内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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208.役得は逃さない

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 書斎というものは、知識階級である貴族にとって、屋敷の中でも重要な位置づけをされている。多くの学術書だけでなく、家系図や先祖の伝記など、貴族の根幹をなす情報が管理されている場所なのだ。

 その役割上、屋敷ができた時からほぼ改築されることなく、貴族の歴史を紡いでいる場所ともいえる。

 そう考えると、おそらく遥か昔からグレイ公爵家に伝わるお宝を探す道のりが、書斎から始まるというのは、ノアも深く納得できた。

「ここは、昔からそのままある場所なのですね?」

 書斎を見渡しながら、ノアが念のため尋ねると、「ああ」と軽い肯定が返ってくる。
 サミュエルはノアの背を押して促しながら、書斎の奥へと向かった。

「――グレイ公爵家が王都に屋敷を築いた当初からあるんだよ。家具類も、当時のまま」
「それは凄いですね」

 ノアは素直に感嘆した。
 家具類に目を向けると、古い木目が艶やかに磨かれ、昔から現在に至るまで、大切に管理されてきたことが伝わる。

 学園の図書室ほどの広さはないけれど、数えきれないほどたくさんの書物が並んだ、歴史の香りが漂う書斎は、本好きのノアにとっては、とても居心地がいい空間だった。

「――本当に素敵な場所です。たくさん本がありますけど、前にサミュエル様がハミルトン殿に渡していた、学者様の本もこちらにあるのですか?」
「いや、彼の本はここにはないよ。あれは、厳重な管理が必要だからね」
「そうなのですね。読ませていただけないかと思ったのですが」

 少し残念な気分で呟くと、サミュエルが横目でちらりとノアを見下ろした。

「読みたいなら、いつでも。ノアになら、彼も拒むことはないだろう。……たぶん」
「なんだか、珍しく自信なさそうなおっしゃりようですね? 無理でしたら、構いませんよ」
「そう? まぁ、機会があれば、ということで――」

 サミュエルにしては曖昧な返事に、ノアは違和感を覚えたけれど、くだんの学者が偏屈と評されるような人物だというのは聞いていたので、そのせいかもしれないと聞き流す。

「さて、お宝探しの話に戻ろう」
「ええ。……そういえば、そのお宝というのが、グレイ公爵家に長く存在している伝説的なものだとは聞きましたけど、具体的にどういうものなのかは分かっているのですか?」

 今さら前提となる話を始めるノアに、サミュエルは呆れることなく微笑み、肩をすくめる。

「さてね。この一週間、いろいろと調べてみたけど、お宝への道筋は分かっても、それが何かということは、まだだよ」
「それも不思議ですねぇ。ご先祖様方は、それが何かも知らず、お宝として伝えてきたということになります」
「そうだね。たぶん、お宝を隠した人しか、その内容を知らなかったんだろう。……ノアは、その謎を探るのも楽しいと思っているんじゃないかい?」

 顔を覗き込まれて、翠の瞳がノアを捉える。笑みの形で細められた目に、ノアは少し照れながら小さく頷いた。

「……はい。子どもっぽい好奇心だと思われますか?」
「いや、ノアの純粋さが可愛らしいなと思ったけど」
「だから、宝探しに乗り気になられた?」
「そうだね。ノアが楽しんでいる姿が見たくて、こうして一緒に探すことにした。共にいるだけで、私は楽しいしね」

 サミュエルが急に宝探しに前向きになった理由は、ノアの予想通りだった。つくづく、ノア重視な考え方である。
 そのことにノアは苦笑してしまったけれど、注がれる愛情が嬉しくもあって、そっとサミュエルに寄り添った。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「うん、その言葉だけで、私にとっては既に宝物を見つけたような気分だ。でも、宝探しはここからが本番――」

 サミュエルが立ち止まる。目の前には、大きな柱時計があった。家具類は建築当初から変わらないという話があったから、この柱時計も相当昔から存在しているものなのだろう。

「大きな柱時計ですね。扉くらいありそうな……」

 率直な感想を呟いたところで、ノアはぱちりと瞬きをした。
 サミュエルは「宝探しはここからが本番」と言った。ということは、この柱時計が宝探しに関係しているということだろう。

「さて、ノアに問題」
「……なんでしょう?」

 楽しそうに微笑むサミュエルを横目で見ながら、ノアは柱時計を確認していた。サミュエルがこれから言おうとしていることは、もう分かっている。

「この柱時計に隠された秘密とはなんだと思う?」
「問題が大雑把すぎませんか……」

 ノアはあまりに難しい問題に、思わず唇を尖らせて不満を呟いた。なんのヒントもなしに、答えが出てくるとは思えない。
 おそらくサミュエルはもう答えを知っているのだろう。余裕の表情で首を傾げている。

「……ヒントをください」

 ノアが軽く腕を引いてねだると、サミュエルは思わせぶりな態度で微笑んだ。そして、ノアの唇を指先でつつく。

「そうだね……。キス一回で、一つヒントをあげよう」
「え……」

 魅力的な笑顔を間近で見上げて、ノアはサッと頬を赤らめた。まさか、この状況でそんなことを言われるとは思わなかったのだ。

 ちらりと背後を窺うと、ついてきていたロウとザクが、呆れた顔をしている。ノアの視線を受け止めた二人は、数瞬後には視線を逸らした。

 キスをしているところを見ないようにするという気遣いだろうけれど、それはそれで、少し恥ずかしい感じがする。

「――もう……仕方ないですね……」

 にこにこと微笑み、期待に満ちた目をしているサミュエルを見れば、ノアのその後の行動は決まったも同然で。
 目を伏せて顔を近づけ、躊躇いがちに唇を重ねる。

「……ん……しました。ヒントをください」
「ふっ……ノアは可愛いね」

 僅かに触れる程度のキスに、耳まで赤くしているノアを見て、サミュエルがとろけるような笑みを浮かべた。声の響きまで甘い。

 ノアはいっそう気恥ずかしさが込み上げて、軽く睨んでしまう。
 サミュエルがそれで反省する素振りを見せることはなかったけれど、満足はしたようだった。

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