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206.意外な展開
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ミカエルの突拍子もない提案はともかく。晩餐会自体は、和やかな雰囲気で幕を閉じた。グレイ公爵家は心からノアを歓迎し、サミュエルと結婚後もぜひ家に来て食事をしようと誘うほどだ。
「……なんだか騒がしい家族ですまなかったね」
帰宅するため、両親と共に玄関広間まで下りてきたノアは、サミュエルの些かうんざりした雰囲気が伝わる言葉に、くすりと笑みを零す。
サミュエルは騒がしいと感じたようだけれど、ノアからすると、明るく優しい人たちだと思う。彼らは終始、ノアが寛げるよう気遣ってくれた。
「いえ、とても素敵な時間を過ごさせていただきました。距離が縮まったようで、嬉しいです」
ノアが本心から微笑むと、サミュエルは片眉を上げ、肩をすくめる。
「ノアがそう言うなら、いいんだけどね。彼らが何か無茶を言ってくるようなら、すぐに私に言うんだよ?」
「ふふ、分かりました」
サミュエルはなぜか家族を警戒しているようだけれど、彼らがノアを困らせるようなことがあるとは思えない。
だから、ノアは笑って、サミュエルの言葉を軽く受け流した。
そんなノアを、サミュエルが疑わしげに目を細めて見下ろしてくる。
「笑いごとじゃ、ないんだけどねぇ。君は、彼らのわがままっぷりを知らないから……」
「わがまま?」
「唯我独尊あるいは自由奔放とも言うね。貴族の仮面を一度《ひとたび》脱げば、我が道を行く集団に早変わり。――ミカエル兄上を見ると、よく分かるだろう?」
サミュエルは自分の家族に対して辛辣な物言いをする。
ノアは例に挙げられたミカエルの名に、思わず苦笑してしまった。
ミカエルは国一番の貴族の名を継ぐに相応しい貫禄と能力を持っているように見えた。また、魅力に溢れ、人を率いるに相応しいカリスマ性を持っていることも感じた。
一方で、人を翻弄するようなタイプであるように感じたのも事実だ。
言葉遊びや放埓な振る舞いを好むミカエルと、根が真面目なタイプのサミュエルは、少し気が合わなそうである。
ミカエルの方は、末の弟を過剰なくらい可愛がっているように思えたけれど。
「ミカエル様と言えば、あのご提案は、どうなさるのですか?」
あの提案とは、『グレイ公爵家のお宝探し』である。見つけたら生前贈与に追加してくれるという太っ腹な話だったものの、サミュエルはさして興味をそそられていないように見えた。
「あれねぇ……」
呆れを含んだ呟きを零しながら、サミュエルが前方を見やる。
馬車の前では、別れを惜しむように、ノアの両親とグレイ公爵夫妻が話し込んでいた。まだ、帰宅までには時間がかかりそうだ。
「――正直、暇なのは確かだけど、うちのお宝を探すなんて、時間を海に捨てるようなものだから……」
その返事はあまりに意外で、ノアは目を丸くして、サミュエルの顔を覗き込むように見上げた。
「サミュエル様でも難しいことなのですか?」
サミュエルは、まったく邪気がなく、信頼が籠ったノアの眼差しに、複雑そうな表情を向ける。
この信頼を裏切るようなことは言いたくないというように、口を閉ざしたけれど、暫くしてため息とともに答えを返す。
「……いや、まぁ……君の前で、無理とかは言いたくないけど……私にだって、できないことはあるんだよ? 特に、うちのお宝は、話だけは先祖代々伝わっているけど、未だかつて誰も見たことがないものらしいから」
どうやら、『グレイ公爵家のお宝』とは、ノアが想像していた以上に歴史があるものだったらしい。そして、ある意味伝説のようなものだということも、サミュエルの言葉で理解する。
サミュエルにもできないことはあるのだと、改めて実感してノアは頷いた。
