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214.探りあいと牽制
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「見つけましたよ。ミカエル兄上がおっしゃった通り、全てはもう私のものですけど」
「まぁ、その本の山をどうしようと、まったく興味はないが――」
詳細を述べずに権利を主張するサミュエルを、ルシエルがちらりと見つめる。何か探るような眼差しだった。
「……俺が気にするようなものは、何もなかったと思っていいんだな?」
「ええ。グレイ公爵家に影響があるようなものは、何も。そもそも、私は、この本以外の全てを隠したままにするよう、ミカエル兄上に頼む予定ですので」
「……その本以外の全てを」
その言葉に何を見出したのか、ルシエルが柱時計の方へと視線を向ける。
「――既にそこが秘密の通路だということは、俺にバレているわけだが、それでも、サミュエルはミカエルに頼みさえすれば、それで十分だと思っているのか」
「はい。まさか兄上、私が得た他のお宝に興味があるんですか?」
サミュエルがわざとらしく意外そうに目を見開く。ルシエルは面倒くさそうにため息をついた。
ノアには、この二人が何を意図してこんな会話をしているのか分からない。でも、高度な駆け引きが行われていることは、なんとなく肌で感じ取った。
「……いや、俺は盗人のような真似をするつもりはないからな。お前が生きている限り隠されたままであるならば、俺が知る必要もない」
「つまり、兄上も、ミカエル兄上と一緒に、これを隠してくださるということですね」
サミュエルが親指で示したのは柱時計だ。ザクが何事もないかのような表情で、静々と秘密の通路を閉じている。再び開けるには、ノアたち同様に文字盤を操作する必要があるだろう。
そして、その開け方を、ルシエルは知らないはずだ。調べることはできるだろうが――。
「……いいだろう。俺も、隠蔽に一役買ってやる。たとえミカエルが興味を持とうと、止めようじゃないか。――それが、俺にとっての利益となるわけだな?」
「そうかもしれませんね」
言明しないまま微笑むサミュエルに対し、ルシエルがため息をついた。
「……可愛くない弟だ」
「でも、気に入っているんでしょう?」
「そうだな。これ以上なく。お前がグレイ公爵家に害を為さない限り、それは変わらない」
肩をすくめたルシエルが、スッと立ち上がる。
話の外に置かれていたノアを見つめると、柔らかく微笑んだ。
「――どうでもいい話はこれくらいにしよう。ノア殿、この後一緒にお茶をする時間はあるか?」
「え……と……?」
社交辞令的な誘いだったけれど、ノアは返事に迷って、サミュエルに視線を向ける。
「ありません。ノアは、私と過ごすので」
「別に、俺はノア殿と二人きりにしてくれと言ったわけじゃないんだがな」
独占欲を滲ませたサミュエルの返事に、ルーカスが呆れたように上を向きながら「やれやれ……」と嘆息する。
「もしそんなことを言っていたら、容赦はしませんよ」
「つまり、俺をノア殿から遠ざけようとするのは、容赦した対応なわけだな。お前のその独占欲、ノア殿に嫌がられても、俺は知らないぞ」
「兄上に気にしていただく必要はございませんので」
チクリと嫌味を言われても、サミュエルは全く気にした様子を見せない。散々色んな人に言われてきたことだから、「今さら何を」と呆れているようにも思える。
ノアにとっても、サミュエルの態度は既に慣れたものだ。そして、ノア自身はその意思を尊重することに決めている。
「……せっかくのお誘いですが、また別の機会をいただけましたら」
遠回しに誘いを断ると、ルシエルがなんとも言えない複雑な笑みを浮かべた。
「サミュエルを甘やかしても、調子に乗るだけで、良いことは何もないぞ」
「サミュエル様にとって喜ばしいなら、僕にとっても良いことだと思います」
