内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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185.才能の開花?

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 ノアは結婚式に向けての準備の合間に、ディーガー伯爵と直接会って協力を願った。実際にライアンと関わるのはハミルトンであっても、当主の了解を得るのは当然である。

 ディーガー伯爵には既にサミュエルが話を通していたのか、なんの問題もなく受け入れてもらえた。むしろ、忙しい合間を縫って同席したサミュエルが呆れるほどに、ディーガー伯爵はノアと直接会えたことを喜び、締まりのない顔をしていた。

 色々ありつつも話がまとまり、ミルトン伯爵家に関する騒動もひと段落つこうとしていたとき、ノアに話しかけたのは、最も大きな苦労を負うことになった人物だ。

「――ノア様」
「……ごきげんよう、ハミルトン殿」

 久しぶりに赴いた図書室で、なんとも苦い響きのする声を掛けられて、ノアは反射的に一歩身を引いた。
 ハミルトンは、『ごきげん』とは言えない様子だ。ノアを少しばかり恨めしげに見つめ、出会い頭にため息をついているのだから。

「少しお話、よろしいですか?」
「ええ。あちらでしたら」

 カウンター奥の休憩室へ促されそうになり、ノアは咄嗟にひと気のない図書室奥を示した。念頭にあったのは、サミュエルの言葉だ。
 サミュエルはノアがハミルトンと二人きりで話すことを好まない。でも、図書室という開かれた空間ならば、許容範囲内だと思う。

 ハミルトンは片眉を上げ少し考えた様子だったけれど、すぐに呆れたように息をついた。

「……わがまま坊ちゃんに、釘を刺されましたか」
「わがまま坊ちゃんかは分かりかねますが、僕の大切な人の望みは、できる限り叶えて差し上げたいので」

 ノアが穏やかに返すと、ハミルトンは肩をすくめて歩き始める。ノアをさりげなくエスコートする仕草はスマートで、なんとなくサミュエルに似たものを感じた。
 ノアはそれなりに近い血筋だからだろうかと首を傾げた。でも、ライアンやルーカスにはそのような感想を抱いたことはないと気づき、偶然かと片づける。

「あのわがまま坊ちゃん、私に相談もなく、とてつもない労苦を押し付けてきたんですけど、ノア様から叱りつけてくださいませんか」

 耳目がなくなったところで、ハミルトンが唐突に言い放つ。ノアはその顔を見上げて苦笑した。
 言葉ほどには怒っている様子はない。むしろ、呆れの色が濃い。そして、微かに喜びが滲んでいるのも、ノアは見逃さなかった。

「……きっと、ハミルトン殿のことを信頼しているからこそですよ」

 ノアは宥めるように言って微笑む。別に、ハミルトンが労苦を課せられたことを喜んでいるとは思っていない。その労苦の先にある幸せを知るからこそ、ハミルトンは戯言のように不満を漏らすだけなのだ。
 素直に感謝を示せないだけだと分かれば、なんとも微笑ましい。

 ハミルトンがノアを見て、僅かに屈んで顔を近づけた。その表情は少し悪戯気で、ノアはきょとんと目を丸くする。

「だからこそ、叱りつけていただきたいのですが。ノア様、知っていますか――」

 耳元近くで囁かれる。サミュエル以外の人とこれほどまでに近く接したことのなかったノアは、少しドキドキしてしまった。

「――サミュエル様は相手を信頼すればするほど、扱いが粗雑になるんですよ。傍にいるザクがいい例です。私は今後ずっとどんな扱いをされるのか、恐ろしくてたまりません」

 思わず「なるほど」と胸中で呟いた。サミュエルをよく理解している言葉だと思ったのだ。

 今回のハミルトンの養子先選定は、サミュエルの一存で行われ、見事これ以上ないというほど素晴らしい相手を見つけ出した。これは大きな恩であり、今後ハミルトンはサミュエルを裏切れない。

 そうした恩がなくとも、サミュエルはハミルトンを信頼していたように思える。でも、ハミルトンとしては、逃げ場がなくなったと感じるのかもしれない。

 ノアは苦笑しながら、せめてもの慰めをしようと口を開いた。

「でも――」
「恐ろしいならば、私を揶揄って遊ぶのはやめたらどうだい?」
「っ……サミュエル様」

 ノアの言葉を遮るように響いたのは、サミュエルの声だった。
 ハミルトンが離れるのと同時に、ノアは後ろを振り返る。本を手にしたサミュエルが、足早に近づいてきて、ノアの腰に手を回した。
 力強く抱き寄せる腕に驚き、ノアは目を丸くしてサミュエルを見上げる。

「ハミルトン、私が追ってきているのに気づいていただろう?」

 サミュエルが持っていた本をぶつけるようにハミルトンに差し出す。ハミルトンはなんなく本を受け取り、ぱらりとめくり眺める。

「いえ、まったく。……それにしても、あの距離でよく私の声が聞こえましたね?」

 嘯いたかと思うと、あっさり話題を変えたハミルトンに、サミュエルが軽く眉を顰めた。でも、これ以上追及するつもりはないようで、ハミルトンから目を逸らす。

 ノアはサミュエルに見つめられて、少しばかり後ろめたさを感じた。サミュエルに対してとは全く違う感情だけれど、ハミルトンの近さにドキドキしてしまったことを思い出したのだ。

 そんなノアの表情に何を思ったのか、サミュエルは軽く拗ねた表情を浮かべ、ノアの頬を引っ張った。戯れのような優しい力加減で、痛いというよりくすぐったい。

「聞こえなかったよ。口の動きを読んだだけだ」

 サミュエルはノアを見つめながら、ハミルトンとの会話を続ける。
 ノアはどういう表情をしていたらいいのかと迷った。とりあえず、頬やら髪やらを弄るサミュエルの手を取り、「今はおやめください」と呟いたけれど、サミュエルに通じた気がしない。

「……サミュエル様は読唇術まで可能なのですか?」
「そうみたいだね。人間、やる気を出せば、思いがけない能力が開花するということだろう」
「……つまり、私がノア様に何を言っているか知りたくて?」
「そうかもしれないね」

 なんとなく、ハミルトンがサミュエルを引いた目で見ている気がした。

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