(暇だとか言っていても、ルーカス殿下の執務補佐としてのお仕事は相変わらずあるのだから、そんな結果も見えないようなお宝探しを、サミュエル様がするわけがないか……)
ノアが頭の中でそう結論づけたところで、父親から名を呼ばれる。そろそろ馬車に乗り込めということだろう。
呼びかけに頷いて返してから、ノアはサミュエルに向かい合い、微笑みを向けた。
「グレイ公爵家のお宝なんて、どのようなものだろうかと少し興味があったのですが、見《まみ》える機会はなさそうですね」
「……へぇ?」
サミュエルが意外そうに首を傾げる。感情が好転したような声音だ。
ノアはそれを不思議に思いつつ、別れの言葉を続ける。
「本日はご招待ありがとうございました。ぜひ、また機会があれば――」
「おや、ノア殿、機会とは、待つものでは作るものだよ」
口を挟んできたのはミカエルだ。先ほどまで、領地から緊急の連絡があったということで姿が見えなかったのに、いつの間に来たのだろうか。
サミュエルの隣に並んだミカエルは、戸惑う表情のノアに蠱惑的な笑みを向ける。
「ということで、ぜひ結婚後は、領地に遊びに来てほしい。招待状を送るから。可愛い甥姪もいるよ」
「騒がしいの間違いでしょう」
鬱陶しそうに手を翻したサミュエルは、ミカエルの前からかっさらうように、ノアの腰に腕を回して抱き寄せる。
ノアの頬にチュッとキスが落とされたかと思うと、耳元に息が触れた。
「――暇つぶしに宝探しをしてみるよ。とりあえず情報を集めるから、上手くいきそうなら、一緒に挑戦してくれるかい?」
「え……?」
離れていくサミュエルの顔を、ノアはまじまじと見つめる。
囁かれた言葉を信じるなら、サミュエルは時間を海に捨てるような作業をする決意をしたということだ。
なぜ急にそんな決意を固めたのか分からないけれど、一緒にしてほしいとサミュエルが言うなら、ノアはいくらだって協力する。
「――もちろんです。いつでも、お声がけくださいませ」
「うん、ありがとう」
微笑みあうノアとサミュエルを、ミカエルとその横に現れたルシエルが、面白そうに眺めていた。
「……なんだか騒がしい家族ですまなかったね」
帰宅するため、両親と共に玄関広間まで下りてきたノアは、サミュエルの些かうんざりした雰囲気が伝わる言葉に、くすりと笑みを零す。
サミュエルは騒がしいと感じたようだけれど、ノアからすると、明るく優しい人たちだと思う。彼らは終始、ノアが寛げるよう気遣ってくれた。
「いえ、とても素敵な時間を過ごさせていただきました。距離が縮まったようで、嬉しいです」
ノアが本心から微笑むと、サミュエルは片眉を上げ、肩をすくめる。
「ノアがそう言うなら、いいんだけどね。彼らが何か無茶を言ってくるようなら、すぐに私に言うんだよ?」
「ふふ、分かりました」
サミュエルはなぜか家族を警戒しているようだけれど、彼らがノアを困らせるようなことがあるとは思えない。
だから、ノアは笑って、サミュエルの言葉を軽く受け流した。
そんなノアを、サミュエルが疑わしげに目を細めて見下ろしてくる。
「笑いごとじゃ、ないんだけどねぇ。君は、彼らのわがままっぷりを知らないから……」
「わがまま?」
「唯我独尊あるいは自由奔放とも言うね。貴族の仮面を一度《ひとたび》脱げば、我が道を行く集団に早変わり。――ミカエル兄上を見ると、よく分かるだろう?」
サミュエルは自分の家族に対して辛辣な物言いをする。
ノアは例に挙げられたミカエルの名に、思わず苦笑してしまった。
ミカエルは国一番の貴族の名を継ぐに相応しい貫禄と能力を持っているように見えた。また、魅力に溢れ、人を率いるに相応しいカリスマ性を持っていることも感じた。
一方で、人を翻弄するようなタイプであるように感じたのも事実だ。
言葉遊びや放埓な振る舞いを好むミカエルと、根が真面目なタイプのサミュエルは、少し気が合わなそうである。
