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209.開かれるもの
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ヒントを求めるノアに対し、サミュエルは柱時計の傍の本棚に手を伸ばした。
偶然なのか、必然なのか、そこにあったのは『時計の歴史』という題名の本である。なかなか面白そうだ。
「これが、ヒントですか?」
手渡された本をめくりながら、ノアは首を傾げた。尋ねる間も、内容に目を通していく。
どうやらこの本に書かれているのは、太陽の動きで時を観測していた頃から、数百年前までの間の、時計に関する歴史のようだ。
興味深くて、じっくりと読んでみたい気になるけれど、ノアの今の目的は、お宝探しである。果たして、どこにヒントがあるのか――。
「ヒント、分からないかい?」
「そうですね……――いや、これは……?」
ふと、ある記述がノアの目を引いた。
仕掛け時計という、数百年前に流行したという柱時計の話である。設定した時間に人形が飛び出てくるものであったり、音楽が流れ始めるものだったり、楽しい仕掛けが多いようだ。
そして、本の最後の方には、明らかにそれまでとは違う筆跡で、文章が書かれていた。
「『建国の時を刻まれて、秘所へと進む扉が開かれる』――これがヒントですね」
「そうだね」
「でも、建国の時や扉というのは……?」
顔を上げて、ノアは柱時計をじっと見つめる。
「あ……この時計、数字が少し出っ張っていますね……?」
ひらめきを得て、柱時計の数字を指先でなぞる。軽く押してみると、僅かに引っ込む感覚があった。おそらくこれは、ボタンになっている。
「この柱時計を見た時、扉みたいに大きいと思ったのは、間違いではなかったのでしょうか?」
サミュエルを窺うと、にこやかに微笑まれた。正解らしい。
ノアは自信を得て、考察を進めた。推理小説を読んでいる時のような興奮があり、楽しい。
「建国の時……この国の建国は、一二七六年とされているから――」
とりあえず、一と二と七と六を押してみる。でも、暫く待ってみても、変化はない。
少し残念になって、思わず肩を落としてしまう。
「違うのか……」
「ノア、歴史というものは、時が流れることで、少し変わることがあるよね? この時計が作られたのは、随分昔のことだよ」
「あ……そういうことですね!」
ノアは、サミュエルのヒントを受けて、顔を輝かせる。
その横から手を伸ばしたサミュエルが、時計を探って何かを押した。すると、沈んでいた数字が元通りの位置に戻る。
「やり直しがちゃんとできるんですね。ありがとうございます」
「うん。ほら、また押してみて」
促されるまま、ノアは再び文字盤に手を伸ばした。
今回押すのは、一と二と七と五だ。数百年前に書かれた歴史書では、建国は一二七五年とされているのだ。
後年、それは初代王が建国のために行動を始めた年であり、実際に建国が宣言されたのは一二七六年として、歴史が改正されている。
「あ、今、何か音が――」
カチッという音が聞こえた気がして、ノアが呟いたところで、柱時計に動きがあった。
柱時計と壁の間に僅かに隙間が生まれている。
ノアはサミュエルと顔を見合わせ、一緒に手を伸ばした。
柱時計は重い。でも、ほとんど抵抗なく、ぐっと押すと扉のように開かれる。
「……凄い……!」
柱時計がなくなったところに壁はなく、ぽっかりと長方形の穴ができていた。ちょうど人が通れるくらいの高さと横幅だ。だいぶ奥行きがあるようで、書斎の明かりでは、穴の先を見通せない。
「穴というより、通路……?」
「そうだね。脱出路として作られた可能性もあるよ」
「なるほど。確かに、そういう風に見えますね」
サミュエルの言葉に、ノアは心底納得して頷いた。
