内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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211.運命の繋がる先

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 そこに記されていたのは、まさに恋愛小説のように、恋人との切ない別れだった。

 初代グレイ公爵には幼少期から愛する恋人がいたらしい。でも、リリアーヌという恋人は、隣国に嫁ぐことが決められ、別れざるを得なくなった。

 そうなった原因には、なにやら王家の思惑があったらしい。その後グレイ公爵に嫁いだのは、王家の末の姫だったはずだから、王家にとってはリリアーヌが邪魔だったということなのかもしれない。

 何はともあれ、初代グレイ公爵とリリアーヌは、『来世では結ばれよう』という誓いを立てて、離ればなれになったようだ。

「ロマンティックなのか、現実逃避なのか」
「素敵だと思いますよ? もしサミュエル様が、僕と別れなければならなくなった時は、同じような誓いを立ててくださいます?」

 初代グレイ公爵を茶化したような言葉を咎めるつもりで、ノアは自分たちに当てはめて尋ねてみる。

 見上げた先で、サミュエルの目が眇められた。思いがけないほど強い光を宿した目に、ノアは捕らえられた気分になる。

「そもそも、別れるなんて未来を承諾するつもりがないね。今世でも来世でも、共にいることなら誓えるけど」

 なんともサミュエルらしい言葉だった。確かに、サミュエルならば唯々諾々と国の指示に従って、別れることなんてしないだろう。それを頼もしく感じる。
 今世でも来世でも、という言葉には、執着を感じて苦笑してしまうけれど。

 さらに先を読み進めたノアは、あることに気づいて目を丸くした。

「……あ、リリアーヌさんが嫁いだのは隣国の王家で……つまり、カールトン国の王家に繫がる……?」
「ん? そうだね……。カールトン国がある地域は、勃興を繰り返して度々王家の血筋が変わっているけど……カールトン国の初代王の配偶者とされた人は、リリアーヌの血筋と言えるから、現王家にも繋がっているね」

 各国の複雑な血筋を思い出しながら、ノアが自信なく呟くと、サミュエルが明確な答えをくれた。さすがサミュエルは、この国と周辺国の王侯貴族の複雑な血縁関係まで、全て記憶しているらしい。

「――と言っても、あまりに昔過ぎて、リリアーヌの血筋という点では、各国にその末裔がいることになる。なにせ、王侯貴族は昔から、周辺国との婚姻外交をしてきたわけで……」

 不意にサミュエルの言葉が途切れた。同時に、ノアの方へと視線が注がれる。

「どうかしましたか?」
「……いや。そういえば、ランドロフ侯爵夫人は、フィガロ伯爵家から嫁いできた方だよね」
「ええ、そうですけど」
「フィガロ伯爵家も、リリアーヌの血筋だよ。確か、リリアーヌの孫にあたる人とローリエ公爵との間の娘が、フィガロ伯爵家に嫁いでいるから」
「なるほど……?」

 ローリエ公爵とは誰かと考えても、思い当たる人がいない。おそらく既になくなっている国の公爵なのだろう。
 その血筋が、この国で生きていて、しかもノアに近いところにあったとは、結構な驚きである。

「――つまり、僕も、リリアーヌさんの血筋と言える……?」
「そうだね。あまりに薄れすぎていて、ほぼ無関係と言えるけど」

 ノアの驚いた表情を、サミュエルが微笑ましげに見ながら、肩をすくめる。
 そして、部屋に目を向けると、僅かに首を傾げた。

「……まだ、何か隠してあるみたいだ」
「え?」

 サミュエルの視線の先にはただの壁しかない。でも、よくよく見ると、壁面に僅かな線があるのが分かる。

 サミュエルが壁を軽く叩くと、反響があった。その壁の先に空間があるのは間違いない。
 どう開ければいいのかとノアは首を傾げた。これまでのように、文字盤の仕掛けがあるとは思えなかったのだけれど――。

「ここは単純なようだね」

 あっさりとサミュエルが壁から取っ手を引き出した。シーソーのように、取っ手の一部を押すと反対側が持ち上がる仕掛けになっていたらしい。
 持ち上がった部分を引くと、壁と一体化していた扉が開く。

「隠し棚……?」
「ああ、たぶんリリアーヌとの思い出の品をここに隠したんだろう」

 本棚とは違い、雑貨やアクセサリーなどが綺麗に陳列されている。手紙などもあり、そこにはリリアーヌと初代グレイ公爵の名が記されていた。

「――初代グレイ公爵の妻は、王家の姫だったからね。かつての恋人とのやり取りを、見えるところに置いておくわけにはいかなかったんだろう。こんな隠れ部屋のさらに奥に隠すなんて、念の入った隠し方だけど」

 サミュエルが初代グレイ公爵の行動の理由を推察しながら、隠し棚からあるものを手に取る。
 それは女性が描かれた絵だった。

「……これ、リリアーヌさん……?」

 目にしたノアが戸惑ったのも当然だった。
 ノアの横に絵を並べたサミュエルが、見比べて感嘆の息を吐く。

「これは、さすがに私も驚いたな。……ノアにそっくりだ」

 サミュエルの言葉通り、リリアーヌの肖像画は、ノアを女性的にしたような姿だった。ノアの母にも似ているけれど、ノアの方がより近いように思える。

「確か、カールトン国で神聖化されている、初代国王の配偶者も、僕と似ているんですよね……」
「うん、みんな、リリアーヌの血筋だ。ここまで容姿が似ていると、執念や呪いを感じるね」
「サミュエル様……」

 恐ろしいことを軽い口調で言うサミュエルを、ノアは思わずじとりと睨んだ。自分の血が呪われているなんて、それが冗談でもあまり聞きたい話ではない。

 サミュエルは肩をすくめて「すまない。取り消すよ。ただの先祖返りだと思う」と呟く。
 ノアの機嫌を損ねたと察したら、すぐさま謝るところは、サミュエルの良いところだ。どこまでもノアに弱いとも言えるけれど。

 少し呆れつつ視線を隠し棚に戻したノアは、隅の方にもう一つ絵があることに気づいた。

 そこに描かれているのは二人の人物だ。
 一人はリリアーヌ。そして、その肩を抱いて描かれているのは――。

「もしかして、初代グレイ公爵……?」

 絵を持ち上げたノアは、それをサミュエルの方へと向ける。

「――サミュエル様、そっくり……」

 目を丸くして驚くノアに、サミュエルが苦笑を浮かべた。

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