ミカエルの方は、末の弟を過剰なくらい可愛がっているように思えたけれど。
「ミカエル様と言えば、あのご提案は、どうなさるのですか?」
あの提案とは、『グレイ公爵家のお宝探し』である。見つけたら生前贈与に追加してくれるという太っ腹な話だったものの、サミュエルはさして興味をそそられていないように見えた。
「あれねぇ……」
呆れを含んだ呟きを零しながら、サミュエルが前方を見やる。
馬車の前では、別れを惜しむように、ノアの両親とグレイ公爵夫妻が話し込んでいた。まだ、帰宅までには時間がかかりそうだ。
「――正直、暇なのは確かだけど、うちのお宝を探すなんて、時間を海に捨てるようなものだから……」
その返事はあまりに意外で、ノアは目を丸くして、サミュエルの顔を覗き込むように見上げた。
「サミュエル様でも難しいことなのですか?」
サミュエルは、まったく邪気がなく、信頼が籠ったノアの眼差しに、複雑そうな表情を向ける。
この信頼を裏切るようなことは言いたくないというように、口を閉ざしたけれど、暫くしてため息とともに答えを返す。
「……いや、まぁ……君の前で、無理とかは言いたくないけど……私にだって、できないことはあるんだよ? 特に、うちのお宝は、話だけは先祖代々伝わっているけど、未だかつて誰も見たことがないものらしいから」
どうやら、『グレイ公爵家のお宝』とは、ノアが想像していた以上に歴史があるものだったらしい。そして、ある意味伝説のようなものだということも、サミュエルの言葉で理解する。
サミュエルにもできないことはあるのだと、改めて実感してノアは頷いた。
(暇だとか言っていても、ルーカス殿下の執務補佐としてのお仕事は相変わらずあるのだから、そんな結果も見えないようなお宝探しを、サミュエル様がするわけがないか……)
ノアが頭の中でそう結論づけたところで、父親から名を呼ばれる。そろそろ馬車に乗り込めということだろう。
呼びかけに頷いて返してから、ノアはサミュエルに向かい合い、微笑みを向けた。
「グレイ公爵家のお宝なんて、どのようなものだろうかと少し興味があったのですが、見《まみ》える機会はなさそうですね」
「……へぇ?」
サミュエルが意外そうに首を傾げる。感情が好転したような声音だ。
ノアはそれを不思議に思いつつ、別れの言葉を続ける。
「本日はご招待ありがとうございました。ぜひ、また機会があれば――」
「おや、ノア殿、機会とは、待つものでは作るものだよ」
口を挟んできたのはミカエルだ。先ほどまで、領地から緊急の連絡があったということで姿が見えなかったのに、いつの間に来たのだろうか。
サミュエルの隣に並んだミカエルは、戸惑う表情のノアに蠱惑的な笑みを向ける。
「ということで、ぜひ結婚後は、領地に遊びに来てほしい。招待状を送るから。可愛い甥姪もいるよ」
「騒がしいの間違いでしょう」
鬱陶しそうに手を翻したサミュエルは、ミカエルの前からかっさらうように、ノアの腰に腕を回して抱き寄せる。
ノアの頬にチュッとキスが落とされたかと思うと、耳元に息が触れた。
「――暇つぶしに宝探しをしてみるよ。とりあえず情報を集めるから、上手くいきそうなら、一緒に挑戦してくれるかい?」
「え……?」
離れていくサミュエルの顔を、ノアはまじまじと見つめる。
囁かれた言葉を信じるなら、サミュエルは時間を海に捨てるような作業をする決意をしたということだ。
なぜ急にそんな決意を固めたのか分からないけれど、一緒にしてほしいとサミュエルが言うなら、ノアはいくらだって協力する。
「――もちろんです。いつでも、お声がけくださいませ」
「うん、ありがとう」
微笑みあうノアとサミュエルを、ミカエルとその横に現れたルシエルが、面白そうに眺めていた。
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