貴族や王族の屋敷には、たいてい、攻め込まれた際の逃げ道として、脱出路が用意されているものだ。その目的上、屋敷に住まう者以外には、分かりにくいように作られている。
柱時計の仕掛けは、中に入ってから閉めてしまえば、使ったことすら分からなくできるので、脱出路として十分に活用できるだろう。
ノアの家にも、いくつかこのような仕掛けが存在している。
「サミュエル様は、この仕掛けをもともとご存知だったのですか?」
お宝探しの始まりとしては相応しいけれど、そのお宝とはずっと知られていないものだったはずだ。脱出路として伝わっていたら、これまでに見つかっていて当然だと思う。
「いや、知らなかったよ。ここは、屋敷の設計図にも残されていない仕掛けで、言い伝えとしても聞いた覚えがない。これが宝を隠している場所だと知ったのは、初代グレイ公爵が残した手記の内容と、諸々の情報をすり合わせた結果だから」
「それなら、本当にずっと発見されていない場所なんですね。……つまり、ここが開けられるのは、数百年ぶり?」
驚きと、少しの恐れを滲ませてノアが呟くと、サミュエルがにこりと笑ってノアの肩を叩く。
「安心していいよ。私が事前に開けて、ザクにこの先の安全を確かめてもらっているから。私はノアと一緒に発見を楽しもうと思って、この先のことは関知していないけど」
「ザクに……?」
背後を窺うと、ザクが疲れた顔で肩を落としていた。
どうやら一足先に冒険をしたようだけれど、その時ザクが感じただろう不安を思うと、ノアはなんだか申し訳ない気分になる。
こうして宝探しをすることになったのは、ノアがそれを望んだからだ。つまり、ザクはとばっちりで、職務外のことをさせられたということ。
「――あとで、何かお詫びの品を……」
ノアの呟きを聞き流して、サミュエルが用意していた明かりを持ち、ノアに手を差し出す。
「ザクのことなんて、どうでもいいよ。それより、グレイ公爵家の秘密を探しに、進もう」
「……はい」
ノアはザクに対してなおざりな様子を見せるサミュエルに苦笑しながら、差し出された手の平に手を重ね、通路へと足を踏み入れた。
偶然なのか、必然なのか、そこにあったのは『時計の歴史』という題名の本である。なかなか面白そうだ。
「これが、ヒントですか?」
手渡された本をめくりながら、ノアは首を傾げた。尋ねる間も、内容に目を通していく。
どうやらこの本に書かれているのは、太陽の動きで時を観測していた頃から、数百年前までの間の、時計に関する歴史のようだ。
興味深くて、じっくりと読んでみたい気になるけれど、ノアの今の目的は、お宝探しである。果たして、どこにヒントがあるのか――。
「ヒント、分からないかい?」
「そうですね……――いや、これは……?」
ふと、ある記述がノアの目を引いた。
仕掛け時計という、数百年前に流行したという柱時計の話である。設定した時間に人形が飛び出てくるものであったり、音楽が流れ始めるものだったり、楽しい仕掛けが多いようだ。
そして、本の最後の方には、明らかにそれまでとは違う筆跡で、文章が書かれていた。
「『建国の時を刻まれて、秘所へと進む扉が開かれる』――これがヒントですね」
「そうだね」
「でも、建国の時や扉というのは……?」
顔を上げて、ノアは柱時計をじっと見つめる。
「あ……この時計、数字が少し出っ張っていますね……?」
ひらめきを得て、柱時計の数字を指先でなぞる。軽く押してみると、僅かに引っ込む感覚があった。おそらくこれは、ボタンになっている。
「この柱時計を見た時、扉みたいに大きいと思ったのは、間違いではなかったのでしょうか?」
サミュエルを窺うと、にこやかに微笑まれた。正解らしい。
ノアは自信を得て、考察を進めた。推理小説を読んでいる時のような興奮があり、楽しい。
「建国の時……この国の建国は、一二七六年とされているから――」
とりあえず、一と二と七と六を押してみる。でも、暫く待ってみても、変化はない。