「……なるほど、よく調教している」
ノアの返事をどう曲解したのか、ルシエルが感心したような眼差しをサミュエルに向けた。
「下品な言い方はやめていただけますか」
「調教はダメか? 懐柔? それとも、詐欺?」
「全然意味が違います。そもそも、私はノアの意思を操ったことはありません」
「どうだか。お前の手にかかれば、純朴な人間の意思なんて、ころりと転がる」
揶揄するように言いながら、ルシエルは片手をひらりと翻した。
その様子をサミュエルが冷たい目で見ていようとも、ルシエルの口元に浮かんだ笑みは揺るがない。
「――ノア殿。精々気をつけることだ。サミュエルに囚われて雁字搦めにならないように、警戒するといい」
ノアを捉えた目が、スッと細められる。その眼差しに浮かぶのは、揶揄いか警告か、あるいは同情か――。
さほど付き合いのないノアには、ルシエルが何を思ってそんな言葉を告げるのか、読み取ることができなかった。
「ノアをおどかすのはやめてください。――いい加減にしないと、私だって考えがありますよ」
ノアが返事をする前に、これまで以上に冷たい声音が、最後通告のようにルシエルに向けられた。
ルシエルの顔から笑みが消える。
「……分かっているさ。俺はお前と争うつもりはない」
「私はノアのためならいつだって、その用意はありますが」
「ふん……憶えておく」
肩をすくめたルシエルが踵を返す。
「――ノア殿、今回に懲りないで、いつでも遊びに来るといい。俺はいつだって歓迎する」
軽く手を振って去っていくルシエルの後ろ姿を見送って、ノアはサミュエルに視線を移す。
「……サミュエル様とルシエル様って、仲がよろしいんですね」
「うん、こう見えて、意外と」
ノアの背後で、ザクが「え……?」と疑問の声を上げ、ロウが「どのへんで、仲が良いと思われたのですか……?」と困惑した雰囲気で呟いた。
サミュエルは仲が良い相手には遠慮しない、というこれまでの経験則から判断したのだけれど、何か間違っているだろうか。
ノアは首を傾げてザクとロウを見た。理解を得られる気がしなかったので、言葉にするのはやめたけれど。
「まぁ、その本の山をどうしようと、まったく興味はないが――」
詳細を述べずに権利を主張するサミュエルを、ルシエルがちらりと見つめる。何か探るような眼差しだった。
「……俺が気にするようなものは、何もなかったと思っていいんだな?」
「ええ。グレイ公爵家に影響があるようなものは、何も。そもそも、私は、この本以外の全てを隠したままにするよう、ミカエル兄上に頼む予定ですので」
「……その本以外の全てを」
その言葉に何を見出したのか、ルシエルが柱時計の方へと視線を向ける。
「――既にそこが秘密の通路だということは、俺にバレているわけだが、それでも、サミュエルはミカエルに頼みさえすれば、それで十分だと思っているのか」
「はい。まさか兄上、私が得た他のお宝に興味があるんですか?」
サミュエルがわざとらしく意外そうに目を見開く。ルシエルは面倒くさそうにため息をついた。
ノアには、この二人が何を意図してこんな会話をしているのか分からない。でも、高度な駆け引きが行われていることは、なんとなく肌で感じ取った。
「……いや、俺は盗人のような真似をするつもりはないからな。お前が生きている限り隠されたままであるならば、俺が知る必要もない」
「つまり、兄上も、ミカエル兄上と一緒に、これを隠してくださるということですね」
サミュエルが親指で示したのは柱時計だ。ザクが何事もないかのような表情で、静々と秘密の通路を閉じている。再び開けるには、ノアたち同様に文字盤を操作する必要があるだろう。
そして、その開け方を、ルシエルは知らないはずだ。調べることはできるだろうが――。
「……いいだろう。俺も、隠蔽に一役買ってやる。たとえミカエルが興味を持とうと、止めようじゃないか。――それが、俺にとっての利益となるわけだな?」
「そうかもしれませんね」
言明しないまま微笑むサミュエルに対し、ルシエルがため息をついた。
