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215.降って湧いた
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サミュエルの手にかかれば、あっさりと見つけ出されたグレイ公爵家の宝。それは、ノアが欲したいくつかの本を除いて、ほぼ全てが元通りの場所に安置されることになった。
なんとも欲のないことだけれど、サミュエルもノアもお宝を手に入れることが目的ではなかったのだから、それでいいのだ。
ノアは宝探しを楽しみ、歴史に埋もれた悲恋の物語を知ることで好奇心が満たされたし、サミュエルはノアが楽しんでいる姿にご満悦で、ちょうどいい暇つぶしもできた。
「――そう、それは良かったんだけど……」
ノアはここ数日のことを思い返し、そして目の前に置いた手紙に視線を落として、思わずため息をつく。
傍に控えるロウから、気遣わしげな視線を感じたけれど、今のノアにはそれに答える余裕がない。
「なぜ、王妃殿下からの招待状が僕に……?」
困惑しきりの声で吐き出した言葉は、ノアの現在の悩みそのものである。
つつがなく結婚式の準備が進み、ノアにとって赤面するしかない閨教育をなんとかこなしている中で、突然届いた封書。それは王妃殿下主催のお茶会への招待状だった。
非常に小規模のお茶会らしく、参加者はノアの他には高位貴族の令息令嬢数人だけ。その中に、サミュエルが含まれていないというのが、なんだか怪しく感じてしまう。
「どの方も、爵位継承者だから、未来の貴族家当主と縁を結んでおこうという話なんだろうけど……」
カールトン国から嫁いできた王妃は、現在非常に危うい立場にある。
第一子であるライアンが失脚し、王族籍を放棄することになった時は、王妃の立場が揺らいでも、第二子ルーカスが立太子することで、なんとか面目を保つことができた。
しかし、現在はカールトン国との国交断絶と、カールトン国王家の存亡の危機の影響で、王妃の威光は見る影もない状態だ。
それに加え、グレイ公爵家が王妃に対し冷淡に接していることは、社交界で広く知られているようで、他の貴族もグレイ公爵家に追随している様子が見られるという。
「サミュエル様がしたことを、王妃殿下が察していらっしゃるなら、招待しないのは分かるけど……それなら、僕も招待しないべきだろうに……」
王妃の考えが読めず、ノアは戸惑いも露わに呟いた。
そこで、ロウが我慢しきれなくなった様子で口を開く。
「参加が必須というわけではありませんし、躊躇いがおありなら、不参加でよろしいのでは?」
当然の意見に苦笑して、ノアは招待状を手に取る。
「そうなんだけどね。王妃殿下が何をお考えなのか、探る必要があるかなと思って。ほら、今は結婚式に向けて、大事な時期でしょう? 必要なら、早めに対応をしないと……」
ノアの言葉を遮るように、ロウが少し強めた口調で返す。
「それを言うのでしたら、今は大事な時期だからこそ、用心深く対応すべきなのではありませんか? 招待を受けるということは、敵の懐に飛び込むことにもなりかねませんよ?」
ノアは無言でロウの顔を見上げた。
ロウは王妃を指して「敵」と言った。それは、可能性の話であっても、自国の王妃に対して向ける言葉ではない。
でも、これまでの話を考えると、ノアもその言葉を否定しきれなかった。
王妃はカールトン国王家と繫がりが深く、ルーカスやサミュエルの口ぶりから考えると、この国の情報をカールトン国に流している疑いがある。
カールトン国王家の人間がノアに向けていた執着じみた思惑は、混乱によりうやむやになっているけれど、それがぶり返さないとは限らない。その場合、王妃がカールトン国の手先となって、ノアに手を伸ばしてくる可能性があった。
それでも、ノアが王妃に対してさほど警戒感を持っていない理由は――。
「……もし、王妃殿下が僕に何かしようと思っているなら、サミュエル様がそれに気づかないはずがないと思うんだけど」
「それは、そうですが……」
ノアが一応身の安全は保障されていると告げると、ロウは顔に迷いを浮かべ、口籠もる。
ロウにとっても、サミュエルはノアを守る者として疑いようのない存在なのだろう。
「――……その場合、ノア様がわざわざ王妃の意図を探る必要もないということになりませんか?」
暫く黙った後に返ってきた言葉に、今度はノアの方が沈黙を強いられた。もっともな言葉だと思ったのだ。
招待状に視線を落として、考え込む。
この招待を受けるべきか、否か。王妃との距離感を、今後どうしていくかまで考えて、結論を出すべきだろう。
グレイ公爵家は王妃との距離を取っている現状では、サミュエルと婚約しているノアは、それに合わせて行動するのが妥当である。
ただ、サミュエルは王妃の第二子ルーカスの側近という立場なので、少しややこしい。結婚後、サミュエルとグレイ公爵家に少し距離ができた場合、サミュエルが直接仕えるルーカスの立場を補強するためには、ランドロフ侯爵家が王妃とある程度親しくするのは良い手ではあるのだ。
「……それこそ、サミュエル様がどうお考えなのかが重要だな」
考えをまとめるために、独り言を呟く。
ノア自身、王家とは過去にさほど繫がりなく、将来的にも無理に関係を強化する必要がないとなれば、サミュエルの意思を尊重するべきだろう。
ノアとしては、王妃と親しくなろうと、逆に疎遠になろうと、どちらでも構わないのだ。
「――ということで、サミュエル様にご相談しようと思う。あと、この前お母様が王妃殿下のお茶会に出席されたはずだから、お話を伺ってみるよ」
