内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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207.探求はここから

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 グレイ公爵家での晩餐会から一週間。
 サミュエルは早々にノアの母親と話し合ったようで、閨教育が開始された。おかげで、ノアは顔を蒼褪めたり、赤らめたりする毎日である。

 とはいえ、それによって、多少不安が和らいできたのも事実。何も知らないより、やはり知識があった方が、身も心も備えができていい。
 ノアはあまり突発的な出来事に強くないと自覚しているから、なおさらである。

 そんな、心が落ち着いているのだか、騒がしいのだか分からない日々に、不意に届いたのはグレイ公爵家への招待状だった。

「――先週、お訪ねしたばかりなのに……?」

 不思議そうに呟くノアに、招待状を運んできたロウも頷く。

「どうやら、正式な晩餐会やパーティーの類ではないようですが」

 招待状の質感から察した様子の言葉に、ノアは「確かに……」と呟きながら封を切った。現れたのは、流麗な文字が書き綴られたカードだ。
 ノアは文字を目で追いながら、息を呑む。

「――お宝探しへの招待?」
「宝探しというと、公爵家嫡子のミカエル様がおっしゃっていたという……?」

 ロウが疑わしげに目を細め呟く。ノアも同じ気持ちで、差出人のサミュエルの名を指先でなぞった。

「そう。サミュエル様は、情報を集めてみるとおっしゃっていて、上手くいきそうなら僕に声を掛けてくださることになっていたんだけど……」

 ノアの声に躊躇いが滲んだのは、その声掛けがあまりに早すぎるからだった。

 高い能力を持っているサミュエルでさえ、宝探しは時間を捨てるようなものと言っていたのだ。ノアは当然、もっと時間がかかると思っていた。むしろ、結婚までに行われない可能性が高いと思っていたくらいだ。

「それは、また……さすが、と評した方がいいのでしょうか」

 ロウが苦笑混じりに呟く。
『サミュエルの能力の高さを散々知っていたとはいえ、伝説的なお宝の情報を、わずか一週間で手に入れるとは、驚くやら呆れるやら』と、そんな複雑な感情が窺える声音だった。

 ノアも同感ながら、『まぁ、サミュエル様のことだから』と軽く受け入れる。そして、遅ればせながら、宝探しへの期待が湧き上がってきた。
 いったい、グレイ公爵家のお宝とは、どのようなものなのだろうか。

「招待は明日の午後だね。……予定は入っていたかな?」

 ロウの顔を見上げて尋ねる。

「領地から報告書が届く予定ですが、特別問題があったとは聞きませんし、午前中に確認は済むでしょう。午後は奥様がお茶会に出席されるため、閨教育もお休みですし、時間は十分ありますよ」
「……そう、それならいいんだけど」

 閨教育という言葉にピクッと身体が震えたけれど、ノアは聞かなかったことにして答える。ロウの方も、その反応に何か言うことはなかった。

「――お宝探し、楽しみだね」
「無駄足にならないといいですね」

 さほど興味がなさそうなロウの返事に、ノアは少しがっかりしながら、休憩を切り上げる。今日の内に、済ませてしまいたい仕事はまだ残っていた。


 ◇◆◇


 翌日。
 グレイ公爵邸を訪れたノアを、サミュエルが微笑み出迎える。今日も輝かしい美貌でなによりである。

 たった一週間でお宝に関する情報を探し出したと聞き、無茶をしたのではないかと、ノアは密かに心配していたのだけれど、サミュエルにそんな様子は微塵もない。
 学園で会っていた時も、普段と変わりない様子だったのだから、それも当然ではある。

「ようこそ、ノア。まるでノアに祝福を与えるような天気で気分がいいね」

 ノアが馬車から降りた途端、燦々と注がれる日光を詩的に評したサミュエルに、ノアは少し呆れた。

 光に祝福されているように見えるのは、サミュエルの方である。金の髪は美しく輝き、翠の瞳は透明感を増して宝石のように煌めいている。

「ご招待ありがとうございます。サミュエル様は、お日様の神様みたいで、神々しいですね」
「ノアを焼き尽くしてしまうようなことはないから、安心してほしい」

 聖典に載る太陽神の御業を交えて言いながら、サミュエルが茶目っ気のある笑みを浮かべる。
 サミュエルにエスコートされながら、ノアはユーモアのある返事に思わず笑った。

「――それで、早速、お宝探しの話なんだけどね」

 廊下を進みながら、サミュエルが話を始めた。ノアは耳を傾けながら、周りに視線を向ける。

 屋敷の静けさから考えるに、今日はサミュエル以外のグレイ公爵家の方々はいないようだ。使用人だけが立ち動き、ひっそりとした雰囲気がある。

 考えてみればそれも当然で、グレイ公爵とその補佐を務めるルシエルは、王城などで忙しく働いているのだろうし、ミカエルは今頃領地だ。グレイ公爵夫人は、ノアの母親同様に、お茶会に赴いていると思われる。

(そういえば、今日のお茶会は王妃殿下主催だと、お母様はすごく面倒くさそうなお顔だったなぁ……)

 カールトン国の騒動により、王妃の立場は揺らいでいるらしく、現在は貴族の支持集めに必死なようだと、ノアはどこかで聞いた。
 以前、グレイ公爵が王妃に対して不穏なことを言っていたけれど、今のところその兆候はない。

(いったい、何が起きているんだろう……?)

 おそらく、ノアが知らない内に、既に何かが始まっていて、いずれ終焉を迎えるのだろう。
 ただ、国民に影響が出るような事態にならなければいいと、ノアは望むばかりだ。

「ノア?」
「あ、すみません……なんでしょう?」

 顔を覗き込まれて、ノアはハッとなって尋ねる。サミュエルの話を聞き逃してしまった。

 そんなノアをサミュエルは咎めることなく、瞳を輝かせて微笑んだ。

「お宝探しのスタートは、この書斎から、って言ったんだよ」

 いつの間にか辿り着いていたのは、書斎だったらしい。
 高い天井の上の方まで棚が作り付けられている広い書斎は、大量の本が整然と並び、知識の殿堂と言うべき威容があった。

「……なるほど。ここから――」

 まさしく、物語で読むような宝探しの始まりらしく思えて、ノアの目が期待で輝く。
 ノアを見下ろしたサミュエルもまた、楽しげに微笑んでいた。

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