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213.待ち構える者
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ロウとザクに本を抱えさせて、ノアたちが上階の書斎まで戻ってきたとき、一人の青年がソファに腰かけている姿があった。
「――やぁ、サミュエル、ノア殿。ご機嫌麗しく?」
「ルシエル兄上。珍しいですね、このような早い時間に屋敷にいらっしゃるとは」
グレイ公爵家の次男ルシエルが、本を片手にノアたちに視線を向ける。その口元には笑みが浮かび、見るからに楽しそうな様子だ。
いったい何がそんなに楽しいのかと、ノアは首を傾げてしまう。
「父上の仕事が早く終わったんだ。それで、サミュエルたちが冒険に乗り出したと執事に聞いて、こうして待っていたというわけだ」
サミュエルが挨拶すらも飛ばして問いかけてきても、ルシエルは全く気にした様子を見せずに、答えながら肩をすくめる。
ノアは遅ればせながら、そっと礼をとった。
「ごきげんよう、ルシエル様。お邪魔しております」
「丁寧にありがとう。でも、ここはもう、ノア殿の家も同然なのだから、そんな硬くならなくていいんだぞ?」
「いえ、そんな……」
多少親しくなろうとも、人見知りの気質が強いノアが、ルシエルの言うような態度をとれるわけもない。
戸惑いも露わに首を振るノアを、ルシエルが細めた目で眺めた。
「奥ゆかしく、楚々として、美しい。……ノア殿を見る度に、誇張されない評判というものもあるのだと感じる」
「えっと……」
「そういう意味では、サミュエルも同じか。随分と名を上げている。今じゃ、グレイ公爵家は大きな魚を逃したと囁かれる始末だ」
ノアからサミュエルへと視線を転じたルシエルは、どこか冷めた雰囲気だった。
「兄上方が、控えすぎているだけでしょう。能ある鷹は爪を隠すと言いますが、侮られるようなら考えものですね」
「愚鈍な者たちがどう考えようと、俺には関係ないね。……サミュエルが、この家を出ることを選んだのは、正しい。それ以上でも、以下でもない」
兄弟の会話というには、どちらも熱のない声だった。
晩餐会で話していた時とは雰囲気が違い、ノアは少し困惑してしまう。
思い返してみると、グレイ公爵家三兄弟の会話は、そのほとんどにミカエルが介在して成立していた。
ミカエルはルシエルにも、サミュエルにも、強い愛情を抱いているようだったから、穏やかな会話に思えたのだろうか。
次男と三男だけの会話は、いささか殺伐とした雰囲気が漂う。
でも、この二人は不思議と気が合っているように思えるから、ノアは静かに見守ることにした。
「ルシエル兄上が、私とノアの結婚に賛同していたとは初めて知りました」
「そうか? 反対しなかった時点で、賛同しているも同然だと、お前なら判断すると思ったが」
「ええ。でも、同然であるだけで、イコールではありませんからね」
「俺の意思なんて気にしていないくせに、細かいことにこだわるんだな」
「ノアに対して害意があるかどうかは、大きな問題なので」
サミュエルの冷然とした言葉を最後に、沈黙が流れた。
表情の無いサミュエルの顔を、ルシエルがジッと見つめる。
「……なるほど、俺は警戒されていたわけだ」
やがて口を開いたルシエルは、苦々しい表情だった。
「――ミカエルならまだしも、なんで俺を警戒する? 俺はあいつと違って、人のものにちょっかいをかける人間性はしてないぞ」
なんだかミカエルに対して失礼な物言いだと、ノアは思ったけれど、その発言をサミュエルが一切否定しないのを見て、考えを改めた。
ノアが思っていた以上に、ミカエルは危ない人だったらしい。
「ええ、それは分かっていますよ。ただ、あなたの考えが読めなかっただけで」
「へぇ……そりゃ、俺は喜んだ方がいいのかね。サミュエルの上手をいくとは驚きだ。そもそも、俺にとってはどうでもいいことだから、読むほどの考えがなかったというだけだと思うが」
「つまり、私とノアの結婚に関心がない?」
首を傾げるサミュエルの横で、ノアは僅かに目を伏せた。
婚約者の兄弟に、結婚を祝福されていないように感じられるのは、少し寂しい気がする。
「……まさか。祝福はしているとも。ただ、それ以上でも以下でもないというだけで」
先ほども聞いたような言い回しだ。ルシエルの口癖なのだろうか。
ノアは祝福されているということにホッと安堵しながら、ルシエルへの興味が湧いてくるのを感じた。これまでにノアの傍にはあまりいなかったタイプだ。
「なるほど。……考えてみれば、そうですね。私がランドロフ侯爵家に婿入りしたところで、グレイ公爵家への影響はあまり生じない。つまり、あなたが気にするべきことが存在しない」
「そうだな。理解が得られて嬉しいよ。お前は本当に頭が良い。だから、俺は心から、お前のことを気に入っているんだ」
「そうですか。それはどうも。これからも、そうであってほしいものですね」
「ああ、お互いにとって、な」
どのような見解の一致が得られたのか、ずっと会話を聞いていたノアにはまるで分からなかった。
でも、サミュエルもルシエルも、納得した雰囲気で話題を打ち切る。
「――それで、グレイ公爵家のお宝は見つかったのか?」
ルシエルが最初の話題に話を戻しながら、ロウとザクが持つ本の山を、呆れた眼差しで眺めた。
「――やぁ、サミュエル、ノア殿。ご機嫌麗しく?」
