞いたからじゃないかな」
「噂で?」
「うん。ノアも知っての通り、貴族は良くも悪くも噂好きが多い。情報通であることが、貴族としての采配にも関わってくるから、当然ではあるけど」
「そうですね」

 頷くノアを、サミュエルが微笑み見つめる。

「社交界にあまり出入りしないノアは知らないだろうけど、学園内の噂は、大人たちの間でも盛んにやり取りされるものなんだよ。学園では、いずれ社交界に本格的に参加する者たちの、素の部分が見えやすいからね」
「……なるほど。確かに、まだ中途半端な立場で、油断がありますからね」

 サミュエルが「うん」と頷き、言葉を続ける。

「そうした噂として、ノアの話は広く伝わっていて、幼い頃の姿とか、参加必須のパーティーでの姿とかとあわせて、評価が高くなっているみたいだね」
「う~ん……実感は湧かないですけど、そういうものなのですね。たくさんの人目にさらされていると、改めて思うと、緊張してしまいそうです……」

 ノアが知らない、大勢の人が語るノアの姿とは、いったいどんなものなのだろうか。それは、信者という存在が生まれるくらいだから、ノアの自己評価とはかけ離れているのだろう。

 そう考えたところで、ルーカスが言わんとしていたことに気づいた。

「――つまり、殿下は、客観的評価の高い僕が、王妃殿下の傍に侍ることで、状況を改善させようというのですね? 少なくとも、信者と称される方々を、王妃殿下の味方にしようと」

 首を傾げつつルーカスを見つめると、意外なことに、「いや」と首を振られた。

「そこまで望んじゃいない。というか、それをしたら、むしろ反発をくらうだろう」
「でしょうね。私も、許すつもりはないですし」

 ルーカスに続き、サミュエルにも否定され、ノアは目を瞬かせる。

「では、どういうことなのですか……?」
「王妃に寄りすぎるのはダメなんだ。ただ、王妃として扱ってくれればいい。わがままを言われても、叶える必要はない。判断に迷うときは、俺かサミュエルに相談してくれ。ノア殿は、グレイ公爵家ほど冷淡でなければ、それで十分だ」
「……それ、効果がありますか?」

 ルーカスが言うことを疑いたくはないけれど、あまりに些細な望みすぎて、状況に変化をもたらせるとは到底思えない。

 眉を顰めるノアを、ルーカスが苦笑して眺めた。

「ああ、十分にな。王妃も、ノア殿が普通に扱ってくれると知れば、少しは落ち着くだろう。……ただ、重ねて言うが、くれぐれも、王妃のわがままは受け入れないようにしてほしい」

 きちんと理解したとは言いがたいけれど、拒むほどの望みではないからと、ノアは頷く。

「もし、王妃殿下がなにかお望みになられて、僕がそれに従ったら、どうなるのですか?」

 心の内に生じた些細な疑問と興味を言葉に表すと、ルーカスは盛大に顔を顰めた。サミュエルが「それは駄目だよ」と困ったように囁く。

「……そうなったら、王家は信者どもに大批判をくらうな。ただでさえ、グレイ公爵の派閥からは、眉を顰められがちだというのに、それは困る」
「さすがの私も、ノアの信者集団を御するのは、手間がかかるから、あまり暴走させないようにしてほしいな」

 サミュエルにまで言われるのは驚きだ。
 目を丸くするノアを見て、サミュエルとルーカスが視線を交わし、肩をすくめた。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

処理中です...