「……可愛くない弟だ」
「でも、気に入っているんでしょう?」
「そうだな。これ以上なく。お前がグレイ公爵家に害を為さない限り、それは変わらない」
肩をすくめたルシエルが、スッと立ち上がる。
話の外に置かれていたノアを見つめると、柔らかく微笑んだ。
「――どうでもいい話はこれくらいにしよう。ノア殿、この後一緒にお茶をする時間はあるか?」
「え……と……?」
社交辞令的な誘いだったけれど、ノアは返事に迷って、サミュエルに視線を向ける。
「ありません。ノアは、私と過ごすので」
「別に、俺はノア殿と二人きりにしてくれと言ったわけじゃないんだがな」
独占欲を滲ませたサミュエルの返事に、ルーカスが呆れたように上を向きながら「やれやれ……」と嘆息する。
「もしそんなことを言っていたら、容赦はしませんよ」
「つまり、俺をノア殿から遠ざけようとするのは、容赦した対応なわけだな。お前のその独占欲、ノア殿に嫌がられても、俺は知らないぞ」
「兄上に気にしていただく必要はございませんので」
チクリと嫌味を言われても、サミュエルは全く気にした様子を見せない。散々色んな人に言われてきたことだから、「今さら何を」と呆れているようにも思える。
ノアにとっても、サミュエルの態度は既に慣れたものだ。そして、ノア自身はその意思を尊重することに決めている。
「……せっかくのお誘いですが、また別の機会をいただけましたら」
遠回しに誘いを断ると、ルシエルがなんとも言えない複雑な笑みを浮かべた。
「サミュエルを甘やかしても、調子に乗るだけで、良いことは何もないぞ」
「サミュエル様にとって喜ばしいなら、僕にとっても良いことだと思います」
「……なるほど、よく調教している」
ノアの返事をどう曲解したのか、ルシエルが感心したような眼差しをサミュエルに向けた。
「下品な言い方はやめていただけますか」
「調教はダメか? 懐柔? それとも、詐欺?」
「全然意味が違います。そもそも、私はノアの意思を操ったことはありません」
「どうだか。お前の手にかかれば、純朴な人間の意思なんて、ころりと転がる」
揶揄するように言いながら、ルシエルは片手をひらりと翻した。
その様子をサミュエルが冷たい目で見ていようとも、ルシエルの口元に浮かんだ笑みは揺るがない。
「――ノア殿。精々気をつけることだ。サミュエルに囚われて雁字搦めにならないように、警戒するといい」
ノアを捉えた目が、スッと細められる。その眼差しに浮かぶのは、揶揄いか警告か、あるいは同情か――。
さほど付き合いのないノアには、ルシエルが何を思ってそんな言葉を告げるのか、読み取ることができなかった。
「ノアをおどかすのはやめてください。――いい加減にしないと、私だって考えがありますよ」
ノアが返事をする前に、これまで以上に冷たい声音が、最後通告のようにルシエルに向けられた。
ルシエルの顔から笑みが消える。
「……分かっているさ。俺はお前と争うつもりはない」
「私はノアのためならいつだって、その用意はありますが」
「ふん……憶えておく」
肩をすくめたルシエルが踵を返す。
「――ノア殿、今回に懲りないで、いつでも遊びに来るといい。俺はいつだって歓迎する」
軽く手を振って去っていくルシエルの後ろ姿を見送って、ノアはサミュエルに視線を移す。
「……サミュエル様とルシエル様って、仲がよろしいんですね」
「うん、こう見えて、意外と」
ノアの背後で、ザクが「え……?」と疑問の声を上げ、ロウが「どのへんで、仲が良いと思われたのですか……?」と困惑した雰囲気で呟いた。
サミュエルは仲が良い相手には遠慮しない、というこれまでの経験則から判断したのだけれど、何か間違っているだろうか。
ノアは首を傾げてザクとロウを見た。理解を得られる気がしなかったので、言葉にするのはやめたけれど。
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