「かしこまりました」
ロウはノアが下した決定に否やを唱えることはなく、粛々と行動を始めた。
なんとも欲のないことだけれど、サミュエルもノアもお宝を手に入れることが目的ではなかったのだから、それでいいのだ。
ノアは宝探しを楽しみ、歴史に埋もれた悲恋の物語を知ることで好奇心が満たされたし、サミュエルはノアが楽しんでいる姿にご満悦で、ちょうどいい暇つぶしもできた。
「――そう、それは良かったんだけど……」
ノアはここ数日のことを思い返し、そして目の前に置いた手紙に視線を落として、思わずため息をつく。
傍に控えるロウから、気遣わしげな視線を感じたけれど、今のノアにはそれに答える余裕がない。
「なぜ、王妃殿下からの招待状が僕に……?」
困惑しきりの声で吐き出した言葉は、ノアの現在の悩みそのものである。
つつがなく結婚式の準備が進み、ノアにとって赤面するしかない閨教育をなんとかこなしている中で、突然届いた封書。それは王妃殿下主催のお茶会への招待状だった。
非常に小規模のお茶会らしく、参加者はノアの他には高位貴族の令息令嬢数人だけ。その中に、サミュエルが含まれていないというのが、なんだか怪しく感じてしまう。
「どの方も、爵位継承者だから、未来の貴族家当主と縁を結んでおこうという話なんだろうけど……」
カールトン国から嫁いできた王妃は、現在非常に危うい立場にある。
第一子であるライアンが失脚し、王族籍を放棄することになった時は、王妃の立場が揺らいでも、第二子ルーカスが立太子することで、なんとか面目を保つことができた。
しかし、現在はカールトン国との国交断絶と、カールトン国王家の存亡の危機の影響で、王妃の威光は見る影もない状態だ。
それに加え、グレイ公爵家が王妃に対し冷淡に接していることは、社交界で広く知られているようで、他の貴族もグレイ公爵家に追随している様子が見られるという。
「サミュエル様がしたことを、王妃殿下が察していらっしゃるなら、招待しないのは分かるけど……それなら、僕も招待しないべきだろうに……」
王妃の考えが読めず、ノアは戸惑いも露わに呟いた。
そこで、ロウが我慢しきれなくなった様子で口を開く。
「参加が必須というわけではありませんし、躊躇いがおありなら、不参加でよろしいのでは?」
当然の意見に苦笑して、ノアは招待状を手に取る。
「そうなんだけどね。王妃殿下が何をお考えなのか、探る必要があるかなと思って。ほら、今は結婚式に向けて、大事な時期でしょう? 必要なら、早めに対応をしないと……」
ノアの言葉を遮るように、ロウが少し強めた口調で返す。
「それを言うのでしたら、今は大事な時期だからこそ、用心深く対応すべきなのではありませんか? 招待を受けるということは、敵の懐に飛び込むことにもなりかねませんよ?」
ノアは無言でロウの顔を見上げた。
ロウは王妃を指して「敵」と言った。それは、可能性の話であっても、自国の王妃に対して向ける言葉ではない。
でも、これまでの話を考えると、ノアもその言葉を否定しきれなかった。
王妃はカールトン国王家と繫がりが深く、ルーカスやサミュエルの口ぶりから考えると、この国の情報をカールトン国に流している疑いがある。
カールトン国王家の人間がノアに向けていた執着じみた思惑は、混乱によりうやむやになっているけれど、それがぶり返さないとは限らない。その場合、王妃がカールトン国の手先となって、ノアに手を伸ばしてくる可能性があった。
それでも、ノアが王妃に対してさほど警戒感を持っていない理由は――。
「……もし、王妃殿下が僕に何かしようと思っているなら、サミュエル様がそれに気づかないはずがないと思うんだけど」
「それは、そうですが……」
ノアが一応身の安全は保障されていると告げると、ロウは顔に迷いを浮かべ、口籠もる。
ロウにとっても、サミュエルはノアを守る者として疑いようのない存在なのだろう。
「――……その場合、ノア様がわざわざ王妃の意図を探る必要もないということになりませんか?」
暫く黙った後に返ってきた言葉に、今度はノアの方が沈黙を強いられた。もっともな言葉だと思ったのだ。
招待状に視線を落として、考え込む。
この招待を受けるべきか、否か。王妃との距離感を、今後どうしていくかまで考えて、結論を出すべきだろう。
グレイ公爵家は王妃との距離を取っている現状では、サミュエルと婚約しているノアは、それに合わせて行動するのが妥当である。
ただ、サミュエルは王妃の第二子ルーカスの側近という立場なので、少しややこしい。結婚後、サミュエルとグレイ公爵家に少し距離ができた場合、サミュエルが直接仕えるルーカスの立場を補強するためには、ランドロフ侯爵家が王妃とある程度親しくするのは良い手ではあるのだ。
「……それこそ、サミュエル様がどうお考えなのかが重要だな」
考えをまとめるために、独り言を呟く。
ノア自身、王家とは過去にさほど繫がりなく、将来的にも無理に関係を強化する必要がないとなれば、サミュエルの意思を尊重するべきだろう。
ノアとしては、王妃と親しくなろうと、逆に疎遠になろうと、どちらでも構わないのだ。
「――ということで、サミュエル様にご相談しようと思う。あと、この前お母様が王妃殿下のお茶会に出席されたはずだから、お話を伺ってみるよ」
「かしこまりました」
ロウはノアが下した決定に否やを唱えることはなく、粛々と行動を始めた。
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