「ルシエル兄上。珍しいですね、このような早い時間に屋敷にいらっしゃるとは」
グレイ公爵家の次男ルシエルが、本を片手にノアたちに視線を向ける。その口元には笑みが浮かび、見るからに楽しそうな様子だ。
いったい何がそんなに楽しいのかと、ノアは首を傾げてしまう。
「父上の仕事が早く終わったんだ。それで、サミュエルたちが冒険に乗り出したと執事に聞いて、こうして待っていたというわけだ」
サミュエルが挨拶すらも飛ばして問いかけてきても、ルシエルは全く気にした様子を見せずに、答えながら肩をすくめる。
ノアは遅ればせながら、そっと礼をとった。
「ごきげんよう、ルシエル様。お邪魔しております」
「丁寧にありがとう。でも、ここはもう、ノア殿の家も同然なのだから、そんな硬くならなくていいんだぞ?」
「いえ、そんな……」
多少親しくなろうとも、人見知りの気質が強いノアが、ルシエルの言うような態度をとれるわけもない。
戸惑いも露わに首を振るノアを、ルシエルが細めた目で眺めた。
「奥ゆかしく、楚々として、美しい。……ノア殿を見る度に、誇張されない評判というものもあるのだと感じる」
「えっと……」
「そういう意味では、サミュエルも同じか。随分と名を上げている。今じゃ、グレイ公爵家は大きな魚を逃したと囁かれる始末だ」
ノアからサミュエルへと視線を転じたルシエルは、どこか冷めた雰囲気だった。
「兄上方が、控えすぎているだけでしょう。能ある鷹は爪を隠すと言いますが、侮られるようなら考えものですね」
「愚鈍な者たちがどう考えようと、俺には関係ないね。……サミュエルが、この家を出ることを選んだのは、正しい。それ以上でも、以下でもない」
兄弟の会話というには、どちらも熱のない声だった。
晩餐会で話していた時とは雰囲気が違い、ノアは少し困惑してしまう。
思い返してみると、グレイ公爵家三兄弟の会話は、そのほとんどにミカエルが介在して成立していた。
ミカエルはルシエルにも、サミュエルにも、強い愛情を抱いているようだったから、穏やかな会話に思えたのだろうか。
次男と三男だけの会話は、いささか殺伐とした雰囲気が漂う。
でも、この二人は不思議と気が合っているように思えるから、ノアは静かに見守ることにした。
「ルシエル兄上が、私とノアの結婚に賛同していたとは初めて知りました」
「そうか? 反対しなかった時点で、賛同しているも同然だと、お前なら判断すると思ったが」
「ええ。でも、同然であるだけで、イコールではありませんからね」
「俺の意思なんて気にしていないくせに、細かいことにこだわるんだな」
「ノアに対して害意があるかどうかは、大きな問題なので」
サミュエルの冷然とした言葉を最後に、沈黙が流れた。
表情の無いサミュエルの顔を、ルシエルがジッと見つめる。
「……なるほど、俺は警戒されていたわけだ」
やがて口を開いたルシエルは、苦々しい表情だった。
「――ミカエルならまだしも、なんで俺を警戒する? 俺はあいつと違って、人のものにちょっかいをかける人間性はしてないぞ」
なんだかミカエルに対して失礼な物言いだと、ノアは思ったけれど、その発言をサミュエルが一切否定しないのを見て、考えを改めた。
ノアが思っていた以上に、ミカエルは危ない人だったらしい。
「ええ、それは分かっていますよ。ただ、あなたの考えが読めなかっただけで」
「へぇ……そりゃ、俺は喜んだ方がいいのかね。サミュエルの上手をいくとは驚きだ。そもそも、俺にとってはどうでもいいことだから、読むほどの考えがなかったというだけだと思うが」
「つまり、私とノアの結婚に関心がない?」
首を傾げるサミュエルの横で、ノアは僅かに目を伏せた。
婚約者の兄弟に、結婚を祝福されていないように感じられるのは、少し寂しい気がする。
「……まさか。祝福はしているとも。ただ、それ以上でも以下でもないというだけで」
先ほども聞いたような言い回しだ。ルシエルの口癖なのだろうか。
ノアは祝福されているということにホッと安堵しながら、ルシエルへの興味が湧いてくるのを感じた。これまでにノアの傍にはあまりいなかったタイプだ。
「なるほど。……考えてみれば、そうですね。私がランドロフ侯爵家に婿入りしたところで、グレイ公爵家への影響はあまり生じない。つまり、あなたが気にするべきことが存在しない」
「そうだな。理解が得られて嬉しいよ。お前は本当に頭が良い。だから、俺は心から、お前のことを気に入っているんだ」
「そうですか。それはどうも。これからも、そうであってほしいものですね」
「ああ、お互いにとって、な」
どのような見解の一致が得られたのか、ずっと会話を聞いていたノアにはまるで分からなかった。
でも、サミュエルもルシエルも、納得した雰囲気で話題を打ち切る。
「――それで、グレイ公爵家のお宝は見つかったのか?」
ルシエルが最初の話題に話を戻しながら、ロウとザクが持つ本の山を、呆れた眼差しで眺めた。
62
◇長編◇
本編完結
『貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです』
本編・続編完結
『雪豹くんは魔王さまに溺愛される』書籍化☆
完結『天翔ける獣の願いごと』
◇短編◇
本編完結『悪役令息になる前に自由に生きることにしました』
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