少し残念になって、思わず肩を落としてしまう。
「違うのか……」
「ノア、歴史というものは、時が流れることで、少し変わることがあるよね? この時計が作られたのは、随分昔のことだよ」
「あ……そういうことですね!」
ノアは、サミュエルのヒントを受けて、顔を輝かせる。
その横から手を伸ばしたサミュエルが、時計を探って何かを押した。すると、沈んでいた数字が元通りの位置に戻る。
「やり直しがちゃんとできるんですね。ありがとうございます」
「うん。ほら、また押してみて」
促されるまま、ノアは再び文字盤に手を伸ばした。
今回押すのは、一と二と七と五だ。数百年前に書かれた歴史書では、建国は一二七五年とされているのだ。
後年、それは初代王が建国のために行動を始めた年であり、実際に建国が宣言されたのは一二七六年として、歴史が改正されている。
「あ、今、何か音が――」
カチッという音が聞こえた気がして、ノアが呟いたところで、柱時計に動きがあった。
柱時計と壁の間に僅かに隙間が生まれている。
ノアはサミュエルと顔を見合わせ、一緒に手を伸ばした。
柱時計は重い。でも、ほとんど抵抗なく、ぐっと押すと扉のように開かれる。
「……凄い……!」
柱時計がなくなったところに壁はなく、ぽっかりと長方形の穴ができていた。ちょうど人が通れるくらいの高さと横幅だ。だいぶ奥行きがあるようで、書斎の明かりでは、穴の先を見通せない。
「穴というより、通路……?」
「そうだね。脱出路として作られた可能性もあるよ」
「なるほど。確かに、そういう風に見えますね」
サミュエルの言葉に、ノアは心底納得して頷いた。
貴族や王族の屋敷には、たいてい、攻め込まれた際の逃げ道として、脱出路が用意されているものだ。その目的上、屋敷に住まう者以外には、分かりにくいように作られている。
柱時計の仕掛けは、中に入ってから閉めてしまえば、使ったことすら分からなくできるので、脱出路として十分に活用できるだろう。
ノアの家にも、いくつかこのような仕掛けが存在している。
「サミュエル様は、この仕掛けをもともとご存知だったのですか?」
お宝探しの始まりとしては相応しいけれど、そのお宝とはずっと知られていないものだったはずだ。脱出路として伝わっていたら、これまでに見つかっていて当然だと思う。
「いや、知らなかったよ。ここは、屋敷の設計図にも残されていない仕掛けで、言い伝えとしても聞いた覚えがない。これが宝を隠している場所だと知ったのは、初代グレイ公爵が残した手記の内容と、諸々の情報をすり合わせた結果だから」
「それなら、本当にずっと発見されていない場所なんですね。……つまり、ここが開けられるのは、数百年ぶり?」
驚きと、少しの恐れを滲ませてノアが呟くと、サミュエルがにこりと笑ってノアの肩を叩く。
「安心していいよ。私が事前に開けて、ザクにこの先の安全を確かめてもらっているから。私はノアと一緒に発見を楽しもうと思って、この先のことは関知していないけど」
「ザクに……?」
背後を窺うと、ザクが疲れた顔で肩を落としていた。
どうやら一足先に冒険をしたようだけれど、その時ザクが感じただろう不安を思うと、ノアはなんだか申し訳ない気分になる。
こうして宝探しをすることになったのは、ノアがそれを望んだからだ。つまり、ザクはとばっちりで、職務外のことをさせられたということ。
「――あとで、何かお詫びの品を……」
ノアの呟きを聞き流して、サミュエルが用意していた明かりを持ち、ノアに手を差し出す。
「ザクのことなんて、どうでもいいよ。それより、グレイ公爵家の秘密を探しに、進もう」
「……はい」
ノアはザクに対してなおざりな様子を見せるサミュエルに苦笑しながら、差し出された手の平に手を重ね、通路へと足を踏み入れた。
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