内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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188.王の器

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 アダムとのその後の会話は、もっぱらハミルトンから伝え聞いたというサミュエルの話題ばかりだった。ノアがいない場所でのサミュエルの話を聞くのは、思いの外楽しい。

 そうして、アダムとは楽しく過ごせた一方で、ハミルトンの今後について大きな反応を見せたもう一人の方への対応は、少しばかり困ったものであった。

 久々に招かれた王城。一応は結婚式への参列の意思を伝えるためと呼び出されたけれど、それが本当の目的ではないことは、ノアには分かりきっている。

「――ライアン兄上を助けてくれるのはありがたいが、それがどうして、ハミルトンの養子入りという話になるんだ……」

 ソファの背もたれに身を預けながら、顔を手で覆って嘆くのはルーカスだ。
 ノアはなぜそれほど嘆いているのか分からず、隣に座るサミュエルを窺い見る。密やかな視線であっても、サミュエルはすぐに気づいて微笑みを返してきた。

「アダムとの婚姻のためですよ。そのために養子先を探していることは、報告してあったでしょう?」

 サミュエルが涼しい顔でルーカスに告げる。

「ああ、それはな。だが、マノクリフ子爵家のあれこれは、まっっったく報告されてなかった! 大体、すべての手筈が済んでから、事後報告するって、なんなんだ! 俺の出る隙がない!」

 ルーカスはサミュエルを睨み、唸るように叫んだ。
 ノアはその言葉を聞いて、ぱちりと瞬きをする。ようやくルーカスの意思を理解したのだ。思わず口元に笑みを浮かべてしまった。

 どうやらルーカスは王の隠れた子、つまり異母兄の行く末に手を貸すつもりだったらしい。それがどういう感情からのものかは分からないけれど、こうして嘆くくらいなのだから、ハミルトンに好意的な思いがあるのは間違いない。

 つまり、サミュエルが全ての手筈を済ませてしまったから、異母兄の手助けをできなくて、ルーカスは拗ねているのだ。

「……兄弟愛が強いのですね」

 ノアは思わずぽつりと呟いていた。ルーカスが酷く不味いものを口にしたように顔を顰めているけれど、それさえもなんだか可愛らしく思えて、笑みが零れてしまう。

 思い返すと、ルーカスの兄弟愛の強さは、ライアンの騒動の時にも表れていた。突然王太子位が転がり込んできて、ルーカスは盛大に嘆いていたけれど、ライアンを嫌っている様子はまったくなく、むしろ噂に振り回されてきた人生を憐れんでいたようだった。
 ハミルトンに対しても、本人に咎なく血筋を隠すことになっていることを申し訳なく思っている様子で、手を貸す隙を窺っていたのだろう。

 他の兄弟に対してどのような思いなのかは分からないけれど、ノアが知る限り、ルーカスが兄らへ愛情を抱いているのは間違いない。その愛情ゆえに、苦難にあるときは手を差し伸べたいと思っているのだ。

「――それだけではなく……親しい方への愛情が強い方なのですね。器が大きいといいますか……」
「は?」

 嫌そうに顔を顰めるルーカスには気づいていたけれど、ノアが見つめるのはサミュエルだった。
 サミュエルは片眉を軽く上げるも、ノアの言葉を一切否定することはない。サミュエルが一番ルーカスの器の大きさを知っているのだ。

 サミュエルは遠慮なくルーカスを振り回す。いいように操ることもあるし、わがままに思える振る舞いをすることもある。
 その全てに対して、ルーカスは文句を言いながらも受け入れる。サミュエルの能力を認め、尊重しているのだ。器が大きいとしかいえない。普通の王族だったら、サミュエルを傍において従えることなんてできないだろう。

「素晴らしい方が次期王であることは、とても喜ばしいです。これからも、サミュエル様をよろしくお願いいたします」
「いや……俺、そんな話をしていたか……?」

 ノアが微笑みかけると、ルーカスは戸惑った表情を浮かべた。確かに話題とはまったく関係のないことを言ってしまったけれど、ノアの素直な心を表しただけである。

「あまり褒めるものではないよ。調子に乗るからね」
「お前は、少しは俺を敬え!」

 軽く肩をすくめるサミュエルに、ルーカスが吠える。その訴えさえもどうでも良さそうに受け流されているので、ノアは少々憐れに思えるも、これが二人の関係なのだと苦笑してしまった。

「――……はぁー、まったく……ノア殿のせいで、怒りがどこかに飛んで行ってしまった」
「もともと怒っていなかったでしょう。拗ねていただけで。そう思われるくらいなら、私がするより先に、手を出されていたら良かったでしょうに」
「それができたら苦労しないんだよ! 俺はお前みたいな完璧超人じゃない! 執務で手一杯なんだ!」

 ルーカスのサミュエル評に、ノアは密かに頷く。
 マノクリフ子爵家に関してサミュエルが暗躍したことは、ノアも驚いた。何をどう考えて実行したのか分からないし、きちんと成功させたのは称賛されるべき才能である。サミュエルにとっては、様々な仕事の片手間でできることであっても。

「手一杯どころか、まだ上手く対応できていないのは、そろそろどうにかしていただきたいものです。ノアとの新婚生活を邪魔されるのは嫌ですよ」
「……あと少しか。まぁ、それは、がんばるが……」

 ルーカスが顔を顰める。痛いところを突かれた様子で、口籠もっていた。
 ノアはサミュエルの腕を軽く叩いて咎める。いくら仲が良くとも、言っていいことと悪いことがある。サミュエルはルーカスの側近なのだから、執務を手伝うのは務めなのだ。それを投げ出すような言い方は良くない。

「……結婚した後も、ちゃんと補佐はしますよ。一人で頑張れなんて、言うつもりはありません」

 ノアの意思を読み、渋々と告げるサミュエルを、ルーカスは目を丸くして見つめる。その後ちらりとノアを見ると、フッと笑った。

「俺はノア殿にも側近になってもらいたいくらいだよ」
「……それはそれでありですね。仕事中も一緒にいられるのは素晴らしい」
「無理です。僕は領地の仕事で手一杯です」
「執務中にイチャイチャされるのは勘弁だな」

 本気で実行しそうな勢いのサミュエルを、ノアとルーカスは全く違う理由で真剣に止めることになった。

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