内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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190.マーティンの現在

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 暫くして、ルーカスが疲れた表情で目を逸らしているのに気づき、ノアはさりげなくサミュエルから身を離す。
 顔が熱くなっているから、おそらくノアの羞恥は目に見えて分かっているだろう。でも、ルーカスはそれを指摘しない程度には紳士な人だ。

「――んんっ……そういえば、マーティン殿下はその後、どのようなご様子で……?」

 軽い咳払いで平静さを取り繕い、ノアは二人に尋ねた。
 最近サミュエルと話すことというと、ミルトン伯爵令息の騒動とその後始末に関してか、結婚式の準備に関することばかり。サミュエルはマーティンの名前を出すのも嫌な様子なので、なかなかノアの方から尋ねるタイミングを掴めなかったのだ。

 サミュエルとルーカスは、説明を押し付け合うように無言でやり取りしていたけれど、根負けしたようにため息をついたルーカスが口を開く。

「……それはとっくにサミュエルが話しているもんだと思っていたんだが」
「嫌ですよ。どうして私が、ノアとの会話で、他の男の名前を出さなければいけないのですか」
「……ノア殿。この男、独占欲と嫉妬心の塊だと思わないか? 束縛されて息苦しい時は、誰かに助けを求めるんだぞ。俺……は力不足だし、ハミルトン殿も、ちょっと無理か……」

 ノアが何も答えられないでいる間に、ルーカスは悩ましげに眉を顰める。じろじろとサミュエルを眺めると、嫌そうに口を歪めた。

「ハミルトンはあれで、私には結構容赦ない物言いをしますよ」
「確かにそうですね」

 サミュエルの言葉に、ノアは思わず頷く。
 最近知ったことではあるけれど、ハミルトンのある種痛快な物言いは少し面白い。ノアとは全く違った視点でサミュエルを捉えているからだろう。

 ほんのりと笑みを浮かべるノアを、サミュエルが複雑な眼差しで見つめる。
 そんな二人の様子を眺めたルーカスは、興味深そうに「へぇ……」と呟きを零した。

「意外と、ハミルトン殿は穏やかで清廉潔白な人ではないのか」
「生まれからして複雑なあの人が、清い考え方をしているわけがないでしょう。酸いも甘いも噛み分けた結果、だいぶ捻くれていますよ。世間を斜に見ているといいますか……皮肉屋ですね」
「それは知らなかった。……俺も、いつかざっくばらんに話してみたいものだが」

 羨ましそうに呟くルーカスを、サミュエルは奇特な者だと言いたげな眼差しで見ていた。
 ノアも苦笑しただけでコメントは避ける。少し仲良くなって、ハミルトンのサミュエルへの物言いには慣れたけれど、その手厳しい評価をノア自身に向けられるのは、正直遠慮したい。

「――まぁ、助けを求めるなら、ランドロフ侯爵やグレイ公爵が確実だな。ご夫人は、上手く丸め込まれてしまいそうだが」
「失礼ですね。少なくとも、ランドロフ侯爵夫人を無下に扱うことはありませんよ」
「自分の母親も尊重しろよ」

 悪びれない様子で肩をすくめるサミュエルを、ルーカスは半眼で睨みつけた。
 ノアは苦笑して、逸れていた話を戻すために口を開く。

「僕がサミュエル様を嫌だと思うことなんてありえないのですから、お気になさらず。それよりも、マーティン殿下の話を――」

 ノアは途中で言葉を止めた。ルーカスが驚愕と感心の入り混じった目で凝視していることに気づいたからだ。
 思わず戸惑いながら見つめ返すと、不意に目の前に手の平が翳される。

「殿下、私のノアを無遠慮に見つめることを許した覚えはありませんが?」
「……だから、束縛が強すぎると言っているんだ」
「ノアが気にしていないなら、まったく問題ありませんね」

 サミュエルは笑顔でルーカスの言葉を聞き流す。ルーカスは何か言いたげに口を動かすも、零れ落ちたのはため息だった。

「……お前に付き合えるのは、ノア殿しかいないんだろうな」
「だから共にいるのでしょう」
「ああ、そうだな……」

 なにやら二人の間で納得した雰囲気が漂っているけれど、ノアはいまいち状況についていけない。
 困惑しつつ尋ねようとするも、ルーカスが表情を改めたことでその機会を見失った。

「――あのお馬鹿王子のことだったな」
「ノアもアレとか馬鹿とか呼びでいいからね。というか、アレの名前を呼んでほしくない」

 ルーカスの話を遮るように、サミュエルが注意してくるけれど、ノアは苦笑するしかなかった。二人と違って、一国の王子を雑に呼ぶのは躊躇う。
 ノアの性格を熟知しているサミュエルは、それ以上強く求めることはなかったので、ノアも聞かなかったことにした。

「……あの馬鹿は、今王位継承争いの真っただ中で右往左往している」
「王位継承争い……?」

 ため息混じりに説明を再開したルーカスの言葉に、ノアは目を丸くした。マーティンが王位継承をする可能性があると噂で聞いたことはあったけれど、ノアはそれが実現するなんて信じていなかったのだ。
 いったい何が起きてそんなことになっているのかと、首を傾げてしまう。

「そうだ。サミュエルがカールトン国内で色々と暗躍してくれてな。王太子は王位を継げる状態ではなくなってしまったし、主要な王子どもも逃げ出す始末。有力なのはあの馬鹿だが、母親の立場が強くない。だから、有力貴族が他の王族を担ぎだして、骨肉の争いに発展しようとしている」

 ノアは想像していたよりもひどい状況に絶句してしまった。

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