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210.隠されたもの

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 通路は分かれ道こそなかったものの、曲がったり階段があったりと、ひどく入り組んだ造りだった。

 何度か下ったので、既に一階か地下にまで辿り着いている気がする。脱出路ならば出口があるのだろう。でも、この先に何があるかは、今のところザクしか把握していない。

「何もないですね」
「そうだね。少し期待外れかな」

 サミュエルと手を繫いでなかったなら、途中で引き返してしまいたくなる道のりである。物語の中で冒険をしている者たちは、このような不安と戦いながら行動しているのかと、なんとなく感心してしまった。

「サミュエル様は、グレイ公爵家のお宝とはどんなものだと思われているのですか?」

 ノアが暇つぶしがてら話題を振ると、明かりに照らされた金髪が揺れる。視界の大部分を暗闇が占める中で、サミュエルの輝かしさは格別に眩しく見えた。

「うーん……。もし、ノアが金銀財宝を求めているなら、残念な結果になりそうだなと思っているよ」
「ということは、そうした資産的価値のあるものではない可能性が高い?」

 ミカエルは生前贈与にお宝を加えてくれると言っていたけれど、ノアもサミュエルも、そのような利益を求めてお宝探しをしているわけではない。
 ノアは知的好奇心だし、サミュエルはノアの望みを叶えようとしているだけである。

 それゆえ、金銀財宝という言葉に一切関心を示さないノアを、サミュエルは横目で見て、口元に笑みを浮かべた。

「そうだね。ある意味では、資産と言えるのかもしれないけど。歴史的遺産もまた、価値が認められるものであれば、金銭的価値は計り知れない」
「歴史的遺産……つまり、グレイ公爵家の歴史を示す遺産……?」
「あるいは、この国の隠された歴史かもね」

 ノアは「なるほど……」と頷き、明かりが届かない暗闇に目を向けた。
 王家と共にあるグレイ公爵家が、この国の隠れた歴史を密かに保持している可能性はあるだろう。その場合、それを発見したところで、公開するか否かには、非常に繊細な判断が必要となる。

「――むしろ、こうして隠されているからには、公開するべきではない秘密、ということかなぁ……」

 ノアの小さな呟きに、サミュエルは視線をちらりと向けただけで、言葉を返すことはなかった。
 ちょうど、道の先に扉が見えたのだ。

「ようやく、ゴールかな」
「そうだといいですね」

 さすがに歩き続けることに嫌気がさしてきていたノアは、心から頷いた。冒険するには、ノアの体力と気力が足りなかったようである。

 扉には文字盤がついていて、柱時計の仕掛け同様、文字が押せるようになっていた。どうやら、簡単には通してくれないようである。

「――ここの答えはご存知なのですか?」

 引き返すのは嫌だなと思いながらサミュエルを見上げると、軽く肩をすくめられた。
 サミュエルが文字盤の上を明かりで照らす。

「『創始の名は』……か。問題が簡単だね」
「創始ということは、グレイ公爵家の初代当主ということでしょうか?」
「たぶんね。間違ったところで、通路が崩壊するわけでもないだろう」

 サミュエルが文字盤を押していくと、最後の文字の後にカチリと音がする。正解のようだ。

「――さて、心の準備はいいかい?」
「はい、もうとっくに」

 顔を覗き込んでくるサミュエルに微笑み返し、ノアは扉へと視線を転じた。
 サミュエルが扉を押し開けるのを、今か今かと待つ。

 ――ゆっくりと開かれた先にあったのは、ノアの私室ほどの大きさの空間だった。
 正面の壁には本棚が造り付けられ、たくさんの書物が収まっている。左手側には、書き物机。右手側には年代物のソファとローテーブルが並ぶ。

 見るからに個人の書斎で、ノアは予想外に普通な光景に拍子抜けしたような気分になった。

「……もしかして、ここは初代グレイ公爵の書斎?」
「そのようだね。まぁ、ここにある以上、ただの書斎ではないだろうけど」

 躊躇いなく踏み込むサミュエルと共に、ノアは書斎をじっくりと観察した。
 秘密を守っている場所とは思えないほど、ごく普通の部屋である。ただ、本棚に並ぶ書物は、さすがに価値があるものばかりのようだった。

「見たことのない本ばかりです」
「うん。まだ印刷技術がない頃のものだから、現存していることが奇跡だね。売れば多少お金になるよ」
「多少……」

 おそらく、一般庶民の家族が十年は遊んで暮らせるような額になるだろうと予想できるけれど、サミュエルにとっては、多少と表現できるもののようだ。
 ノアも金銭的価値よりも、その内容の方が気になるけれど。

「――この書物が、グレイ公爵家のお宝でしょうか」

 目ぼしい物は書物くらいしかなく、ノアは背表紙に目を走らせながら首を傾げる。
 題名があるものとないもの。おそらく題名がないのは、書物というより初代グレイ公爵による記録だろう。

「そうだろうね。……これは、初代の日記かな」

 部外者であるノアが手を伸ばすのははばかられて、サミュエルが取り出した記録に、一緒に目を通す。

 建国当時のあれこれが書かれているのは、読み物として十分に面白い。書き方が上手いのか、登場人物が生活している様子が思い浮かぶようだった。

 読み進めていると、不意に気になる言葉が出てくる。

「……『最愛リリアーヌとの別れ』?」
「急に恋愛小説みたいな話が出てきたね。この名前、うちの家系図には載ってないから、妻でも子でもない。愛人かな?」
「……やめてください」

 先祖を揶揄するようなことを言うサミュエルを軽く咎めながら、ノアは好奇心を抑えきれず、先を読み進めた。

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