内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
上 下
210 / 277

210.隠されたもの

しおりを挟む
 通路は分かれ道こそなかったものの、曲がったり階段があったりと、ひどく入り組んだ造りだった。

 何度か下ったので、既に一階か地下にまで辿り着いている気がする。脱出路ならば出口があるのだろう。でも、この先に何があるかは、今のところザクしか把握していない。

「何もないですね」
「そうだね。少し期待外れかな」

 サミュエルと手を繫いでなかったなら、途中で引き返してしまいたくなる道のりである。物語の中で冒険をしている者たちは、このような不安と戦いながら行動しているのかと、なんとなく感心してしまった。

「サミュエル様は、グレイ公爵家のお宝とはどんなものだと思われているのですか?」

 ノアが暇つぶしがてら話題を振ると、明かりに照らされた金髪が揺れる。視界の大部分を暗闇が占める中で、サミュエルの輝かしさは格別に眩しく見えた。

「うーん……。もし、ノアが金銀財宝を求めているなら、残念な結果になりそうだなと思っているよ」
「ということは、そうした資産的価値のあるものではない可能性が高い?」

 ミカエルは生前贈与にお宝を加えてくれると言っていたけれど、ノアもサミュエルも、そのような利益を求めてお宝探しをしているわけではない。
 ノアは知的好奇心だし、サミュエルはノアの望みを叶えようとしているだけである。

 それゆえ、金銀財宝という言葉に一切関心を示さないノアを、サミュエルは横目で見て、口元に笑みを浮かべた。

「そうだね。ある意味では、資産と言えるのかもしれないけど。歴史的遺産もまた、価値が認められるものであれば、金銭的価値は計り知れない」
「歴史的遺産……つまり、グレイ公爵家の歴史を示す遺産……?」
「あるいは、この国の隠された歴史かもね」

 ノアは「なるほど……」と頷き、明かりが届かない暗闇に目を向けた。
 王家と共にあるグレイ公爵家が、この国の隠れた歴史を密かに保持している可能性はあるだろう。その場合、それを発見したところで、公開するか否かには、非常に繊細な判断が必要となる。

「――むしろ、こうして隠されているからには、公開するべきではない秘密、ということかなぁ……」

 ノアの小さな呟きに、サミュエルは視線をちらりと向けただけで、言葉を返すことはなかった。
 ちょうど、道の先に扉が見えたのだ。

「ようやく、ゴールかな」
「そうだといいですね」

 さすがに歩き続けることに嫌気がさしてきていたノアは、心から頷いた。冒険するには、ノアの体力と気力が足りなかったようである。

 扉には文字盤がついていて、柱時計の仕掛け同様、文字が押せるようになっていた。どうやら、簡単には通してくれないようである。

「――ここの答えはご存知なのですか?」

 引き返すのは嫌だなと思いながらサミュエルを見上げると、軽く肩をすくめられた。
 サミュエルが文字盤の上を明かりで照らす。

「『創始の名は』……か。問題が簡単だね」
「創始ということは、グレイ公爵家の初代当主ということでしょうか?」
「たぶんね。間違ったところで、通路が崩壊するわけでもないだろう」

 サミュエルが文字盤を押していくと、最後の文字の後にカチリと音がする。正解のようだ。

「――さて、心の準備はいいかい?」
「はい、もうとっくに」

 顔を覗き込んでくるサミュエルに微笑み返し、ノアは扉へと視線を転じた。
 サミュエルが扉を押し開けるのを、今か今かと待つ。

 ――ゆっくりと開かれた先にあったのは、ノアの私室ほどの大きさの空間だった。
 正面の壁には本棚が造り付けられ、たくさんの書物が収まっている。左手側には、書き物机。右手側には年代物のソファとローテーブルが並ぶ。

 見るからに個人の書斎で、ノアは予想外に普通な光景に拍子抜けしたような気分になった。

「……もしかして、ここは初代グレイ公爵の書斎?」
「そのようだね。まぁ、ここにある以上、ただの書斎ではないだろうけど」

 躊躇いなく踏み込むサミュエルと共に、ノアは書斎をじっくりと観察した。
 秘密を守っている場所とは思えないほど、ごく普通の部屋である。ただ、本棚に並ぶ書物は、さすがに価値があるものばかりのようだった。

「見たことのない本ばかりです」
「うん。まだ印刷技術がない頃のものだから、現存していることが奇跡だね。売れば多少お金になるよ」
「多少……」

 おそらく、一般庶民の家族が十年は遊んで暮らせるような額になるだろうと予想できるけれど、サミュエルにとっては、多少と表現できるもののようだ。
 ノアも金銭的価値よりも、その内容の方が気になるけれど。

「――この書物が、グレイ公爵家のお宝でしょうか」

 目ぼしい物は書物くらいしかなく、ノアは背表紙に目を走らせながら首を傾げる。
 題名があるものとないもの。おそらく題名がないのは、書物というより初代グレイ公爵による記録だろう。

「そうだろうね。……これは、初代の日記かな」

 部外者であるノアが手を伸ばすのははばかられて、サミュエルが取り出した記録に、一緒に目を通す。

 建国当時のあれこれが書かれているのは、読み物として十分に面白い。書き方が上手いのか、登場人物が生活している様子が思い浮かぶようだった。

 読み進めていると、不意に気になる言葉が出てくる。

「……『最愛リリアーヌとの別れ』?」
「急に恋愛小説みたいな話が出てきたね。この名前、うちの家系図には載ってないから、妻でも子でもない。愛人かな?」
「……やめてください」

 先祖を揶揄するようなことを言うサミュエルを軽く咎めながら、ノアは好奇心を抑えきれず、先を読み進めた。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...