内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
213 / 277

213.待ち構える者

しおりを挟む
 ロウとザクに本を抱えさせて、ノアたちが上階の書斎まで戻ってきたとき、一人の青年がソファに腰かけている姿があった。

「――やぁ、サミュエル、ノア殿。ご機嫌麗しく?」
「ルシエル兄上。珍しいですね、このような早い時間に屋敷にいらっしゃるとは」

 グレイ公爵家の次男ルシエルが、本を片手にノアたちに視線を向ける。その口元には笑みが浮かび、見るからに楽しそうな様子だ。

 いったい何がそんなに楽しいのかと、ノアは首を傾げてしまう。

「父上の仕事が早く終わったんだ。それで、サミュエルたちが冒険に乗り出したと執事に聞いて、こうして待っていたというわけだ」

 サミュエルが挨拶すらも飛ばして問いかけてきても、ルシエルは全く気にした様子を見せずに、答えながら肩をすくめる。

 ノアは遅ればせながら、そっと礼をとった。

「ごきげんよう、ルシエル様。お邪魔しております」
「丁寧にありがとう。でも、ここはもう、ノア殿の家も同然なのだから、そんな硬くならなくていいんだぞ?」
「いえ、そんな……」

 多少親しくなろうとも、人見知りの気質が強いノアが、ルシエルの言うような態度をとれるわけもない。
 戸惑いも露わに首を振るノアを、ルシエルが細めた目で眺めた。

「奥ゆかしく、楚々として、美しい。……ノア殿を見る度に、誇張されない評判というものもあるのだと感じる」
「えっと……」
「そういう意味では、サミュエルも同じか。随分と名を上げている。今じゃ、グレイ公爵家は大きな魚を逃したと囁かれる始末だ」

 ノアからサミュエルへと視線を転じたルシエルは、どこか冷めた雰囲気だった。

「兄上方が、控えすぎているだけでしょう。能ある鷹は爪を隠すと言いますが、侮られるようなら考えものですね」
「愚鈍な者たちがどう考えようと、俺には関係ないね。……サミュエルが、この家を出ることを選んだのは、正しい。それ以上でも、以下でもない」

 兄弟の会話というには、どちらも熱のない声だった。
 晩餐会で話していた時とは雰囲気が違い、ノアは少し困惑してしまう。

 思い返してみると、グレイ公爵家三兄弟の会話は、そのほとんどにミカエルが介在して成立していた。
 ミカエルはルシエルにも、サミュエルにも、強い愛情を抱いているようだったから、穏やかな会話に思えたのだろうか。

 次男と三男だけの会話は、いささか殺伐とした雰囲気が漂う。
 でも、この二人は不思議と気が合っているように思えるから、ノアは静かに見守ることにした。

「ルシエル兄上が、私とノアの結婚に賛同していたとは初めて知りました」
「そうか? 反対しなかった時点で、賛同しているも同然だと、お前なら判断すると思ったが」
「ええ。でも、同然であるだけで、イコールではありませんからね」
「俺の意思なんて気にしていないくせに、細かいことにこだわるんだな」
「ノアに対して害意があるかどうかは、大きな問題なので」

 サミュエルの冷然とした言葉を最後に、沈黙が流れた。
 表情の無いサミュエルの顔を、ルシエルがジッと見つめる。

「……なるほど、俺は警戒されていたわけだ」

 やがて口を開いたルシエルは、苦々しい表情だった。

「――ミカエルならまだしも、なんで俺を警戒する? 俺はあいつと違って、人のものにちょっかいをかける人間性はしてないぞ」

 なんだかミカエルに対して失礼な物言いだと、ノアは思ったけれど、その発言をサミュエルが一切否定しないのを見て、考えを改めた。
 ノアが思っていた以上に、ミカエルは危ない人だったらしい。

「ええ、それは分かっていますよ。ただ、あなたの考えが読めなかっただけで」
「へぇ……そりゃ、俺は喜んだ方がいいのかね。サミュエルの上手をいくとは驚きだ。そもそも、俺にとってはどうでもいいことだから、読むほどの考えがなかったというだけだと思うが」
「つまり、私とノアの結婚に関心がない?」

 首を傾げるサミュエルの横で、ノアは僅かに目を伏せた。
 婚約者の兄弟に、結婚を祝福されていないように感じられるのは、少し寂しい気がする。

「……まさか。祝福はしているとも。ただ、それ以上でも以下でもないというだけで」

 先ほども聞いたような言い回しだ。ルシエルの口癖なのだろうか。
 ノアは祝福されているということにホッと安堵しながら、ルシエルへの興味が湧いてくるのを感じた。これまでにノアの傍にはあまりいなかったタイプだ。

「なるほど。……考えてみれば、そうですね。私がランドロフ侯爵家に婿入りしたところで、グレイ公爵家への影響はあまり生じない。つまり、あなたが気にするべきことが存在しない」
「そうだな。理解が得られて嬉しいよ。お前は本当に頭が良い。だから、俺は心から、お前のことを気に入っているんだ」
「そうですか。それはどうも。これからも、そうであってほしいものですね」
「ああ、お互いにとって、な」

 どのような見解の一致が得られたのか、ずっと会話を聞いていたノアにはまるで分からなかった。
 でも、サミュエルもルシエルも、納得した雰囲気で話題を打ち切る。

「――それで、グレイ公爵家のお宝は見つかったのか?」

 ルシエルが最初の話題に話を戻しながら、ロウとザクが持つ本の山を、呆れた眼差しで眺めた。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...